第伍陸話 『共闘戦線〈炎使イト 獣使イ〉・壱』
魔臣を倒し、気が抜けて立ち尽くす正義に緋奈が寄ってくる。
「正義! やったわね……って! 何その左腕! 大丈夫なの!?」
肘から先がなくなっている正義の左腕を見て緋奈は心配の表情を浮かべる。
正義のほうに黒い斬撃が放たれた瞬間、緋奈は一番のチャンスを無駄にしないと自分の役目を果たすために走り始めていた。
確かに正義のことは一瞬心配したものの、彼を確かめる前に正義がとどめを刺したため生きてはいると一安心。
しかし左腕をなくしていたことは緋奈にとっては少し衝撃的な光景だった。
「大丈夫……すぐに……魔王のもとへ……」
とぎれとぎれの正義の言動。
脳内麻薬で痛みは感じていないものの、左腕の切り口からは血がぽたぽたと流れている。
さらに言えば今の正義は吸血鬼のため、血に関する傷ならば一般人よりもダメージは小さい。
痛々しい負傷兵へ緋奈が提案。
「その傷じゃさすがに戦うのは無理よ。結界に避難すれば?」
「……いや、まだ戦える」
そう言いつつ彼女の言葉を聞いた正義は目をそらす。最初は結界に逃げたくない、まだ戦いたいと思っているだろうと考えた緋奈だがどうも様子がおかしい。
「はあ、早く札を出しな…………持ってるわよね? 札」
謎の直感が働いた緋奈は正義に質問。
目をさらにそらす正義。顔には絶対に戦闘中で出たものではない汗。
「持ってるわよね?」
さらに圧をかけてくる緋奈に正義は屈し、か細い声で口を開く。
「……ない」
「は?」
「傷を負ってた兵士にあげちゃった……」
「あきれた……」
まさか本当に持っていないとは思わず、思ったことがもれてしまう緋奈。
まあなくしたのでも、破れたのでもなく、誰かを助けるために使ったのは正義らしい行動だなと疑いはしない。
止めようと思ったが彼の目にはまだ闘志の炎が燃えていた。
緋奈が魔臣に接近戦をさせてくれたのだから、そのお礼と言わんばかりに彼を引き留めるのをやめる。
「ちょっとまって……止血するから」
そういうと彼女は正義の左腕を掴む。
正義の血、そして彼の中にある自身の血を上手に操作し傷口付近の血を凝結。傷が塞がる。
痛みも少しばかりなくなった。
「ありがとう」
お礼を言われ照れくさくなる緋奈だがすぐに切り替える。
「魔王を倒すんでしょ? さっさと行くわよ」
「ああ!」
二人は魔王の元へと走り始めた。
***
正義が魔臣と出くわす少し前、もう一方のミサイルが堕ちた付近で二人の男が任務を遂行するべく地を駆けていた。
赤のメッシュを入れた金髪の少年と後ろに髪を束ねたモデル体型の青年。
「まさかテメエと一緒に戦うこととなるとはなあ!」
金髪の少年は隣を走っている眼鏡をかけた青年にいう。
「それはこっちのセリフだぜェ、足引っ張んじゃねえぞぉ?」
破暁隊の中で個性の強い二人、火御門仄と蔵王翔真が今回の戦いで協力して戦おうというのだ。
実は二人、親友とまで言えるような友好関係をもっている。
何があったかはちょうど一ヶ月前、仄は正義だけでなくほかのメンバーにも戦闘を申し込んでいた。
もちろん理由は『上』となるため。そのために今の自分が度の立ち位置にいるのかを確認したかったのだ。
女性陣は燐を除いて無視されたが、男性陣は全員彼と戦っていた。
ちなみに結果は燐、彗に負け、正義とは引き分け。
涼也には勝ったものの、
「うん、負けてしまったねえ。悔しいや」
と終止飄々とした態度で戦闘終了後に言われてしまい満足した結果とはならなかった。戦闘中もまるで全力を出しているようにはみえず、心はもやもやとしたまま。
そして最後に戦ったのは翔真。
いつも周りに威圧感を放ち、あまり顔色を変えない彼は式神使いということは知っていたが、仄が式神使いと戦うのは初めて。彗のように遠くから攻撃を仕掛けてくるようだったらどうしようかと一抹の不安はあったがしかし、
戦闘を初めて二十分後。
