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第伍壱話 『八坂緋奈・DUTY』

 八坂緋奈。

 本名は八坂緋奈であるが、八坂の血族の中では「幽桜(ゆうおうの)緋奈」という名で呼ばれる。

 八坂家にはいくつかの分家があり、それぞれ『幽桜(ゆうおう)』『赫牙(かくが)』『朱霞(あかすみ)』『紅蓮(ぐれん)』『椿鬼(つばき)』という家名を持つ。

 八坂家は妖魔四大貴族のひとつ。

 軍の中では「第七軍団第三師団」に配属され、敵への一番槍を担う武門の家系。第三師団の隊長はこの八坂家が担っているが、師団長の座は八坂家の当主が受け継ぐことになっている。

 また、妖魔四大貴族には「軍としての立場」のほかに、「現界での立場(職業)」を持っている。

 八坂家は吸血鬼、それゆえ「現界での立場」も「血」を扱う職業となるのは必然。

 八坂家の現界での顔は「医者」だ。さらに八坂家は国内屈指の医療機関である「八坂病院」を運営しており、医療系の大学や医療機器工場まで所有する巨大な医療グループを形成している。

 この病院の上部の人間はほとんどが吸血鬼。そして八坂家当主はこの病院の「院長」の座も兼ねることになる。

 表向きは普通の病院と変わらないが違うところとしては、八坂の医療グループが独自に行っている献血だ。献血された血液の一部が八坂の吸血鬼たちのための血液ドリンクとして密かに横流しされ、これらの血液は吸血鬼の嗜好品や研究、訓練に使われている。そしてなにより、吸血鬼が戦闘時に使う血液のパックに。こうした影の取引もまた、八坂家が吸血鬼としての存在を維持するための一環なのだ。

 

 つまり、八坂家の当主になれば、「軍」と「現界」双方の地位と権力を手に入れることができる。それゆえ、分家間の当主争いが起きるときは熾烈を極めるのだ。


 そんな一族に、八坂緋奈は生まれた。

 当主の座は各分家の長女または長男しか継げないということにより、八坂緋奈はより一層厳しい教育を幼少期から受けさせられてきた。さらに前当主、八坂夜貴は彼女と同じ幽桜家の出身であったため、2期連続の当主の座を独占しようと、彼女には期待が高まっており、その重圧は一人の少女にはあまりにも重すぎた。

 


『お前に近づくものは、全員お前を利用しようとしていると思え』



『支配者たるもの、決して感情を表には出すな』



『他人に一度でも舐められれば終わりだ』



 幼少期から緋奈はそのような言葉を何度も何度も言われてきた。

 

 しかし幼い彼女はその言葉を全く理解せず、勉学が嫌いだった彼女は当主のための戦闘訓練や勉強を全くしなかった。むしろ勉強を強制してくる家族に嫌気がさしていた。


 そんな彼女にも唯一心を開ける者がいた。

 それが彼女の祖父、九代目八坂家当主・八坂夜貴。

 緋奈の両親も例外なく医者であり、昼夜忙しく働いていた。そこでよく彼女の面倒を見ていたのが、当主かつ彼女の()の祖父である八坂夜貴。夜貴は緋奈を非常に溺愛し、彼女を魔界にまで連れて行った。一度だけ、緋奈を()()()()()同行させたことまである。

 もちろん緋奈の両親が激怒したことは火を見るよりも明らかだったが。幼かった彼女は今でもそのことを覚えている。

 戦場で敵を殲滅するために祖父が放った、小さかった彼女ですら「きれい」と思ってしまうほどの『技』


 戦場に鮮やかに落ちていく、雨のような、雪のような、しかし赤い。それはまるで……


 戦場での記憶だけではなく、普段の祖父も緋奈は好きだった。

 八坂家は何ヶ月に一度、血族会議が開かれる。各分家の代表や有力者が八坂家の今後について決める会議だ。確かに分家同士仲は悪く、いがみ合っているものの、それが激化してしまえば「現界」の立場にも支障が出てしまう。一族内だけで済めばよいものの「医者」という立場に溶け込んでいる都合上、患者や八坂病院を頼る人にも影響があるため、当主争いの最中以外は「協力」するよう()()より勅令がきている。

 日帝の勅令は絶大だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これは6年前の「『しのぶれど』の勅裁」が記憶に新しい。

 日帝の勅令は何事にも優先しなければならないが、人の内面までは届かない。だから血族会議は外だけ見れば真面目な会議だが、少し内側に入れば油よりもドロドロとしたおぞましい感情が渦巻いている。

