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第伍伍話 『共闘戦線〈勇兵ト緋乙女〉・陸』

 騎士型の魔臣。

 他の魔臣のように言語を操る魔法は所持していないため、正義ら二人とは会話することはできなかったが、彼の名はヴァリスという。

 三魔王が南下している中で攻めたとある小国の近衛騎士を代々務める魔人の一族の一人であり、魔王に直接負けるまでは彼が最も抵抗していた。その実績と強さを買われ、ヴァリスは魔王ムシャマの属臣となったのだ。

 ヴァリスは騎士の甲冑を着ているように見えるが、その甲冑こそヴァリスの皮膚であり外骨格。だから正義の弾丸が当たれば、甲冑から血は出るし、緋奈も謎の違和感を感じている。ヴァリスの武器は、その外骨格が変形した剣と盾、そして体を覆うオーラ。このオーラは個人の強さを視覚的にとらえるようなものではない。外骨格の表面からにじみ出る液体と気体の中間の物質が、ヴァリスが纏っているオーラの正体。オーラは非常に強い毒性を持っており、実際正義と緋奈は触ることすらできなかった。

 もともと魔臣となる前も毒オーラはヴァリスの一族固有の『権利』として持っていたものの、魔臣となったことで毒性が非常に強化。致死量は彼が魔臣となる前の百分の一になり、侵食の速度も上がる。よってヴァリスは魔王を除いた三魔王軍の中で最強の一角となった。


 強くなったヴァリスが「守る」のではなく、「攻める」中でひとつの事実に気づく。

 

 それは己の残虐性。


 毒をもって敵を殺していく中で嗜虐的な気分を徐々に感じていた。自身の毒に侵かされている状況で悲痛な叫びをあげるもの、あきらめの表情を浮かべるもの。だんだんと死んでいく間に見せる一瞬の顔をヴァリスはオモシロイと思い始めたのだ。様々な「死」を見ていくことが、ヴァリスのある種の楽しみになっていった。

 外骨格が甲冑ということでヴァリスは発声器官をもたず、会話もできない。だからヴァリスが殺しを楽しんでいるという事実はほかの魔王軍の誰にも気づかれなかった。魔王たちはヴァリスを、文句ひとつ言わず命令を果たしてくれる超有能な部下とだけ認識していたが、ヴァリスのほうは魔臣という立場のほかに、彼らに従っていればより多くの“人間の死に顔”を思い出としてコレクションできる。ヴァリスにとってそれは、芸術に近い愉しみだった。


 正義と緋奈と戦うなか、彼が見たかったのは少年のほう。

 確かに吸血鬼の少女は厄介ではあるが、それ以上にヴァリスは離れたところから攻撃を仕掛けてくる少年のほうをうっとうしいと感じていた。そこで吸血鬼が目標と見せかけて、建物の上にいた正義へ黒い斬撃を放ったのだ。

 対応は絶対にできない。

 魔臣には確信があった。

 たとえよけようとしても外れはしないだろう。

 そして予想は的中。左手の指が切れた正義の姿がヴァリスの鎧越しの瞳に映った。小指から手のひらへとどんどんと黒ずんでゆく。


 ヴァリスは心の中で笑う。


 さあどんな表情を見せるか、と。

 泣き叫ぶか、絶望するか、遺言を残すか、と。

 いずれにせよ、今まで何人か人間を自らの毒で殺したが、どれもすばらしい表情だった。


 心の中で叫ぶ。


「オ前ノ死ヲ見セテクレ!」









 

 バァン!


 

 銃声が鳴る。

 引き金を引いたのはもちろん正義。

 では何を撃ったか?

 ヴァリス? 恐怖での乱射? いや違う。

 

 正義は、左腕の肘に銃口を押し付け、



 ()()()()()()()()()



 正義の表情はいたって冷静だった。自分の左腕を千切るというのに恐怖や覚悟の顔色ひとつせず、訓練された機械のように行動を起こす。

 実際正義の感情も同じ。


 左手を斬られた瞬間、絶望も、迷いもなくただ左腕を切り離さなければならないと悟る。

 ではどうやってという問題はすぐに右手に持っていたアサルトライフルで切断すればよいと判断。

 ここで恐ろしいのは、正義のこの判断が危機感からの仕方なしの思い付きではなく、訓練によって無意識に蓄積された経験から導き出された無機質な解だということ。

 思いつきのひらめきではなく、繰り返し解いて身体に染みついた解法のように、正義の行動には迷いがなかった。

 


