第伍玖話 『共闘戦線〈炎使イト 獣使イ〉・肆』
狼と戦いながら仄は小川先生との訓練を思い出す。
日々新しい能力や技を覚え学んでいくのはもちろん、それを実践で使えることという満足感に浸りながら戦っていた。狼は前足で仄を踏みつぶそうとしてくるが仄は余裕で回避。巨大な体格に見合わない素早い動きをする狼でも仄にはすべてを見切る。右前足の振り抜きを後ろにジャンプして距離を取る仄はライターを点火させて攻撃の構えを取る。
「陰陽火之道・火弓」
左手でライターの火を掴み、弧を描くように炎を抜く。ライターに蓋をして火を消し、ライターを掴んだまま右手で炎の矢を作って弓を弾く動作を行う。ひとつひとつの動きは素人ながら整っていた。なぜなら近くに弓使いがいるのだから。
狙いは狼の腹。
「はっ!」
仄が矢を離すとともに燃え盛る赤い矢が空を切り、狼の前足の付け根に命中。狼の身体に刺さった矢は一瞬にして形を崩し、炎となって狼を焼く。そう、この攻撃は矢による物理攻撃ではない。
火による炎上攻撃だ。
体の毛に火のついた狼は口元をゆがめて狼狽。跳びあがったり、体を揺らして炎を消そうとしている。
仄は狼の身体に着いた炎を操作。さらに火力を高め火傷させようと試みるものの狼はなんと炎を無視して仄に飛び掛かった。
このまま燃やし続けようと炎の操作に集中しすぎたせいか仄は一瞬判断が遅れる。
「まじか!」
またしても避けようとした仄だが避け切れる前に
スパ!
狼の爪が仄に届く。
それでも直撃は避け、軍服は裂けるも皮膚一枚かすっただけで済んだ。傷に触れた仄は、痛みは感じるもののそう深い傷ではないことを確認し、戦闘を続行。しかし意識をそらしたことで狼の身体で燃えていた炎は消える。
火傷が癒えていないことは唯一の救い。
それどころか仄にとってはそれが突破口。
仄は人差し指と親指を伸ばし、銃のような形をとって狼へと向ける。人差し指の先に意識を集中させ、そして火を灯す。
「陰陽火之道・火弾」
5発の火の塊が狼へと命中。命中地点で炎上する火に手のひらを向け、
「爆せよ!」
火のエネルギーを大きく膨張させたことにより、狼の皮膚で起こる5つの爆発。訓練を積み、陰陽の理解をある程度深めたその一撃は、一ヶ月前に放つものよりも何倍も威力があるだろう。
爆発でたじろいだことにより仄は接近のチャンスを得る。
狼の右側へと回り込み、左手に着火。ただ燃やすだけではない。腕全体に火をまとわせ、螺旋を組み、まるで小さな竜巻のよう。
狼は近づいてくる仄に気づいてがすでに仄は攻撃の準備を整っていた。
狙いは一点。さきほど火矢を撃ち、炎上させたところ。火傷跡を視認し、そこへ拳を叩き込む。
「これが千年の力! 陰陽火之道・熾残炎激!」
『火』のよる敵の火傷があった部位へ強力な『炎』を叩き込むというふたつでひとつの技。この一撃で前足はちぎれ、見るもおぞましい傷ができるとともに狼は壁まで吹き飛ばされる。舌をだらしなく出して動かなくなった狼を見つめ、仄は勝利を確信。
***
小川先生と仄の補習授業。それは先ほどの座学ではなく、実践訓練であった。仄が陰陽術も交えて先生に攻撃し、小川先生がそれをいなす。三十分後、仄が持っているライターの炎が切れたことで、戦闘は終了する。
「くそ、一発もあたりゃしねえ」
スモックエプロンを着ているのにもかかわらずまるで武道の達人のように小川先生はすべての仄が繰り出すすべての攻撃を避け、あるときは反撃してくる一方的な戦いだった。
自分の弱さをますます自覚し、落ち込む仄。座りながら息を整えている仄のもとに小川先生は近づく。
「あなた、独学で陰陽術を学んだと聞きました。そうですね?」
「ああ、そうだ……そうです」
小川先生の質問に丁寧に言い直して答える仄。
「なるほど。ではこうしましょう。これから、あなたは独学で培ってきた技の一切の使用を禁じます」
きっぱりと言い放つ小川先生。
もちろん素直に了承できるはずもなく、
「は?」
と仄は信じられないといった表情を浮かべる。
