第肆玖話 『共闘戦線〈勇兵ト緋乙女〉・壱』
正義は都市の装置を利用してビルの屋上に上ったのち、屋根を飛び越えながら全速力で魔臣がいるという位置へと向かう。道路での後悔と兵士の救出で正義の感情はジェットコースターよりも激しく揺さぶられ混濁していたが、走っているうちに落ち着いてきた。それでも魔人への殺意は消えないが。殺意は正義の心に依然と蓋ぎ、それどころか、もはや外れそうにない。
これをよしとするかどうかは、正義しだいだ。この殺意をどう使いこなすか。正義は心の奥底で考えていた。
「ふぅ……」
意志を固めながら駆ける正義の後ろから彼を呼び止める声。
「正義!」
走ることを続けながら後ろを見るとそこには緋色の髪を左右に分けて、それぞれ束ねたツインテールの少女、八坂緋奈。
彼女も、正義と同様イナバから魔臣の討伐の命を受け、正義の目指す方向へと向かっていた。彼女はおそらく戦闘を先ほどまでしていたのだろう。服の全身に血のような液体が付着している。それでも服は破れておらず、傷がないことから負傷はしていないことは正義に察せられた。全力で走る正義に何とか追いつこうとする彼女を見て正義も減速。
「速い!」
開口一番文句。彼女はいつもそうであり、正義も彼女の圧に押されっぱなしではあるが現在ある意味ゾーンに入っている正義は臆することなく彼女に言い返す。
「早く魔臣を倒しに行かなきゃならないだろ?」
「え! そ、そうね……」
いつもは受け流されたり、軽い謝罪をする正義が反論してきたことに緋奈は驚愕。別に怒ったり不快に思っているわけではないが、真顔で返される予想外の出来事に緋奈はいつもの態度をすこしばかり緩めてしまった。
それどころかこちらを見つめる正義の目は戦争前のものとは違い、緋奈すら少し恐ろしいと感じてしまう圧を感じる。虚ろとは少し違うが、今にも壊れてしまいそうでありながら、奇妙な安定感を持つ瞳。
緋奈がもっと観察する前に正義は前を向いてしまった。
「敵だ」
正義が緋奈にも聞こえる声量で呟く。緋奈も前を凝視するとはるか先のビルの上にいる複数の魔人。彼らは正義らに背中を向けビルの下を向いている。おそらく敵を攻撃しているのだろう。つまりあのビルの間にいるのは皇國軍兵士に違いない。
「どうするの? 正義……」
「命中弾」
緋奈の相談の前にすでに正義は銃口を彼らに向け、発砲していた。
命中弾は貫通の意志2割と命中の意志8割が配合された弾。当てるだけではあるものの、もし魔人が狙っているが軍人ならば一旦自分たちに注意を向けさせるのがいいと正義は判断。
もちろん緋奈は突然の発砲に一瞬ギョッとする。
「あんたねえ! いきなり撃たないでよ! びっくりしたじゃない!」
もちろん、なぜ撃ったのかはなんとなく理解できる。しかし、相談もなしに急に撃たれると、緋奈とて驚くし、怖い。
「あっ、ごめん」
さすがに非は正義にあるのですぐに緋奈に謝る。もちろん反省はしており、緋奈から見た正義の顔はさきほどの得体の知れなさは感じず、普通の少年。
けれど今二人がいるのは戦場。それにさきほど攻撃を仕掛けたので前方の魔人を警戒しなければならない正義は直ちに魔人のほうへ顔を向ける。
前を見れば先ほどよりも魔人の数は減っていた。おそらく正義の放った弾丸でやられたのだろう。しかしそれによって魔人たちは正義のほうに敵意を放つ。牽制用に引き金を引きながら進む正義は緋奈のほうを横目で見る。
「俺があいつらを倒し、ビルの上から攻める。緋奈さんは地上から攻めてくれない?」
一ヶ月一緒に暮らしてきた中で初めてであろう正義の提案だが、緋奈はもちろんすぐには飲み込まない。
「な……なんであんたに従わなきゃなんないの!?」
正義もそう返すのはなんとなく察していた。死んだ目で前を向きなおす。怒りというよりも呆れの感情。命中弾の「対象」を魔人全体から一体一体に切り替え、すぐに味方の援護に行こうと加速。
……しようとしたその時。
「そ……その、し、下から攻めればいいのよね?」
恥じらいの含んだ、正義もぎりぎり聞き取れる声量で突然緋奈が呟いた。
正義が振り向くと目を合わせたくないのかすぐに目を背ける。頬は少し赤く、いわゆる「照れ」という表情。まさか従ってくれるとは言った本人も驚いてしまう。
その感情が緋奈にも伝わったのか慌てた顔で言い訳。
「べ……別にあんたの意見がこの状況で一番マシだと思っただけで! あんたのためじゃないんだからね!」
彼女の必死の弁解に正義は思わず微笑み、心が少しばかり軽くなった。
逆に咄嗟にそんな理由にもなっていない申し開きを口に出してしまった緋奈はさらに赤面。今にもここから逃げ出したい気分だった。気が楽になった正義だが脳は未だ戦闘状態。彼女が協力してくれることはこの際大きな助けだ。
「じゃあ頼むよ、緋奈さん」
一言だけ呟き、正義は彼女を振り切るように加速。
置いていかれた彼女もすぐに自分の使命を思い出し、ビルから落下。地面に着地した彼女は方向を確認したあと、ビル群の間を抜けながら魔人のもとへとひた走る。
***
正義は銃撃を続けながらビルへと迫る。五十メートルの距離に縮めたとき、残る魔人は三体。残りは倒れていたり、ビルから落下していた。
(左に一体、右に二体か……)
状況をすぐに頭に叩き込み、それと同時に判断。
まずは右手の二体に向けて爆発弾を撃ち込む。だが、倒れない。けれど倒れないことは正義もなんとなく予想しており、自身の命中弾が効かなかったということは皮膚が頑丈なのだろうと正義は考えた。
だから個々を貫通弾で撃破しようと画策。
(まずは左!)
