表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/110

第伍弐話 『共闘戦線〈勇兵ト緋乙女〉・参』

 義務を固めた彼女は人が変わったかのように当主となるべく取り組んだ。さぼっていた娘が急に当主になると言ったのだから両親はひどく驚いた。嫌だった勉学にも取り組み、戦闘訓練も始め、さらに緋奈は他人を信用することをせず、そして誰にも舐められないような強きな態度を取るようになった。薔薇の茨のように、孤高のお嬢様として緋奈は何者にかかわることをしなかったのだ。


 当主となることを決めて7年。

 緋奈は指定強化部隊・「破暁隊」に呼ばれた。そして鬼灯(ほおずき)寮で彼に出会った。


 「晴宮正義です。『勇者』晴宮正義」


 1か月前、緋奈の前に座っていた少年はそういった。

 祖父の仇である『勇者』が今目の前にいる。その場に近藤がいたから暴挙には及ばなかったものの、もしいなかったならば殺意のまま動いていたかもしれない。抑えるように、緋奈はその場をあとにした。

 親の仇が同じ屋根の下にいる、ずっと、これから。

 ()()()緋奈は、不安でしょうがなかった。


 次の日の破暁隊初出撃、自身の暴走で危機に陥ったとき、緋奈は勇者によって救われた。

 直接助けてくれたのは光であるが、助けられるきっかけを作ったのは正義。

 

 正義が自分たちを助けるために走り出したと聞いたとき、彼女は混乱した。

 なぜ自分を助けたのか。会ったばかりの他人をなぜ助けるのか。緋奈は昨晩に彼に対して嫌な態度をとってしまったのに。

 なぜ?


 ()()()()()()()()()()()()()()


 そう思った瞬間、ひとりの人物と重なった。

 自身に黒い感情を向けられながらも責務を全うしていた、緋奈が好きだった人物、八坂夜貴。その事実を認識した瞬間、真っ先に緋奈は否定。


(うそ! 勇者が……あいつがおじいちゃんと一緒なんて認めない!)


 それでも一度思ったことはそうそう消えない。自分を助けてくれた光と翔真には感謝を伝えることはできたが、正義にだけはどうも伝えることができなかった。

 嫌いな「勇者」と好きな「面影」が交差する。

 祖父の仇であるはずの勇者。そのはずなのに——あの時、私を助けたのは彼だった。自分でも、どう整理すればいいのかわからない。これほどまでに複雑な感情に緋奈はどうすることもできない。ありがとうの一言を出すために放課後デートに誘ったときは今でも自身の行動が理解できないし、普通に話そうにも、正義の前ではその複雑な感情が邪魔をして素直になれないのだ。


 

 ***

 

 

(同じだ……やっぱり)


 正義が覚悟を決めた目は祖父と同じだった。絶対に曲がることのない、恐怖すら感じる目。大きな責任を背負っていながらそれを感じさせない目。そして、死を厭わない目。


(アタシは……)


 緋奈は「当主になる」という義務を持つ。

 ならば今、自分は当主となるような行動をしているか? 君は今から当主だ、と言われて自信をもって受け入れるか? 愛する祖父の座を継ぐために、今緋奈がやるべきは。

 答えはすぐにわかった。


 「待って! あ、アタシがやるわ!」


 一歩踏み出そうとした正義を止める緋奈。

 もちろん正義は困惑。


「でも、緋奈さんは相性が悪いって……」


 心配する正義だが緋奈も覚悟を決めたのだ。止まらない、というよりも止まりたくない。今の彼女自身の気持ちを。


「アンタ風に言わせてもらえば、『これがアタシの義務だから』」


 恐怖は感じるが、正義には絶対に察してもらいたくないため無理をして強がる緋奈。

 堂々と取り繕っても少し声は震えてしまうが。

 義務という言葉を聞いた正義は緋奈の覚悟を受け入れる。彼女も正義と同じ覚悟を決めたのならば、それを止めるというのは無作法というものだ。正義もそれは理解している。


「わかった。それじゃあ行くぞ」


「ええ」


 緋奈は意識を体の中へと向ける。

 自身に流れる血液をまずは感じ取り、速度を上げてゆく。心臓の鼓動が速くなり、体温も上がる。全身の筋肉へのエネルギー補給を意識下のもとで一度行い、それを持続させることで一瞬にして戦闘力を上げる能力。


「八坂血戦式・朱激(しゅげき)……っ!」


 体中の血管が浮き上がり、痛みが走る。

 本来は腕だけや足だけなど、ひとつの四肢のみを強化する技を無理やり全身に対応させたためだ。

 痛みを無視し、さらに剣・朱結大剣(あかゆいのおおつるぎ)を作る。血でできた剣は凝固をはじめ、鉱石のようにごつごつとした剣。

 