 その事実は当時小さかった緋奈も感じ取っていた。

 自分が大好きな祖父が周りの大人に嫌われている、しかしそれを口に出さない。

 緋奈はそんな彼らが、場所が嫌いだった。

 陰湿な会議の中、絶対に自分に対するゆがんだ感情を気づいているのに八坂夜貴はそれをもろともせずにまとめていた。祖父の威厳ある姿も、緋奈は鮮明に覚えている。


 会議は寝殿造を模した結界の中の広座敷で行われた。

 八坂会議が終わったあと、緋奈は祖父の膝に座り、縁側で庭園を眺めるのが好きだった。

 祖父の大きな手に頭を撫でられながら、緋奈は祖父にとあることを聞いた。

 

「おじいちゃんはなんでとうしゅをやってるの?」


「ん?」


「あたしあそこきらい……みんなおじいちゃんいやがってる。おじいちゃんかわいそう……」


 自身の心配する言葉に、夜貴は数秒悩んだ様子を見せたあと、緋奈に語った。


「ワシしかできんのだ。なら、それをやらん理由がない」


 夜貴が見せた、その真剣な表情を緋奈は忘れなかった。そして夜貴の背後に一瞬映った、恐ろしいまでの大きな「影」背負っているのか、押しつぶされようとしているのかはわからなかったが、夜貴はあの時、戦場で見せる顔をしていた。


 

 緋奈が八歳のとき、それは訪れた。

 彼女は小学生となっても祖父への愛情は変わらず、時間があるときはいつも祖父に同行していたし、夜貴も愛孫との会合を楽しみにしていた。

 その日、緋奈と夜貴は魔界に訪れていた。夜貴の任務に緋奈が勝手についていったのだが。駐屯基地の中を歩きながら二人は会話する。


「おじいちゃん! 昨日アタシね……」

 

 祖父と話せる嬉しさで明るい表情を見せる緋奈。


「緋奈、こういった場所では『お爺様』と呼んでくれ。八坂家のお嬢様なんだから……」


 天真爛漫な彼女に苦言を呈す夜貴。しかしそれが口だけだということは緋奈にも察せられる。楽しい団欒が続くかと思ったとき、


『緊急連絡、基地北東10キロ地点に魔人の小隊を確認、迎撃にあたられたし』


 基地内に響く放送。

 夜貴は彼女との会話を中止し、出撃の準備をはじめる。


「それじゃあ、また後でな」


 そう言い残して。


 緋奈は最初、すぐに帰ってくると思い、廊下で待っていた。

 10分。

 20分。

 30分。


 一時間。

 しかしいくら経っても帰ってこない。だんだんと心に不安が芽生え、緋奈は司令室へと向かった。もしかしたら結界経由で帰還したのかとも思った。

 司令室に入った瞬間、駐屯基地の司令官が立って叫ぶ。


「馬鹿な! 夜貴師団長との連絡が途絶えただと!?」


 司令官の言葉にべつのオペレーターが反応。

 

「はい、『()()と遭遇した』と言い残して……結界にも避難していないとのこと」


 衝撃の一言が飛び交った。


「うそ……」


 夜貴との通信不能の事実を聞いて緋奈は言葉を失う。魔界での音信不通は異常事態ということは緋奈も知っている。

 心臓の鼓動が速くなる。緋奈の入室に気づいた司令官はいち早く彼女を退室させるも、その事実を聞いた彼女のショックは大きすぎた。


(うそ、おじいちゃんが負けるわけない! おじいちゃんが死ぬわけない!)


 基地にいる間も、家にいる間もずっとそう思っていた。むしろそれ以外のことは考えられなかった。捜索も行われ、緋奈はただ祈るように祖父の帰りを待っていたが、祈りは届くことは……なかった。


 三日。


 大日輪皇國軍では、戦闘後三日間の捜索で見つからなければ、捜査打ち切りののち死亡として扱われる。祖父の死亡を通告された緋奈は二日間学校を休み、部屋に引きこもった。

 何も食べず、何も飲まず、心配した両親に半ば強引に引きずり出された。現実を受け入れるまで、それほどの時間を要したのだ。なんとか日常生活は送れるようにはなったもの、心の傷がふさがるはずはない。

 

 祖父が亡くなり、初めての血族会議。


 当主不在の中、各分家代表は、



 笑っていた。



 次期党首の座を狙えるチャンスに、彼らは喜んでいた。夜貴の死を何とも思っていなかったのだ。

 その事実を感じ取った緋奈は怒りを通り越して、殺意が湧いた。祖父の仇となる勇者と同じくらい。


『アタシのおじいちゃんの死をあざ笑ったものを許さない。アタシが当主となり、こいつらに復讐し、破滅させる! 【次期当主となって!】』


 それが、復讐者・八坂緋奈の義務だ。

第伍壱話を読んでくださりありがとうございます!

分家ごとに「家名」があるっていう設定。たぶんこれからもこすっていくほど気に入ってます。

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