 その光景を見たヴァリスは驚愕と混乱。

 今まで殺してきた人間はどれもヴァリスの毒を恐れ、そして毒に侵されたときはどんな豪傑なものも決まって動揺していた。もう助からないと勘づいた人間は脆い。迷っている間に手を付けられなくなり、死ぬ。さらには人間の回復能力は魔人よりも劣り、四肢がもげれば回復することはない。

 人間とはそういう生き物だ。

 

 しかし目の前にいる少年はどうか。

 迷わずに腕を落とすという行動をとった。

 さも当たり前かのように。

 それだけではなかった。

 腕を撃ち、飛ばされた左腕が崩壊していく様をよそ眼に今度は何とヴァリスへ銃口を向けた。痛みを無視し、いや痛みを感じているかもわからないが、正義はヴァリスに攻撃の姿勢を取ったのだ。


 わからないという得体の知れなさがヴァリスを立ち止まらせる。

 ヴァリスの意識は正義にくぎ付け。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 呆然とするヴァリスへ緋奈は全力で近づく。一歩一歩で加速できるよう足に朱激を発動させて。

 右手に血を集中させる。先ほどの、魔人の血を使って手すべてを覆うような巨大な拳を作るのでもなく、これは己の血だけを強く凝縮。

 チャンスは一度かつ一瞬。

 少しでも遅れれば魔臣のオーラが回復し、緋奈は毒を体内に入れることになるだろう。

 だがリスクは考えない。

 そんなことをしたところでただ不安が芽生え、技の威力が下がるだけ。

 今はただ、これから放つ一撃にすべての『意志』を込める。

 懐に入り込んだ緋奈はヴァリスの胴を殴るのではなく、触れた。


「八坂血戦式秘奥! 壊璽(かいじ)樹死状血晶じゅしじょうけっしょう


 手のひらから緋奈は魔臣の身体へ注射のように血を差し込む。魔臣の鎧がただの鎧ではなく、魔臣の皮膚のようなものかもしれないということはすぐそばで戦っていた緋奈はうすうす気づいていた。

 鎧のすぐ内側に肉があるということを意識。緋奈の血液が魔臣の血管にたどり着いたことを認識した緋奈は解き放つかのように血を魔臣へ送り、縦横無尽に自身の血液を魔臣の内部で暴れさせる。あるところでは魔臣の中の血流に逆流し、あるところでは血流と止め、あるところでは血管を破壊。内部をズタズタにされただけでなく、翻弄され行き場をなくした血は鎧を内側から突き破り出血もさせた。出血箇所は緋奈の右手を中心として放射状に形を作り、傷はさながら赤い雪結晶。

 不意打ちにこの一撃を放たれたヴァリスは大きく動揺。外骨格の衝撃は何度も受けたこともあり慣れてはいたが、内側からの痛みは初めての衝撃。痛みだけでなく耐えがたい痺れと疼きがヴァリスを襲う。自分のものではない異物が体内で暴れる不快感がヴァリスの意識を削がせた。


 ヴァリスを狙っていたもうひとりの勇兵を忘れてしまう。


 オーラの再展開を警戒した緋奈はすぐに離れる。さすが魔臣。緋奈が与えた攻撃もすでに回復し、鎧の傷もふさがっていた。

 しかしこころの傷は癒えない。

 復讐心、恨み、怒り。一撃のお返しと言わんばかりに緋奈に向かって全力の斬撃を撃とうとした魔臣へ、とどめをさすために少年はビルの屋上の淵に足をかける。

 

 足に意志を集中させ、壁を蹴る。正義が飛んだあと、その反動で壁にはヒビ。

 魔臣へ接近するなかで正義はアサルトライフルを振りかぶるように大きく構える。すでに意志を極限まで集中させている正義は詠唱による精神統一を必要としない。もし外してしまえばそのまま殺されてしまうかもしれないが、その事実は正義も承知。

 ならば生きるか死ぬかの瀬戸際にこそ、すべてを賭けて撃とうではないか。

 

 〈真貫通弾(レイン)


 バァン!


 正義はまるですれ違いざまに敵を斬る剣士のようにアサルトライフルを横に払い、銃口が魔臣の頭をとらえた瞬間発砲。右手を小銃ごと振りぬき、両足で地面を踏みこんでなんとか着地に成功。魔臣の頭に風穴があき、そのまま膝をついて倒れた。


「作戦……完了だ……」

 

 魔臣の死体を見た正義の心には満足感があった。

 それは敵を倒したからではない。

 義務を果たしたから、いや、義務()果たせたから。

第伍伍話を読んでくださりありがとうございます!

さてここで燐さんと初めて戦ったときの正義君の気持ちを振り返ってみましょう。

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