第肆弐話 『計画大破綻』
元サンメゴ王国首都。
三魔王が攻略した後は対門番の巨大山脈を挟んだ最前線基地として運用していた。
ここと門番の戦場を転送魔法陣でつなげているのだ。
中央の城は魔王や魔臣、魔将の司令塔であり、現在最上部、かつて魔王サンメゴの謁見の間として使われた部屋では三人の魔王と複数名の魔臣が作戦を立案している。
……いや、一応は作戦を立てている体にはなっているといったほうが正しいだろう。
その場の空気は、一言でいうならば地獄。
展開した十一個の転送魔法陣全てがたった2時間も経たずに破壊され、もう一つの経路、海からの侵攻も失敗したからだ。
………………
…………
……
約二時間前、魔王や魔臣、魔将が作戦を立てているととある一報が飛んでくる。
『報告! 門番が、奴らが攻めてきました!』
この報告だけでは魔王たちはあまり焦っていなかった。おそらく小競り合い程度だと思っていたからだ。しかし詳細を聞くうちにどんどんと冷静さを失う。
ゼノンが報告に聞き返す。
「……どこの基地にだ?」
『それが……全部です』
「なに?」
『ぜ、全部の基地に攻めてきたのです!』
予想外の言葉に切羽詰まってもう一度訪ねるゼノン。
「……っ! か、数は? 敵の数は?!」
鬼気迫る表情のゼノンに気圧される部下。
『およそ……3万』
「馬鹿な! 現在基地にいる魔王軍の数とほぼ同数……本格的な戦闘が始まっているではないか!」
そう叫んで動揺するゼノンの表情を部下の魔人たちは見たことがない。ゼノンの隣で思案を巡らしていたアルトランサが直ちに指示。
「と、とりあえず今は基地の防衛の準備が整っていません。簡易的な防御魔法しか張ってないでしょうから。まず……は迎撃です。魔人だけでなく、魔将も加えて」
「ああ、とりあえずはそれで行こう」
一応の司令は出し、すぐに転送魔法陣で兵を送ることにする。兵の編成、集合、その他もろもろをすませ、いざ援軍を送ろうとしたその時、また報告。
『だ、第一基地が、第一基地の転送魔法陣が破壊されましたぁ!』
まさに衝撃。
30分も経たずなんとひとつの基地が突破された。
どうしようかと策を練ろうと考え始め、各所へ連絡しようとする間にも報告は続く。
『第六基地の転送魔法陣破壊!』
『第四基地の転送魔法陣が!』
『第八戦線壊滅!』
あっという間にすべての戦線で敗北の報告が相次ぐ。
もはや挽回の余地すらなく、ただ現状を噛み締めるしかなかった。
そして……
『第五基地……壊滅……』
最後の通知が来たとき、ゼノンが椅子にもたれかかりながら声を漏らす。
「ぜ、全滅? 十一個の基地が……全滅⁈ 二時間も経たずにか?」
第五基地の魔臣テルミドからの連絡も来たが対策の方法がもうないため無視。今まで勝利しか体験してこなかった三魔王軍にとって初めての大敗北だった。
……
魔王軍や魔王も、門番が我々の攻撃に備えていたことは分かっていた。
しかし彼らが確認した限りでは兵は少数、決まった動きしかしない人間だけが防衛線の主力であった。こちら側からは独断で攻め入った数名の魔人が基地による攻撃で撃退されたものの、見る限りでは門番の兵装はそれだけ。
転送魔法陣でたくさんの兵を送り、陸と空から数の利で押し切ってしまえば絶対に勝つと魔王軍は確信。
門番ももしかしたら大したことはないだろうと、たかをくくってしまった。
最後の転送魔法陣の設置が完了した。いざ侵攻の本格的な準備に取り掛かろうとした——そのとき、門番の攻撃が始まった。魔王軍が『決まった動きしかしない人間』と決めつけていた式神兵も攻めてきた数は確認したときの数百倍。
まるでどこからか突然彼らが出現したように。
さらに、彼らは一人ひとりが遠距離攻撃を放てる。魔人にとって馴染みのない攻撃手段であり、肉体の強度が低い者は次々と倒れていった。
さらに動きが式神兵のそれとは違う兵士の活躍でさらに兵の数は減少。魔将も三人一組の小隊の一糸乱れぬ戦術になす術なく撃破。
転送魔法陣もこんなに早く攻撃が来るとは思わず、むしろ先に攻撃を仕掛けるのは自分たちだと思っていた魔王軍はこの奇襲に対処という対処ができず、すべての防衛線が敗北を喫した。
この戦い方はこの数十年間大日輪皇國軍が使ってきた戦略の基礎であり、対処法はいくらでもある。もちろん門番の戦い方を知っていれば何とかはなったかもしれない。大日輪皇國軍司令部の意表をつくくらいはできただろう。
しかし彼らは魔人。
敗北の分析なんぞしようとするわけがない。今の状況においてももっと知ればよかったなどという考えすらわかない。どんな武装か、どんな敗北だったかを語り継ぐことのできない魔人の弱点が大きく浮き彫りになった戦いだった。
