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第肆肆話 『急襲』

 第九戦線で仕事を終えた破暁隊一行は防衛線よりはるか後方、結界都市で待機していた。


 結界都市。

 魔界門を守るように、門を中心として五芒星の結節点と先の合計10か所に配置されている都市というよりも都市型の要塞。結界はドーム状に覆われ、中央には結界の核が格納されている高い塔がそびえている。結界自体が印のような役割を果たし、この結界からでないと結界の中、つまり門の核に近づくことは決してできない。

 

 結界都市は非常に大きく、政令指定都市の平均よりも広い。


 しかし一部を除いて電気や水道は通ってはおらず、つまり結界都市は人が暮らすためではなく戦闘のためだけに存在しているようなものなのだ。結界内は常に式神が管理を兼ねて巡回し、そのため敵側にとってこの結界都市という存在はある意味ダンジョンのようかもしれないだろう。

 破暁隊がいるのは門の核より北西に位置する結界、『翳都(えいと)蒼京(そうきょう)

 日帝皇国の首都である帝都を模した、たくさんのビルが立ち並び、舗道された道路が入り組んだ都市である。だが人の気配は一切なく、まるで帝都から生物だけを抜き取ったような雰囲気だ。


 正義ら破暁隊は蒼京の中心、結界の核が内包された塔の近くにあるビルの中に設置された基地にいた。


「へー! お前さんが勇者なのか!」


「もっと大人びた野郎と思ったぜ」


「いいんじゃねえの? 勇者っぽいじゃねえか」


 正義に絡んできたのはこの翳都に待機している中年の兵士たち。

 まるで親戚の集まりの時に甥へ絡みに行くように話しかけ、しかし正義は彼らの迫力に押されて抵抗することなく、兵士に囲まれながら縮こまっていた。ちなみにほかの破暁隊メンバーも兵士にしゃべりかけられている。

 仄や緋奈、由良は彼らとは話してはいないが、燐や彗はこういった場面に慣れているのか兵士に囲まれながら会話しているのが見えた。


 こういった状況が、破暁隊がこの基地に到着してから続いていた。当初はかれらの歓迎ムードに喜んでいた正義だったが、いまはすこし疲れてしまっている。正義を囲んでおしゃべりする兵士に対し、上官らしき人物が一言。

 

 「貴様ら! 休憩がすんだようなら担当する地区で待機しろ!」


 彼の一言に正義の周りの大人はむくれ顔で武器の準備を行う。


「ちっ! もう仕事かよ。結界都市に敵が来るわけねえのにさ」


「まあまあ、以前と比べれば楽な仕事さ。精神的にだけどな」


 そう呟く兵士に正義は質問。


「えっと、みなさんは軍に入る前は何かしていたんですか?」


 正義の問いに一番若い兵士が答える。


「いわゆるブラック企業ってやつさ。やっすい給料、でない残業代、疲弊していく精神、そんな生活さ」


「ではなぜ軍に?」


「居酒屋で偶然できた友達になあ言われたんだよ。『お前は軍に入る資格があるかも』ってな。最初は怪しい宗教勧誘かと思ったがそん時お酒が回っていてな、話だけ聞いてやるって言っちまった。ほんで後日連れてかれたのが軍の施設。あんときはすごかった! 式神だとか、結界だとか見せられたときはまだ酔いが覚めてねえのかと思っちまった! 改めて軍に入らないかって誘われたときは思ったね! ここで選ばねえと人生変えられねえって。ほんで今がある! 会社に勤めていた時よりも充実してるぜ」


 彼の言葉、そして表情から正義は今自分が守るべきものは現界にいる家族や友達、国だけでなく、彼らのような兵士も守りたいと感じてしまった。

 一人の少年としてそれは傲慢かもしれないが、彼は勇者。守ると決めた全てを救ってこそ、勇者だと、正義は心に決める。


「じゃあ行くぞてめえら! あと三時間で交代だ」


 一番年がいっている隊長であろう人物の号令でほかの兵士も立ち上がる。


「じゃあな勇者! もしピンチになったらちゃんと助けてくれよ!」


「おいおいそれが大人の言うことか……」


「守ります」


 正義は彼らに向かって呟いた。その一言は兵士にも届き、彼らは振り向く。


「ちゃんと、守ります」


 正義の言葉は兵士にどう受け止められたかはわからない。

 だが兵士は彼に頼るような、しかし子供の些細な言葉を見守るような笑顔を正義へ返し、基地を後にした。

 


