第肆捌話 『マダ』
読んでくださる読者様に報告です。
第肆捌話の内容を大幅に改変しました。そしてこの話には変更後の肆捌話の内容も入っています。
伍拾話を読む前に第肆捌話のほうを読むことをお勧めします。
そう思った瞬間、正義の心の空白はいつの間にか埋まっていた。
正義の『役割』は戻っていたのだ。さらにもうこぼれる気配もない。
正義は気づく。
今まで正義に足りなかったものは『殺意』だ。
どれだけ敗北感を味わっても、どれだけ打ちのめされようとも、どれだけ無力感を感じても立ち上がるために必要なもの。正義にとってはそれが『魔人への殺意』だった。殺意は正義の心に蓋をする。もう二度と『意味』がこぼれないように。
冷静となった正義は一歩踏み出す。この先に理不尽があるのだから。
アサルトライフルを構え、『意志』を固ようとしたそのとき……
「グハァ」
正義の背後で、小さく誰かがむせる音がした。
振り返るとそこには、壁にもたれて口から血を吐いていた一人の兵士。
彼を見た正義は迷わず彼のもとに駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
よく見ると兵士は基地で正義と話していた人物の一人。
胸には大きな傷跡。どくどくと血が流れ、軍服が赤く染まっていく。傷ついた兵士も正義に気づき、正義に心配させないと無理して笑顔を作る。
「勇者じゃねえか……すまねえな、こんな情けない姿をさらしちまって」
言葉を放った途端吐血し、呼吸もか細くなる。
あたふたする正義はもちろんなにもできない。何とか助けなければという気持ちが正義を焦らせてしまう。そこで正義の頭に「結界」という文字が浮かぶ。軍人が危機的状況に陥ったときの避難所。
「えっと……結界に逃げられないんですか?」
「戦闘中に結界用の札が魔人に破られてしまってな……だからさっきの『大号令』にも従えなかった」
正義はここでひとつの単語に引っかかる。
「えっと、号令?」
「そうか、君は『軍人』じゃねえのか。魔王が放った竜巻みてえな攻撃の直前、総司令官の『権利』で魔王の半径400mにいた軍人はみんな結界に避難させられたんだ」
この言葉を聞いた瞬間正義の目に光が戻る。先ほどとは違う、希望の光。
「じゃあ、みんな生きてるんですか?」
すがるように、願うように正義は尋ねた。もし答えが彼の望むものでないとしたら彼は理不尽へと突き進むと仮定して。
「たぶんな……」
たぶん。
その一言だけでも正義の中の喪失感がなくなった。自分は救えなかったわけではない。
先ほどまで正義が欲しかった『否定』は一人の兵士によりもたらされた。
——進め。お前は理不尽を倒さなければならない。
声が再び正義へと話しかける。だが正義は今度は自信をもって言葉を返す。彼の弱さはもうないのだから。
「目の前に助けなきゃいけない人がいるんだ」
——なぜだ? お前は義務が果たせなかった。人を助けるという義務がな。
「俺は助けることができなかった。けれどみんな助かった。なら俺は助けられなかったわけじゃない」
——……
「目の前に助けを求めてる人がいるんだ。なら俺はまだ! 人を助けるという義務を捨てることなんてできない!」
——そうか。
正義が心の中で叫ぶと、それを最後に声はなくなった。弱弱しくなってゆく目の前の兵士を救うため正義は一枚の紙を渡す。
その紙を見て、兵士は驚く。なぜならそれは……
「お、おいこれって……避難用の札じゃねえか!?」
「これで逃げてください」
毅然とした態度を正義は崩さない。
「逃げてって……お前はどうなるんだ? 結界に行けなくなるじゃないか!」
兵士の心配もごもっともだ。正義が持っている避難用の札は一枚しかない。彼が言う通り正義が危機に陥っても避難することはできなくなるのだから。
「俺は、勇者ですから……予備の札を持っているんですよ……」
嘘をついた。
これで札を渡せば正義は避難する術を失う。それでもここで正義は目の前の兵士を救わなければ、救えなかったと嘆く先ほどの自分とは違うと証明できない。
