第肆伍話 『凶星』
空中に浮かんでいたのは巨大な円盤。
テレビ番組だとか動画サイトでよくあるUFO。それが浮かんでいた。円盤は非常に大きく、見る限り都市の四分の一に影を落としている。
あまりに突然の出来事に正義らは動くことができない。そのまま上を向いていると円盤の下にいくつかの穴が開くのが正義には見えた。穴はどんどんと増えていき、十数秒後には百を超える。
まだ正義はあっけにとられて動かない。だが体は警戒したのか、銃を構えなおす。
ほかの破暁隊に至っては警戒したり、身構える者が半分、正義と同じく呆然とするものが半分。
由良や光など、天翔武鎧を身にまといながら空中で待機する烈攻師団の兵士らは初陣の人々も多いのか、円盤の出現に気を取られる兵士もいる。
そんな彼らに対し、一人の男が号令をかける。
「貴様らぁ! あれは敵なのだ! 撃ち落とせ!」
唖然とする彼らへ愛沼は円盤を撃ち落とすよう命令した。愛沼の言葉に兵士らははっとし、銃を構えて狙いを定める。
ほぼ同時、都市にそびえている数十のビルの屋上のシェルターが開き、そこから対空砲が出現。
銃口は円盤へと向く。
しかし、それは遅かった。
円盤の穴からはなんと大量の魔人が地上へ落下してきたのだ。その数はおそらく千を超えている。さらに円盤の穴から、空中の烈攻師団への牽制も兼ねてだろう魔法による攻撃が放たれた。もちろん落ちてくる魔人も地上に向けて魔法や攻撃を行う。雨とも思える二重の攻撃に烈攻師団は避けるのに精いっぱい。
『烈攻師団! まずは回避だあ! 円盤の下から逃れろぉ!』
冷静な判断を下したのはもちろん愛沼。
彼の指示で混乱していた空中の部隊は移動を開始。由良と光も上からくる攻撃を避けながら攻撃範囲から外れる。
空中の部隊がいなくなったため、魔人は地上への降下が容易となってしまう。
だが地上の皇國軍側は、空中部隊がいなくなったことで対空砲の威力を存分に発揮した。落ちてくる魔人を撃破していく。
降り注ぐ魔法と、立ち上る対空砲弾。その狭間を魔人たちは降下。
さらに円盤から落ちる魔人の中から下への軌道を外れ、空中の烈攻師団に向けて飛ぶ魔人が複数。
弾幕からの避難を確認した愛沼は自分たちへと向かってくる魔人を確認。すぐに空中部隊に伝達。
『貴様ら! 第一種戦闘配置! まずは飛んでいる魔人を撃破せよ! 決して円盤からの攻撃射程には入るな!』
愛沼の命令に空中部隊員はすぐに従う。
翳都・蒼京での空中戦が開始した。
***
一方地上の兵士は空中から降ってくる魔法の雨を建物の中にいることで回避していた。
結界都市の建築物は見た目は現界の東京と瓜二つなものの、素材はより頑丈な魔界の素材を使用しているためそうそう壊れることはない。
それでも建物が攻撃を受けた時の振動と轟音は兵士の精神を揺さぶるには十分。彼らに追い打ちをかけるように魔人が地上へと降りてくる。魔人は近くの皇國軍兵士へ攻撃を仕掛け始め、地上戦を開始。
都市結界への直接の奇襲に、ある程度の警戒しかしていない皇國軍側は非常にピンチであった。
そして都市結界にいる兵士も前線にいる者とは違い、戦場に慣れるために来た未熟な兵士が多いため、兵士の何人かはこういった予定外の出来事のせいでパニックに陥ってしまう。唯一の安心できる要素としては地上への落下が完了したことで、彼らにあたらぬよう円盤からの地上攻撃が止んだことだ。
戦線での戦闘は一方からしか敵は向かってこなかったためシンプルなものだった。しかし今は皇國軍のテリトリーに敵が入ってしまい、つまり急に敵陣となるという混濁とした戦場になってしまう。カオスな状況に実戦経験のない兵士が戸惑うことは必然。
三人の新兵が囲んでくる魔人に背中合わせで対峙し、魔人に銃を発砲している。
だが数は魔人の方が圧倒的に多かった。
絶体絶命な状況。戦争前、こういった場合どうすることもできなければ結界に避難せよ、と言われているはずだが危機的状況にまともな判断ができず、『結界』の文字は頭から抜けてしまっていた。
三人にじりじりと迫る魔人。
死を受け入れ始めた三人の目の前が突如、
爆発。
複数の爆発が魔人側を襲った。何が起きたかわからない新兵の前に現れたのはナイフを持った灰色髪の少年、氷室彗。
「結界!」
の叫びで、新兵たちはようやくそれを思い出したのか、魔人が慧に気を取られている隙に結界へ避難。彼らの退避を確認した慧はすぐにナイフを三本彼らに向けて投げ、爆発に乗じてビルの合間へと走る。
ビルの壁にあるひとつの出っ張り。慧がこれを握るとでっぱりはレールに沿って上昇し、慧をビルの上へと運ぶ。結界都市はまさに戦闘に特化させたギミックがいくつも置かれている。建物の内部には武装が備え付けられ、移動用の地下も存在するのだ。
ビルの上を駆けながら慧は思考する。
(この事態を司令本部は気づいているはずだ。次の作戦としてはおそらく円盤の影を囲うように円型の戦線を敷いて拮抗、援軍を待ってから戦線をどんどんと縮めて魔人を撃破、だろうな。ならばまずはあの円盤から離れよう。どこか安全なところでみんなと合流し……)
振り返って円盤を見る慧の目に、髪の隙間からとんでもないものが映った。彼にしか気づけないが、それは慧に悪寒を感じさせた。
円盤の上部からミサイルのようなものが2つ発射したのだ。飛ばされた物体は円盤から遠い位置へと落下していたのだ。爆発はしないが、明らかに異常事態。
(なんだあれは!? なにをした?)