「はぁ……はぁ……てめえ……やるじゃねえか……」
肩を上下に揺らしながら目の前の翔真にしゃべりかける仄。
「はァ……てめえもなァ……」
お互いに満身創痍。
仄のほうは武器である炎を生み出すライターのオイルは切れ、翔真のほうは式神を使い果たしていた。
それでもなお二人は立ち上がる。口に笑みを浮かべながら。
持てるものは双方すべて使い果たし、けれどもう少し頑張れば勝利がつかめるこの状況。限界というものはこういうときを言うのだろう。そして限界を超えるために二人はこぶしを握り締め、距離を詰める。
二人の間は一メートルもない。
「「おらぁ!」」
仄の拳が翔真の胸元へ、翔真の拳が仄の右頬へ撃ちこまれた。攻撃にお互い一歩は引くももう一歩は堪え、追撃を放つ。
この殴り合いは五分続いた。
何十を超える拳の交差の末、仄と翔真は同時に倒れる。もはや立てる気力すらなく、勝負は引き分け。
引き分けとはなったが正義のときとは違い、仄は非常に満足していた。正義との戦いは己の弱さをもう一度実感するために戦っており、だから戦いの後、仄の心は冷めていた。しかし今、あらゆる手とあらゆる力を出しつくすという限界、さらにそこから殴り合いという限界突破を体験して仄は心底気持ちがよかった。
引き分けは仄にとって負けだが、今回限りそうはしたくない。
「なあ翔真」
隣で倒れていた翔真に話しかける仄。
「なんだァ?」
「この戦い、保留ってことにしねえか?」
「……賛成だァ」
河川敷でヤンキーがケンカののち親友になるように、二人のライバルのような関係がこの瞬間生まれた。
***
通信に耳を傾けた翔真が仄に言う。
「もうすぐ魔将がいる地点に着くぜェ」
「おーけー、作戦でも立てとくか?」
一応聞く仄だが彼自身やりたいことは決まっていることを翔真は知っている。
「どうせてめーが魔将と殴り合うんだろォ? んでオレは援護ォ。違うかァ?」
破暁隊のなかでおそらくもっとも彼と関わってきた翔真。だから今このときも彼のわがままをわかったつもりで話した彼だが仄は反論。
「ちょっと違えなあ。殴り合うなんてそんな無茶はしねえさ」
笑みは浮かべながらも客観視した意見を口に出す仄。
まさかの言葉に翔真は目を丸くして、思っていたことを声に漏らしてしまう。
「お、お前頭でも打ったかァ? そんな冷静な判断ができるなんて……」
「あ? てめえ俺様を何だと思ってるんだよ!?」
馬鹿にされたことを走りながらツッコむ仄。
だが仄のキレツッコミは翔真どころか破暁隊全員が認知しており、もはやいつものこととなっている。けれども翔真が驚いたのは事実。なぜなら数週間前の仄ならば絶対炎片手に突撃するだろうと翔真は確信しているから。
伊達に彼と三日に一度戦っていたわけではない。
どうして仄がこのような判断ができるか。
考えられる理由としては。
「……もしかして例の特別訓練でなんかあったかァ?」
図星と言わんばかりに仄は顔色を変える。だがそれは恐怖だとか、いやなことがあった表情ではなく、恥ずかしんでいるもの。いつもの傲慢不遜な態度はどこへやら。仄自身あれはある意味忘れたいものだった。翔真は詳細を聞こうと思ったが前方に見えたのは魔人と兵士の戦闘。
二人は武器を構える。
「ほんじゃまァ……」
「やりますか!」
仄はライターを着火させ、翔真は一枚の札をポケットから取り出す。
「陰陽火之道、点」
ライターの火を操作して燃え上がらせる仄に対し、翔真は紙を振るも燃えるだけで何も出てこない。
その事実に対し翔真は舌打ち。
「結界から重火器取り出せねえじゃねえか……仕方ねえ。式神・火燕。てめえに決めたァ」
もう一枚、今度は先ほどとは違う文字の書かれた札を出し、式神を召喚。すると炎に包まれた7匹の鳥が出現、翔真の周りを周回する。
「「戦闘開始だ!」」
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