 たった一歩、地面を蹴れば魔臣のすぐ近くに到達。剣を振りかぶり魔臣へと斬りかかる。

 朱結大剣(あかゆいのおおつるぎ)朱渦大剣(しゅかのおおつるぎ)とは違い、凝結した血が武器。

 剣の表面をのこぎりのように回転させ、切断力を高めている武器である朱渦大剣(しゅかのおおつるぎ)は、威力は高いが体内ともつながっており、それゆえ剣先に魔臣のオーラが触れてしまえばオーラが体内にも入ってしまうかもしれない。

 朱結大剣(あかゆいのおおつるぎ)ならば、すでに血液は凝固している。つまり、魔臣の呪いが作用するのは、『まだ生命活動を持っている血』に対してのみなのだろう。試しに剣でオーラに触れてみたが、先ほどのように黒く蝕まれることはなかった。

 

(つまりさっきの毒みたいなやつは生きたものにだけ反応するってことね)


 分析により魔臣に対してはやはり朱結大剣(あかゆいのおおつるぎ)で攻めるのがいいと判断する緋奈。しかし朱結大剣(あかゆいのおおつるぎ)は一度作ってしまえば体内に戻すことはできない。それゆえ緋奈が朱結大剣を作れるのはせいぜい1,2本が限界。

 今はリターンよりもリスクを優先し、朱結大剣を選んだ。魔臣も彼女の接近に一瞬戸惑うような様子を見せるもさすが魔臣、すぐに盾で防ぐ。

 止められたことを察知した緋奈はすぐさま後退しようとしたが魔臣は彼女の腹めがけ剣を突き刺そうと構え、放った。


 反撃を警戒した緋奈ですら予想より少し速い刺突。

 すぐに死ぬのかもしれないと恐怖する緋奈だが、


衝撃弾(アンキロ)!〉


 正義の弾丸が、緋奈の背で隠れてわずかしか体を見せない魔臣に命中。体全体が甲冑からなのか体中が振動したことにより一瞬動きを止める。

 その隙に緋奈は正義が狙いやすいよう横へ離脱、狙いやすくなったことで正義も集中。

 

貫通弾(トリケラ)!〉


 連射式に切り替えた正義は魔臣に全力で発砲。触れることはできないならば、銃弾により攻撃をすればよい。淡々と放つ正義だが内心焦っていた。もし効かないのならもう打つ手はないからだ。切り札もあるが今撃つべきではない。

 魔臣はすぐに盾で銃弾を防ぎ始める。

 銃弾は弾かれ、効かない。正義の貫通弾(トリケラ)は盾を貫通はできないらしい。

 意志を強めようとしたそのとき、魔臣が構えを取る。

 

「正義!」


 緋奈が叫んだ瞬間、正義の目の前に彼へ飛び掛かった魔臣。剣を大きく振り上げ、今まさに正義に切りかかろうとしている。燐や涼也と手合わせしたときも一瞬で間合いを詰められたことはあるが、魔臣はそれよりも速かった。いや、もし彼らと戦闘訓練を行っていなければ何が起こったか反応できなかったのだが。さきほどまで発砲の体勢だったため、すぐにうしろへ下がることができない。


 

 剣が振り下ろされる。

 

 

 が、剣は正義へと届かない。

 魔臣の背後からきた赤い縄が魔臣を止めていたからだ。


「八坂血戦式・赫蛇!」


 朱激(しゅげき)により身体能力だけでなく反応速度も上がっている緋奈は魔臣が正義を狙った瞬間赫蛇を放つ。

 自分でもその行動に驚いた。他人のために必死になるのは初めてだったから。

 緋奈の困惑はすぐに消える。

 彼女の生きた血がオーラに触れたということで、赫蛇が黒ずんでいく。()は緋奈のほうへと侵食。わかっていはいたがいざ自分に死が迫ることを実感し、恐怖が緋奈を支配。


「その血を離せ! 緋奈さん!」


 一瞬の隙に魔臣から離れた正義の掛け声で緋奈も行動。手のひらから生える赤い縄を切り離す。

 黒い浸食は緋奈が切り離したところで途絶え、黒く染まったあとには炭のようにボロボロと崩れ去った。

 緋奈より少し離れたところで正義は魔臣と距離を置く。


爆発弾(パキケファロ)!〉


 弾単体の威力で無理ならば、爆発ならばどうか? 正義はそう考えた。

 爆破音とともに煙が魔臣を囲う。

 緋奈と正義は魔臣からの攻撃を警戒。

 

「「!!」」


 煙から飛び出した魔臣が狙ったのは弾丸で攻撃してきた正義のほう。

 先ほどとは違い準備をしていた正義は紙一重で剣を回避。横薙ぎをしゃがみで、上からの振り下ろしは体をひねってさける。


(燐さんとの訓練をしていなかったらやばかった……)


