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第伍捌話 『共闘戦線〈炎使イト 獣使イ〉・参』

 「近藤さん、俺様は……どうすればいい?」


 執務室で、仄は目の前に座っていた近藤に尋ねた。


 

 ***

 


 一ヶ月前、火御門仄は樫野涼也により現実を突き付けられた。このままでは兄に勝てないという不安が涼也の言葉によって芽生え、そして自覚。今まで自分は何をやってきたのだろうという後悔で、涼也に諭された仄はあの場を去った。


 これまでの努力はもしかしたら無駄かもしれない。

 その事実を認めたくないが、事実を認めてしまうことによる恐怖が消えることはなく、仄を蝕んていく。憂鬱な気分になって数日、気を紛らわすために戦闘訓練を行っていた折、廊下でとある光景を目にした。


「頼むゥ!」


 頭を下げる翔真。

 彼の前には士道光。

 何の会話をしていたかはわからなかったが、ただひとつわかったのは自分と同じ自尊心が強い人間だと思っていた翔真が他人に頭を下げて頼みごとをしていたということ。

 二人のやり取りを見て仄は理解する。

 今己がすべきことは、過去を振り返って反省することではなく、今を変えることではないかと。そして自分を変えるための障害となっているのはプライド。

 

「プライドを捨てる……か。いや、強くなるためだ。()()()()()か」


 こうして覚悟を決めた仄。

 しかしプライドは捨てようと思ったもの、どうすれば捨てられるかわからないし、翔真のように直接頼る当てもない。そこで相談したのが正義。理由としては自分をさらけ出したことで親身になったと思い、そしてある程度事情を知っているから。燐は「ワタクシと戦いましょう!」と言いそうだし、涼也はあんなことを言われた手前、頼りたくなかったのだ。

 

「え、強くなるための方法? そんなこと俺に言われてもなあ……」


「方法を知ってるやつでもいい。なんかねえか?」


「近藤さんなら何か知ってるんじゃない? 俺に銃を教えてくれたのもあの人だし」


「なるほど……あんがとな」


 正義の助言にお礼を言ったあと、仄はその足ですぐに近藤がいる結界へ訪れた。

 


 ***



 予約もなしに仄は近藤の結界兼執務室に入る。申し訳程度のドアノックをして。


「……今日来客はいないはずなのに誰かと思えばだが、仄か。そもそも君は破暁隊専用の結界以外は……」


「近藤さん、俺様は、()()は……どうすればいい?」


 規則を破ったことに仄を叱ろうとした近藤だが、仄の真剣な眼差しに近藤は真面目に聞かなければと切り替える。彼の雰囲気はいつもの傲慢な態度とは違い、一人の年相応の少年のようだった。思春期特有の悩みや不安を感じているような表情。

 軍人らしく、冷徹な声で尋ねる。

 

「どうする、というのは?」


「強くなりてえんだ。でも、何をすればいいかわからねえ。教えてくれ」


 まっすぐと、しかしいつもとは違う不安の感情を表に出しながら近藤を見つめる仄。

 腕を組み、その覚悟を問うため睨み返す近藤。ここで仄が臆すれば彼に教えることはなかった近藤だが、十偉将副団長の威圧にも仄はビビらない。仄の意志を確認し、一息ついた近藤は軍人としてではなく、今度は教師の声色で話はじめる。


「僕は陰陽師のことはからっきしわからない。けれど……案ならある」


 近藤の言葉は仄にとって光明。喜びと期待の感情をむき出しにして近藤にかけよった。


「本当か! なら教えてくれ! おれはどうすればいい!?」


 顔を近づけてくる仄に一瞬戸惑う近藤。


「話す前にひとつ、これは確かに君を強くするだろう。しかし君にとってこのやりかたは屈辱的なことかもしれない。そして途中で投げ出すと僕は思う。それでもやるかい?」


 破暁隊をまとめている近藤が示している道は近藤にとっても、仄にとっても博打。しかし近藤はこの方法が確実に彼を成長させると考えている。

 あとは仄の意志の力のみ。仄が高慢な人物であることは近藤も承知。

 受け入れてくれるかどうか。

 でも心配は杞憂に終わる。


「はっ! ちょうどこのくだらねえプライドを一旦引き出しの奥にでもしまっておこうと思ってたんだ。乗るぜ、その提案」


 しぶしぶどころか笑顔で提案を受け入れた仄。胸を叩いて自信をありげな様子だ。

 まさに予想外。けれどうれしい誤算だった。

 

「わかった。じゃあ二日後、次の結界に行ってくれ。それですべてが分かる」


「その結界は?」


「第48792結界」



 ***


 

 木造の壁に畳が敷かれた和室に座布団と机が置かれ、その結界はさながら寺子屋。壁のひとつ、備え付けられた黒板の前に立つ女性。

 

「よいこのみんな! ちゅうもーく! みなさんにあたらしいお友達ができますよー!」


 明るく優しい笑顔を浮かべながら、高めの声で元気よく声をかける、ふんわりとしたスモックエプロンを着た幼稚園にいるような女性。


「なーにー小川先生?」「おともだちぃ?」「やったあ!」


 そして小川先生と呼ばれた彼女の足元による幼稚園児ほどの子供たち十数名。

 子供たち一人一人に頭を撫でながら優しく声をかけてあげる女性の隣に仄は能面かと思うほど顔をゆがめて怪訝な顔をして立っていた。仄のもとにも子供たちは寄り、話しかけてくるが、仄の顔を見て逃げ出したり泣き出す者もいる。