今兵士を救って、自分の義務が果たせていると己に刻んでおきたかったのだ。自分のために、人を救う。なんと独善的な勇者だろうか。
「……わかった。そうさせてもらう」
兵士はしぶしぶながら札を受け取った。結界に逃げる直前、兵士は正義に呟く。
「あの言葉、まさか本当に助けてもらえるとは思わなかった。ありがとな」
『助けます』という正義の一言を、兵士は覚えていたらしい。顔には出さないものの正義は彼が覚えていてくれたこと、そして約束を果たせたことに心は軽くなる。
「……展界」
兵士は火に包まれ消えた。結界に避難したことを確認した正義が立ち上がると、イナバから伝令が下る。
『至急報告。正義の至近に魔臣の存在を確認。直ちに討滅せよ』
命令とともに送られていたのがその魔臣の位置。
場所は正義がここへ来る前にいたところ。つまり魔王がいる場所とは反対側だ。
「了解」
もちろん正義は従った。
魔人たちに対する殺意がなくなったわけではない。魔王にすぐにでも攻めに行きたい。
しかし今の正義には新しい義務ができた。
だから正義はいったん魔王に背を向ける。魔臣の撃破という義務を果たすために。
***
大日輪皇國軍総司令部。
神爪嵐が放たれる少し前。
『だが少し数が多い。ワレは強い奴の肉をより好む……さあ選別だ。ワレの食卓に乗るのは……何人かな?』
この言葉とともに魔王は体を大きく捩じりはじめた。これから何かが起こるのは誰の目から見ても明らかではあったが、オペレーターたちは結界都市からくる情報の渦で様子を見ることしかできない。
しかし、ただ一人、次に起こるであろう悲劇を予測した人物は真っ先に机の上にある『受話器』を手に取り、『権利』を発動。
〈総員撤退!〉
魔王から半径400mにいる『軍人』を対象に命令を出したのは南郷総司令官。400mという単位はかつて大日輪皇國軍領に攻めてきた魔法使いが放った魔法の最大範囲である。
彼の職業は『大日輪皇國軍総司令官』。
その職業の権利として、『(大日輪皇國軍)軍人』という職に就いている人、つまり大日輪皇國軍の兵士に対し一度だけ己が下した命令を実行させる能力・『大号令』がある。
というのも「戦闘に勝利せよ」などという事象を操作することはできないものの、個人で完結するものならば本人の意志に関係なく行動させるのだ。
『オペレーター』の中にも強制を促す『権利』を持つ者もいるが、南郷の場合はその強制力が強い。魔王のそば、負傷し体を動かせなかった中野上官でさえ、その『命令』に従ったのだから。
彼の権利により魔王の周囲で神爪嵐に巻き込まれた兵士はいない。
号令を放った南郷は立ち上がりオペレーターに『号令』をかける。
「蒼京への対処にあたる人員を増員せよ! 蒼京の監視映像を確認し魔人が比較的少ないところに集合をかけ、そこを臨時拠点とする! また破暁隊には近くの敵の撃破に動けと命令せよ! これより大日輪皇國軍は反撃に転じる!」
全体に叫んだのち、南郷は個人に指令。
指令を受けたのは南郷が信用している有能なオペレーターの面々。
魔王の対処、兵士の配置や動き方、烈攻師団の管理などを彼らと行う。だが実行し、成功させるのは蒼京の兵士。特に南郷総司令官の『大号令』で避難させた兵士は約五百名。蒼京にいる兵士は約二千五百名。対して魔人は確認した結果その二倍。
数も重要ではあるが、南郷総司令官が恐れているのはふたつ。
ひとつは転送魔法陣。これを壊さなければ魔人の数は増え続ける。けれど魔法陣に関しては現在結界内に常駐する複数の強い兵士が破壊の任務にあたっているらしく、南郷総司令官にとって優先度は低い。
大事なのはもうひとつめ。映像内で確認された魔臣や魔将の存在。とくに南郷総司令官が顔をしかめたとある魔臣に関してはおそらく師団長クラス以上でないと対処しきれないようなものだった。
援軍の遅れない今、要となるのは勇者一行。
「さあ頼んだぞ……破暁隊」
第肆捌話を読んでくださりありがとうございます!
南郷総司令官の「権利」自体はシンプルですが、彼の権利にはとある秘密があります。
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