 ***



 兵士を見送った正義に翔真が話しかける。


「お疲れェ、正義ィ」


「翔真」


「大人はいっつもこうだなァ。本当に自分勝手だァ」


 正義を囲う大人を見て苦言を呈す翔真。腰に腕をやり、正義にしか聞こえないような声量で呟く。


「でも、褒められるのはうれしかったな」


 正義、というか人間だれしも褒められることが嫌いな人間などいない。

 ……おそらく。


「正義は、あいつらの言葉は本当の気持ちだと思うかァ?」


 突然何も言い出したか、翔真は正義へ聞いた。


「……うん、そうだと思うけど」


 いつも強気な翔真らしくない言葉に正義は困惑しながらも返答。


「……そうだよなァ」


 何か考ているのか黙り込む翔真。真意を聞こうとした正義だが翔真が再び口を開く。


「そういえば配給を持ってきたんだったァ」


 翔真は手に持っていたポーチからアルミホイルで包まれた球体を取り出した。その物体は非常に大きく、野球ボールよりもでかいくらいだ。

 そしてそれを正義に差し出す。


「……なにこれ?」


 中身が分からないため正義は受け取るのを躊躇ってしまう。

 

「おにぎりだァ。しばらく何も食べてねえからなあァ」


 おにぎり、と聞いた瞬間に正義の腹が鳴る。

 確かに戦争が始まったのは午前0時、そして現在は現界の時間で言うと午前4時。

 もはや徹夜の域まで入っている。もちろん正義含め多くの隊員は直前に仮眠や眠らないようカフェインを摂取しているが、夕飯から何も食べていない正義は食べ物の単語を聞いてお腹がすいてしまったのだ。

 腹の虫に翔真も気づき、笑って言う。


「腹が減っては戦はできぬ、だァ。まあこっからオレたちが出撃するとは思えねえがなァ」


「そうだね」


 彼の手からおにぎりを手に取り、わずかに温かい巻いてあったアルミホイルを外す。

 外していった次の瞬間、モワッと湯気が立った。一粒一粒の米粒はまるで宝石のように輝き、正義の食い入るような目はおもちゃを前にした子供のようだ。いざ食おうとしたときに米そのものの豊潤で、鼻の()()()()()()()()という矛盾した言葉が浮かぶほどの香りが漂ってくる。


 パクリ


「……美味い」


 ふだんおかずと一緒に米を食う正義だが、このおにぎりの米は単体で美味、早く次の一口に行きたいような、されどもっとこの味をかみしめていたいように思える。

 いや、正義は後者を選択した。

 噛めば噛むほどおいしさが広がるのだ。昔学校の理科の実験で、米に含まれるアミラーゼが唾液によって甘い糖となるという実験をしたことがある。しかし当時の正義はたくさん噛んでも多少甘くなるものの、予想よりも甘くはならなかったため、テストで覚えておくこととして記憶していた。

 だが今はちがう。

 口の中に広がるこの甘さはお菓子などのものではなく、まさに上品な甘さ、と形容したい。一口二口と進めるが、一口にこんなに味わって食うのは初めてであった。さらに出来立てとしか思えないおにぎりの温かさは、戦場で戦っていたせいで止まっていた心と体の発電所が再稼働させ、正義全身を発熱させるように感じさせる。

 まるで太陽のように、こたつのように、誰かの抱擁のように、正義をぽかぽかと温めた。戦場という殺伐とした場所での唯一の良心に、正義は思わず涙をこぼしてしまう。

 自分は思ったよりも戦場で人の心を忘れていたのだろうと感じた。

 

「な、泣くぐらいおいしかったのかァ?」


 多少目を見張る翔真に正義は頷き、翔真のポーチからおにぎりをひとつ取り出して翔真の目の前にさしだす。


「そこまでとは思えねえけどなあァ」

 