とともにドキンと心臓が大きく鼓動。もちろんそうすれば仄は何も使うことができない。それよりも、もし技をなくすということはこの十年生きてきたすべてが無駄になるのだから。
おそらくここ数年で一番恐怖の感情をふくらませる仄。
負けるのも確かに嫌ではあるし、死にそうになったときもたしかに怖いという感情はあったが今は違う。この先生の言葉を受け入れるということで、仄はただただ遠回りをしてきたという現実を今こそ受け入れることにもなるのだ。その先に待っている自分のアイデンティティが崩壊してしまうのではないかという不安と後悔こそが彼の恐怖の理由。
「じゃ、じゃあおれの技は! 努力は無駄だっていうのか!」
確かにプライドも何もかも捨ててしまおうと決めたのは彼自身。しかし過去そのものを捨てるなどというのはまだ若干15歳の少年には難しい決断だ。小川先生は少年の不安を感じ取り、これからの言葉を選ぶ。
彼が傷つかないよう、けれど成長させるために。
「いえ、あなたの努力は無駄ではありませんよ。無駄なのはあなたの『技』です」
「技?」
「ええ。いいですか? 我々陰陽師は千年間もの間技術を継承し、育ててきました。およそ1万人もの人間が関わってです。そして現代にある陰陽術の強さはこの積み重ねがあってこそ。逆に言えば何も学ばないまま陰陽術を使っている君はいわば千年前の強さしか持っていません。陰陽術にとっては赤子も赤子です」
この言葉を聞いて仄はようやく悟る。
一切の否定もできず、納得するしかない。10年前の自身の選択の過ちの大きさを。そしてこれから行うべきやり直しを。
「『君たった一人が十年そこらで作った技』と、『1万人もの人間が千年間造ってきた技』。どちらを学べば強くなるか。あなたでもわかるでしょう?」
どちらが正解かは仄でも理解できる。
今こそ有言実行のとき。
「わかった。捨ててやるよ技なんて。学ばせて……ください。かつておれが通らなかった道を」
仄の覚悟を確かめた小川先生は彼に待っているよう言い残して部屋を退出。
数分後、小川先生はひとつのタブレットをもって帰ってきた。小川先生が画面を触ると、仄の指輪にメールが送られてくる。
数秒のロードを挟んだのちにメールを開けば、タイトルには『陰陽火之道 教本』の文字。
「……こういうのって古い本とかに乗ってるやつじゃ……」
千年の積み重ねとやらがデータ化されていることに若干期待を裏切られた気分になる仄。
「こっちの方が便利ですから。本を持ってこようとなると戦闘の指南書だけでも百冊はくだらないので。いいですよ? ひとつの技を見つけるのに本をひたすらめくっても。ちなみに目次はありませんからね」
「……こっちでいい……です」
こうして仄の陰陽火之道を学習がスタートした。
***
狼の死体を確認し、翔真の援軍に行こうと振り向いたそのとき、
「……死んでねえな?」
陰陽火之道の中には「熱」を感知する技もある。小川先生の教えの元、仄は戦闘中不意打ちなどを感知するためそれを常に発動させていた。
だから気づく。
死んだと思われていた狼の体温はまだ下がっていないのだ。それどころかどんどん熱は熱くなっていく。熾残炎激による傷がふさがり、体を起こす狼。
「生き返った? なぜ……いやまさか……」
致命傷を与えたつもりがなぜか復活した狼。仄の考察のカギとなったのは、狼の背中から生えて、翔真と戦っている魔将へとつながる管。
(こいつとあの魔将は一緒に来た。そして体もつながっている。ということは……)
再度仄へ圧をかける狼。
今にも飛び掛かってきそうな目の前の魔獣と戦闘する直前、仄は翔真に連絡。
『簡潔に言う。たぶんこのワンコとそっちの魔将、両方同時に殺さねえと倒すのは無理だぜ』
第伍玖話を読んでくださりありがとうございます!!
クリエイティブに戦える仄君は過去を振り返ったんですね。
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