立ち止まって落下した地点のうち、慧でも観察できる方をじっと見つめる。そこから立ち上る青白い光。その光を慧は知っていた。
正義らの基地奇襲作戦を聞いていたとき、近藤がスクリーンに写したもの。
(おいおいおいおいおい! あれは転送魔法陣の光だ! まさかもう一方のも? 冗談じゃない! ただでさえ今の戦力差は拮抗してるってのにここで魔人をまた呼ばれれば本気でこの結界都市が堕ちるぞ?!)
普段の冷静な自分を忘れ、この状況を客観的に判断すればするほど自分たちが詰んでいるかもしれないと焦る慧。
あまりの状況に動くことすらできない。
しかし無慈悲にも絶望はまだ終わりではなかった。
パリーン! という音が慧の耳に響く。
振り返ると結界都市の上空に穴が開き、ナニカが都市へと落下。誰が見てもそれはまさに、降る凶星であった。
***
凶星が落下したところには数名の隊員が待機していた。
突然の円盤の発生に彼らも混乱、次の行動をどうするか話し合っている彼らの背後に星が轟音とともに落下。
音の方向へ兵士が振り返ると道路に陥没した巨大なクレーターから煙が立ち上っている。警戒のため兵士が銃口を向ける中、煙から奴は現れた。
二メートルを超える巨漢。二足歩行ではあるが姿かたちは人ではなく、まさに人狼。
美しいとも思える白い毛を生やしてはいるが、目の前の兵士は奴がバケモノだと感じてしまうほどのプレッシャー。金色の瞳は、見る者すべてを震え上がらせる捕食者の目。口から見える鋭い牙は一度噛まれれば一瞬にして食いちぎられるだろう。
「と、とまれ!」
兵士の一人が銃口を向けながら人狼に叫ぶも、人狼は止まらない。
それどころか兵士をにらみつけ、兵士を委縮させた。
だが人狼を囲う兵士の背後より風を切る音が聞こえたとともに砲弾が人狼へと着弾。
兵士が振り返るとそこに立っていたのは彼らの上官・中野だった。彼は正義たちが話していた兵士へ任務に就くよう伝えた人物。右手にはバズーカ砲を構えている。
「お前ら何を躊躇しているんだ。見て分からねえのか? あいつは魔人、つまり敵だ。ビビる前に撃て阿呆共」
気弱な兵士に中野は叱責。
いくつもの戦争を渡り歩いた中野である彼の正論で兵士は反省する。
「オいおイ……挨拶もなしに攻撃とは門番共は野蛮じゃねえか……」
その声は兵士ではない、中野が撃ったほう、砲弾の着弾地点である煙の中からだ。
違和感にいち早く気づいたのはもちろん中野、すぐに二発目を放とうとするも、彼が引き金に指をかける前に神速の攻撃が中野の腹に放たれる。
中野は数十メートル吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。中野の傷ついた姿を見て兵士はようやく今の事態に気付く。
目の前の魔王がただの魔人でないことに。
答え合わせをするかのように人狼は叫んだ。
「ワレの名はガダンファル! 『最悪の五大職』がひとつ、魔王であり! 千獣の王、ガダンファルだ!」
第肆伍話を見てくださりありがとうございます!
この円盤が、魔王たちの「郊外に置いてあるとある物体」ですね。本来は拮抗していた場合やタイミングを見計らってこの円盤で奇襲を仕掛ける予定でした。
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