 訝しみながらもアルミホイルを剥き、一口頬ばる。


「う、美味えェ……」


 口元をほくほくとしながら涙を流す翔真。正義と同じ感情を抱いたらしい。

 二人しておにぎりをはにかみながら泣く。


「何やってるんだお前たち……」


 呆れながら二人のもとに来たのは天城由良。並んでうずくまりながらおにぎりを食べる二人を見下ろしている。


「ぐすっ、由良、何しに来たァ?」


 鼻をすすりながら由良へ質問。しゃべり方はいつもの攻撃的なものだが泣いているせいでまったく怖くない。


「なにって、配給もらったんでしょ? 私もおなか減ったから」


 どうやら翔真が受け取ったおにぎりを受け取りに来たらしい。

 翔真は泣きながらおにぎりを彼女に与える。


「はあ、泣くとか大げさなんだから……」


 そう呟く由良は彼らを見下ろしたままアルミホイルを剥き、一口頬ばった。


「……うぅ」


 涙をぽろぽろとこぼす由良。

 いつもの仏教面はどこへやら、感動映画を見た後のように目をウルウルと輝かせている。突然女の子が涙を流したということもあり正義と翔真は少し気まずい。

 由良は俯いて呟く。


「……お兄ちゃん……うぅ……」


 いつもの低い声ではない、甘えるような、しかし今は縋るような彼女の声を正義が聞くのは二度目であった。

 正義はここでひとつの仮説を立てる。

 だが今それを聞くのは非常に無礼であり、自分の心に留めておくことに……



「うん、由良さんは兄のことが好きなのかい?」



 正義が内に秘めようとした言葉は、無残にも後ろから来た涼也によって彼女に伝わった。

 おそらくただの好奇心ゆえの質問だろう。涼也の言葉を聞いた彼女は大きく目を見開き、だんだんと頬を赤らめ始める。このあと起こりうる行動に正義と翔真は戦慄するが、涼也は彼女の後ろにいるため彼女の顔が見ることはない。


「うん、それどころかもしかしてブ……」


 最後まで言う前に由良は恥じらいながら振り向いて涼也の股間に蹴りを一撃。

 普段の飄々とした顔をしながらも額からは汗を流して涼也は転倒。もだえながら股間を抑える。

 修羅場を目の前で繰り広げられた正義は倒れる涼也へ合掌した。


 茶番のような光景を繰り広げている彼らにイナバから連絡。


『破暁隊の皆様聞こえるでしょうか? イナバでございます。ただいま作戦司令本部より警戒度の引き上げを確認しました。破暁隊のみなさまはこれより結界都市の巡回にあたって下さい』


 イナバの連絡により正義たちも動く。



 ***

 

 

 大日輪皇國軍名物、「泣くほどおいしい野戦食おにぎり」を体験したあと破暁隊は解散し、結界都市の警戒に当たる。

 

「暇だなあ……」


 都会を模したこの結界で正義は一人道路を歩いていた。兵士に守るといった手前だが、このあとはおそらくずっと待機のためあの時の自分を少し恥じる。

 

 この戦争で、果たして己の義務は果たせたのだろうか。

 

 この疑問だけが脳裏によぎっていた。

 しかしこの正解はおそらく誰にも教えてくれないだろう。

 自分で決めるしかない。

 

「いったんは、自分に丸をつけてもいいのかな……」


 そう本音を出してしまった瞬間、周りが暗くなる。

 再度が急に低くなったような感覚で正義は夜かと思ったがここは魔界のためそうではない。

 

 まるで世界が影に隠れたようだ。

 いや、そうに違いない。



 ふと空を見ればそこには……



 巨大な円盤が浮かんでいた。

第肆肆話を見てくださりありがとうございます!

サクッと終わらせましたが大日輪皇國軍への入軍方法が書かれていましたね。

親が大日輪皇國軍と密接にかかわっているのを除けば、一般人が大日輪皇國軍に入るには皇國軍隊員からの招待からしか方法はありません。

感想、レビュー、ブクマ、評価、待ってます!!

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