机の上に置かれていた地図を無力な眼差して見つめる魔王や複数の魔将や魔臣。
バキッと迅蟲王ムシャマがその机をたたき割る。
「フザケルナ! ナンデコンナコトニナッテヤガル!」
虫の頭部にもかかわらず、怒りの感情が浮ぶ。
この数日間様々な作戦を立ててきた。もちろんあらゆる状況に対応できるように彼らは動いてきた。敵が攻めてきたとき、敵と拮抗したとき、その場合の次の動き方。
何十手先を予測した……はずだった。
しかし奇襲ののちたった二時間で壊滅なんぞ予測どころか意識できるはずはない。
お通夜のような空気の中、アルトランサが口を開く。
「まず、転送魔法陣での侵攻はもう不可能です。それは割り切りましょう」
ゼノンが返答。
「そうだな。ならばアレか?」
「ええ、本当は拮抗した状態で使いたかったのですが、仕方ありません。部下に用意させましょう。転送魔法陣で送る予定の魔人たちも連れていきます」
「わかった。全軍に伝達! 我々はこれから総進撃を行う! 勝利に慢心しているやつらに怒りの鉄槌をぶつけてやろうではないか!」
ゼノンの指示、そしてアルトランサが切り札を使うことを部下に魔法で伝達。
アルトランサの伝令に魔王軍はすぐ従う。
己の武器を持ち、郊外に置いてあるとある物体へ向かう。
魔王も出撃の準備を整える中、ゼノンの魔臣、シャーも鎧に着替え、武器庫に置いてある愛刀を持ち出そうと部屋を出る。
が、出る前に振り返って謁見の間の奥、玉座に座っていた一人の魔人の女性のもとへ歩み、玉座へと続く階の前で跪く。
人形やマネキンのように座っている女性の名はアキーラ・ナジャム。
『魅了』の魔法を得意とし、生まれながら『崇拝』の『才能型権利』を持つ魔王アルトランサの魔臣。彼女の言葉は魔人を惹きつけ、彼女の美貌は魔人の脳裏に深く刻まれる。魔人は本来野蛮な存在であるが彼女の魅力は彼らの野性を押さえつけ、神のように崇めるようになる。魔王の「権利」のひとつである「眷属化」は一度にうん万を超える魔人を眷属とすることはできない。
よって戦闘向きではない魔人を、彼女の洗脳ともいえる権利によって魔王により従わさせているのだ。
シャーは彼女の魅了にハマっているのではなく、純粋に彼女に仄かに好意を寄せている。
かつて彼女の護衛をしていたとき、皆の前の偶像としての彼女ではない、素の彼女にシャーは惹かれたのだ。決して護衛の期間は長くはなかったものの、好意が生まれるには十分な時間だった。
「このシャー、必ずやかの門番を倒し、碧空の楽園にて1000の頭蓋をもぎ取って、あなたに献上しましょう」
人間にとっては物騒に聞こえるが、これは魔人なりの覚悟。
アキーラは言葉を返す。
「わかりました。期待します」
他にも部下は同じ空間にいるため、偶像のアキーラのままの返事ではあるが、シャーはその言葉をしかと胸に刻み、謁見の間を後にした。
***
謁見の間の魔王や魔人は出撃し、その場にいるのはアキーラと数名の護衛のみ。
ようやく一息つけると思った矢先、謁見の間の扉が開く。
「よぉ~、迎えに来たぜぇ~」
突如入ってきたのは見るからに怪しげな風貌をした二人。
背は違うものの、どちらも鼻まで深くかぶれるようなフードと、巨大な白い装束を身にまとっている。その白い服には金色の紋様が縫っており、魔界特有の建築に見られる薄暗い素材でできたこの部屋にいる彼らは非常に目立っていた。
ラフな口調でアキーラへ魔界語で話しかけたのは二人のうち、長身の男。彼を警戒し敵意を向ける魔人にアキーラは静止の合図、刃を下ろさせる。
しかし部下は彼への警戒をやめない。
なぜなら目の前にいる男らはどう考えても同族ではないからだ。
「して、何用でしょうか? ストゥム様」
「ストゥ……まあいいや、迎えに来たんだよ、お前を!」
目の前にいるのは非戦闘員とはいえ魔臣。
そんな彼女に臆することも、はたまた「魅了」される雰囲気もなく、ずかずかと近づく。傲慢ともいえる態度でそのまま玉座の前の段差を上り、アキーラを見下ろした。
臆することなくアキーラはフードの男に問う。
「契約では、『我々が門番に負けたとき』のはずですが?」
「だから今じゃねえか。てめえらは負けたのさ」
ここでフードの男は驚愕の一言を口に出す。
「やつら、大日輪皇國軍に、ね」
第肆弐話を読んでくださりありがとうございます!
ストゥム、と呼ばれたものですが本名じゃありません。
魔界の人間に伝えた本名がなまってストゥムとなりました。
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