爆発弾を撃ち、命中を確認した正義は足に「意志」を固め地面を大きくけりこむ。魔人へと接近しながら銃口を敵に向け発砲。
〈貫通弾〉
連式ではあるが一発一発に正義のより強い意志がこもった弾丸の弾幕に発砲された魔人は全身に風穴を開けて撃沈。魔人が倒れたとき正義はすでに魔人がいたビルの屋上。
跳躍ののちその慣性で飛んでいた正義は「停止」の意志を足に込めて何とかビルの上に着地。意志は実行されたが足一本で減速どこかストップは非常に危険な行為。100mを全力で走ったあとにたった一歩で止まることは不可能に決まっている。
しかし正義はそれを勇者の権利である意志の増大により無理やり実現。右足の痛みは計り知れない。だが正義は痛み如きで止まらず、すぐに右を向いて残りの魔人のうち一方を狙って引き金を引く。
ドサッという何かが倒れた音を正義は認識、撃破と断定して最後の一体を狙おうとしたが爆発弾の爆風がちょうど霧散。
残りの一体は煙の中にいなかった。逃げたか、はたまた……
「キエアアア!」
正義の頭上より魔人の叫び声。
上を見れば残りの一体の魔人が大きく飛び上がり正義に向かって攻撃を仕掛けていた。腕を大きく振り上げ、鋭い爪をとがらせている。
バン!
魔人の首が飛ぶ。
魔人を発見した正義はまるで機械のように行動。銃を魔人へと向ける動作の最中に正義は無意識にアサルトライフルのレバーを単発式に切り替えていた。そしてそのまま引き金を引いて貫通弾を発砲。正義が選択した狙いは魔人の首。正義の意志を宿した弾丸が魔人を貫き、首を断つ。
魔人をすべて撃破したことに正義は慢心も喜ぶこともなくすぐにビル下の状況を確認する。
ビル下の大通りでは右側から魔人の大群が左側にいる数名の兵士たちを追い詰めていた。魔人たちはその状況を楽しんでいるのか、有利な場面だというのにじりじりと接近。一方兵士のほうは必死の形相と恐怖が混ざったような表情で魔人を攻撃。見たことはない兵士だが、その貫禄からして、恐らく上官だろう。
部下の殿を務めていたのだろう。
真っ先に正義は加勢。兵士を囲う魔人一人一人に頭の中で照準を合わせる。敵兵をマルチロックオンした正義は20を超える標的に対して平等に意志を込め、放つは……
「拡散追尾弾」
一度正義が引き金を引けば銃口から撃たれた弾丸の軌道は幹から分かれた枝のように分かれる。それぞれの弾丸が兵士を狙っていた魔人へと着弾、もちろん皮膚が硬く効かなかった魔人もいるがほとんどは弾の直撃で負傷。
魔人の注意が正義へと向けられる。しかし正義のほうは兵士の近くの魔人ではなく、その後方にいる魔人へ照準を合わせた。前方の魔人を無視して。
なぜなら……
「八坂血戦式・赫蛇!」
ビルの合間から姿を現した八坂緋奈が叫ぶ。
彼女は腕を大きく伸ばし手のひらを敵へ向ければ、彼女の手から血管が浮き上がる。ビキビキとおぞましい凹凸が彼女の手に出現し、そこから血が噴き出した。血は他人が見れば心配になるほど大量に噴き出すも、彼女は顔色ひとつ変えない噴き出した血はやがてまとまり始め一本の鞭のような形を取る。緋奈が腕を振るえばその赤い蛇は魔人を大きく吹き飛ばした。
「八坂血戦式・朱渦大剣」
緋奈が呟くと鞭のように動いていた血は彼女の手に引っ込むように動きを取り、今度は彼女の身の丈ほどの直剣へと変化。
そして皇國軍の反撃が始まった。
正義による上からの射撃と緋奈の血剣による撃破。比較的弱い類の魔人は正義の弾丸で地に倒れ、弾丸で傷つかなかった魔人も緋奈の剣で真っ二つに切られてゆく。先ほどまで魔人に追い詰められていた兵士も二人に加勢。
順調に魔人はやられていく。
このままいける、と二人が思ったそのとき、奴は現れた。
第肆玖話を読んでくださりありがとうございます!
なにげに八坂緋奈ちゃんの戦闘シーンを書くのは初ですかね?
説明としては「血を操る」というシンプルなもんです。
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