 子供たちをなだめながら彼らを座らせた小川先生は子供たちに仄を紹介。


「今日から、みんなといっしょに『()()()()()()()』を勉強する、火御門仄くんでーす! 仄くん! みんなにあいさつしよう!」


「子供扱いすんじゃ……」


「ん?」


 一瞬反射で反抗しようとした仄だが有無を言わせぬ圧を仄に見せる小川先生に屈し、己を抑える。


「火御門仄だ……よろしく」


 たじたじとなりながら子供たちに自己紹介する仄。内心恥という感情しかわかず、今にも逃げ出したい気分だ。


「じゃあ席についてください仄君! さてべんきょうを始めましょう!」


「「「はーい!」」」


(くそう、どうしてこんな目に……)


 元気よく返事をする子供たちのなかで仄はただ一人恥を忍んで叫ぶ衝動を我慢していた。覚悟を決めた仄ですら、これは耐えられることは難しい。


 そう。

 近藤が仄に出した案は仄が使っている「陰陽術の()」を最初から学びなおすため、陰陽塾に行くこと。

 火御門仄は実は陰陽術を独学で学んでいた。行ったことはあるが彼のプライドと生半可にあった才能のせいで塾はすぐに行くのを止めたのだ。だから彼が扱う技は彼のオリジナル。その場その場で彼は炎を操っていたのだ。しかしそれこそ涼也が言った、目をつぶって走り続けること。

 目を開き、まずは目標を見つける第一歩として仄はこの場にいる。

 それでも、この初級で行うことは、火を触ること、火に慣れることなど、今の仄にとって当たり前かつ無意識にすらできることであり、恥と同時に退屈も感じていた。

 例えるならば英検一級の人間が子供の英会話教室に生徒として学びに行くような、数学オリンピックの参加者が小学一年生の1+1を学ぶようなもの。

 けれど学びもあった。


「陰陽術は、単純に火を操る権利とは違うのです。その理由が分かる人!」


 仄の隣の少年が手を上げると、先生は彼を指名。


「権利はひをあやつるけど、おんみょうじゅつはひの『うんめい』をあやつる、です!」


「正解!」


 答えが当たったことで喜ぶ少年と、内心関心と驚きを思う仄。まともに塾に通っていなかった彼はそのことを知らなかったのだ。


「ここでおさらいです。我々は『火』を操るのではありません。火を望む形に変えるための『流れ』を作るのです」

 

 小川先生はライターを点火させ火をおこし、陰陽術で操って炎を巨大化。


「例えば火をまっすぐ飛ばすには、権利は火を使いますが、陰陽術はその周囲の空間、空気、そして『運』これらをすべて操って炎を操るのです。いえ、()()と言ったほうが正しいですね」


 独学で学んだ彼は試行錯誤で火を操るようにはできたが本質は知らなかった。

 ここで仄は感じる。

 面白い、と。

 あたらしいことを知るということに、仄は喜びを感じたのだ。傲慢さを我慢し、恥を忍んだおかげで、得るものはあった。いや、プライドを捨てたからこそ、今の感情は存在するのかもしれない。

 

 授業は40分で終了。

 子供たちが先生にあいさつして帰る中、仄は一人教室に残る。部屋の入口に立ち、小川に体を向けて立つ。彼に対し、小川先生は優しい笑顔を作ったまま質問。


「おや、どうされました? 仄君」


 仄は一瞬言い淀み、視線を逸らすも、すぐに現在感じている不安を捨て、言い放つ。矜持を捨てれば、ナニカをが得られるかもしれないということはすでに学んだ。実行しない選択肢はない。


「訓練を、つけてくれねえか?」


 先ほどの40分、得るものは確かにあったが、それ以外はほとんど無駄。このまま時間を浪費したまま帰るのは仄とて望ましくない。それに彼自身プライドをなくすなどと豪語したがいざ来てみれば心の中では赤っ恥。

 未だプライドは残っている。

 ならばいっそ全てなくしてしまうためにやれるとこまでやってみようと仄は考えた。

 仄の言葉を受けた小川先生は笑みをなくし、彼を見つめる。

 

「はぁ、人に頼むのには適切な態度というものがありますよ」


 厳しい一言。教育指導の教員のような表情で放たれた仄は自らの言葉を振り返り、反省。

 まだプライドはあったらしい。

 ならどうするか。

 手本はある。彼がここまで来たきっかけ。


「おれに、訓練をつけてください」


 頭を下げて頼む仄。


「……いいでしょう」


 顔はわからなかったが、その声は少なくとも先ほどの氷のような言葉ではなく、満足げに放たれたものだった。仄は頭を上げると小川先生は黒板の横にあった、教室の照明をオンオフするようなスイッチを押す。すると座学用だった教室は一瞬にして武道場のような木の床と硬そうな壁の空間へ変化。


「陰陽火之道・点」


 小川先生はそう呟くと両手に炎をまとわせ、そして仄と対峙し、構える。

 

「さあ、補習の時間です」

第伍捌話を読んでくださりありがとうございます!

陰陽塾の先生は実力者しかなれないので小川先生はだいぶ強いです。

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