 剣での攻撃を避ける行為を正義はほぼ毎日行っていた。まあやらされていたといった方が正しいのだが。心の中で彼女に感謝する正義。

 自分ではなく、正義が狙われたことを察した緋奈は、魔臣へ人差し指を向ける。これからくる()()に覚悟を決め指先に力を集中。


 爪が赤く濁る。


「八坂血戦式・煌矢(こうし)!」


 爪から発射された緋色の矢が魔人の胴に直撃。


「……っ!」


 魔臣は初めて呻く。よほど彼女の攻撃が堪えたらしい。さらに「煌矢」は甲冑を貫通したのか鎧が凹み、そこから鈍色の液体が垂れていたから。

 しかし痛みを感じたのは魔臣だけではない。


 「いった……」


 指を押さえているのは緋奈。

 人差し指は隠れて見えないが、彼女の人差し指の爪は発射とともに剝がれていたからだ。

 爪の間で血を圧縮し、発射するのが八坂血戦式・煌矢(こうし)。威力は高いが、爪を犠牲にするため彼女が最も苦手とする技である。

 

 魔臣は攻撃の対象を切り替え、緋奈へ接近。

 反応速度を上げているため正義と同じように避けれてはいるものの彼女も紙一重。

 正義も応戦しようとしたが、魔臣はなんと盾を正義に向け、半身で緋奈と戦闘。


(こいつ! 銃の戦い方をもう学習したか!)


 苦い顔をする正義。

 正義が動けば、その動きに合わせて盾の角度を微調整し、一切の隙を見せない。まるで戦闘データを学習するかのように、魔臣の攻撃は洗練されていく。単調だった剣筋は次第にフェイントを織り交ぜ、確実に緋奈の反応を鈍らせる。気づけば、彼女は後退するしかなかった。

 

 ((このままじゃ負ける……))

 

 正義と緋奈の二人はそう感じ取った。

 最初に動いたのは正義。


「緋奈さん! このままじゃじり貧だ! いったん退こう!」


 正義の言葉に緋奈も苦々しく了解。

 彼の命令に従ったというよりも負けたままなのが悔しいゆえだ。


 彼女の了承を受け取った正義は銃口を魔臣ではなくその背後の空間に向ける。頭の中で軌道を考え、視界に投影。それをなぞるように意志を固める。


 

変化弾(プテラ)



 正義により放たれた弾はそのまま直進。しかし魔臣のうしろに着いた瞬間、ギュイン! と軌道を曲げて魔臣に直撃。正義とは違う方向から来た攻撃に魔臣は一瞬緋奈への攻撃をやめ、正義のほうに顔を向けてしまう。

 隙を感じ取った緋奈はすぐに正義のもとへ飛ぶように走る。

 緋奈が魔臣から離れたことを確認した正義は単発式に銃をスイッチ。


真衝撃弾(ズール)


 正義の全力の弾丸が魔臣をビルの壁にたたきつけた。

 壁から出ようとしている間に正義と緋奈はビルとビルの隙間に逃げ込む。


破壊弾(アロ)


 先ほどの隣にある大通りへ抜けた正義らは魔臣が追ってこられないよう自分たちが通った場所を破壊弾(アロ)で破壊。

 ビルが崩れ、道がふさがれる。誰も追ってこれないことを確認した正義へ緋奈が言う。

 

「あそこ、たぶん中に軍の設備がある」


 指をさしたところはビルの二階。


「一旦あのビルの中に隠れよう」


 二人が建物の中に入ると確かにそこは弾薬や装備が格納された倉庫であった。

 一応連絡用の設備もあるが正義にとってはちんぷんかんぷん。

 アサルトライフルの弾を装填しながら二人は壁にもたれかかる。


「どうする?」


 うだうだしてもしょうがないためさっそく作戦会議。だが現状は最悪。お互い碌に訓練を一緒にしてこなかったため、あのようなぎりぎりの戦いをするはしょうがないのだが。

 正義は何か活路が欲しかった。この場を切り抜ける案が。


「ひとつだけあるわよ……あいつを倒せるかもしれない方法……」


 突然緋奈が静かに口を開く。

 二人が求めていた、しかしなかった方法を緋奈が知っていることに正義は驚きながらも彼女に縋るように尋ねる。地獄に落ちた少年が、天から降りた一本のクモの糸を見つけたように。


「なんだい?! その方法ってやつは!?」


 言い寄られて戸惑う緋奈。最初は正義を目を合わせてくれない。よっぽど言いたくないのか、緋奈がやりたくないのか。けれどあの魔臣に勝つため、緋奈は意を決する。


「あなたの……血を吸わせてちょうだい……」

第伍弐話を読んでくださりありがとうございます!

ぼくはただツンデレが好きなのではなく、なにか事情があって素直になれなかった結果ツンデレになるのが好きなんですよ。

感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