第肆壱話 『黒イ 嵐』
海戦のうち、大日輪皇國軍側のはるか後方、ひとつの戦艦で小さなケンカが起こっていた。
「戦闘艦長とはいえあんたが出るなんて作戦にはないでしょう! 船の中で待機していて下さい!」
そう叫ぶ長身でやせ細った、目の下にクマを持つ男性は今、甲板へ出る扉の前で一人の女性を羽交い絞めしていた。
男の名は有賀幸吉。
この海戦、記録上は「魔界海域海戦六一四号」と呼ばれている現在の戦闘で、大日輪皇國軍側の旗艦を務めているこの船の司令艦長を務めている男である。
しかしなぜこの男がブリッジではなく、こんな場所にいるかというと、
「離せ! ワタシも出る! あの戦場にワタシも行きたい!」
戦場の熱気に当てられ、暴走しているのは大和の戦闘艦長かつ海轟軍団の団長であるこの女、浦明日奈。
団長という立場である彼女はいわば皇國軍の切り札。そうそう前線に出ていいものではない。
「いい加減にしてください! あなたが前に出てしまえばほかの船も対応せざるを得ないことに! それにこの前演習の時独断で行ったら味方の砲撃音で鼓膜やって沈んだのを忘れたんですか!?」
有賀はまったく彼女を離さず、しかし身体能力は兵士である彼女の方が上。
じりじりと甲板へと引きずられていく。しかしもうすぐ有賀が要請した援軍が来る。
彼らが来ればもう明日奈戦闘艦長は止められると思ったその時、
「……有賀」
明日奈戦闘艦長が呟いた一言に有賀が激昂。
「おめぇ! その名前で呼ぶなっつーになんべん言やぁわかるんず! ぼけぇ!」
有賀は自分の苗字を間違えられるのが大嫌いだ。それもこのように地元の方言が出て上司にキレてしまうまで。しかしその怒りのせいで一瞬のスキが生まれ、明日奈はスルリと腕から抜け出して甲板へ猛ダッシュ。
デスクワークを主とする有賀が彼女に追いつくことはない。けれども諦めることはせず有賀も甲板の上を走る。
腕を振りながら慣れない動きで息を切らしつつも追いつこうとしたその時、
『有賀さん危なっ————』
艦橋で自分の代わりに指揮してくれる部下からの通信。
「なんだっ——」
その連絡に返事をする前にとなりの46cm砲を3門まとめた砲塔が砲撃。轟音が有賀の鼓膜を突き破る。至近距離で轟いた爆音によって、有賀は白目をむいて甲板に倒れた。
背後で有賀が倒れたことには気づかず、明日奈戦闘艦長は船の艦首の前に立ち飛び降りる。
「さあ行くわよ! 瀛飆闘装! 戦艦大和艦装!」
***
海戦、魔王軍の中のとある一隻の木甲板。
負傷した一人の魔人が船に引き上げられ、そこで治療を受けていた。魔法によりほのかな光が、老兵にも見える魔人の腕を包む。おそらく回復魔法だ。
「すまないな……」
「これが私の役目ですので。どうです? もう一度出撃出来ますか?」
「ああ、早く例の海域に到達せんと作戦が失敗してしまうからなあ。無理をしなければ」
「しかし門番どもめ……木製でありながらアルトランサ様の魔法により鉄レベルの強度まで上がっているこの船の装甲を破壊することができるとは。魔将たちも水上を駆けるやつらにやられてしまう。なんなのだやつらは!」
苦々しく顔をゆがめる魔人に老兵はより苦悩の顔を浮かべる。
「そんなことはまあ予想できたことだ。オレが魔将に行っても聞き入ってもらえんかったがな。だが真に恐れるべきは……」
老兵は息をのむ。彼の頬には一筋の汗。この海域にはどうやらトラウマがあるらしい。
そんな彼のいる甲板へ、魔人が中から飛び出す。
「おいみんな喜べ! 魔臣タザメエ様が着いたぞ!」
「なんと! かの魔王様とやり合い、相打ちぎりぎりまで持ち込んだというあの!」
「これで勝ったな! ガッハハ!」
信頼できる魔臣の到着に歓喜し、士気が上がる船内。
しかし老兵の気持ちは変わらない。ただ不安が体中を駆け巡る中、船の上で敵陣を観察していた一人の魔人が声を上げる。
「なんだ!? 何か来るぞ!」
「ん? 海上を走るやつの一人なんじゃないのか?」
「いや、武装もひと回り大きいし、黒い。一人でこっちにツッコんでくるぞ? そして速すぎる……普通の奴らの2倍……いや3倍の速度だ!」
その言葉を聞いた老兵は不安ではなく、恐怖が心を支配する。
「やつだ……」
目を見開き、呼吸は荒くなり、体が小刻みに震えだす。そばにいた魔人の服を掴んで叫ぶ。
「て、撤退してくれ! ここにいてはだめだ!」
「なぜだ? ダザメエ様が来たんだぞ? この戦いは勝ちだ」
「お、オレはかつて海賊の大船団の一員だった。しかし誤ってこの門番の領土に踏み入った時、奴は来た。奴はたった一人で大船団を壊滅させたのだ。あれは……『黒い嵐』だ!」
老兵の必死の言葉もほかの魔人にとっては戯言。
聞き入ってもらえるはずはなし。
次の瞬間船が大きく揺れ、海から姿を現したのは魔人というより怪人、いや怪獣か。
禍々しい灰色の肌をして、大きな三本の角をはやした巨大な魔臣が姿を現した。おそらくその両手で船を抱えることすらできるだろう。
そして実際に、
オオオオオオ!
雄たけびとともに魔臣ダザメエは船を両手で大きく持ち上げ、向かってくる一人の兵士へぶん投げる。もちろん船の上には魔人も乗っているが魔臣ダザメエはお構いなし。
しかし兵士は止まらず、投げ飛ばされた船にぶつかる直前、
爆音とともに船が木っ端みじんと化す。
瓦礫が空中に飛び散っている中魔臣へと突き進むのは瀛飆闘装を身にまとった浦明日奈軍団長。その手にもち、肩で支えているのは2.5メートルを超える鉄でできた巨大な剣。背後には3つの三連装砲が鳥の羽と鶏冠のように浮遊。圧倒的な速度で海上に白い線を描く彼女は恍惚とした笑みを浮かべる。
「でかいねえ、銛一本で鯨に挑んだときを思い出すわ。ま、あのときとは武装が違うけど」
明日奈団長のはるか前方には魔臣ダザメエ。再び彼女へ投げようと船を持ち上げる。
「鬱陶しいわねえ、これ以上砲弾を消費したくないし……あれやろう!」
そう決めた彼女は軍団長権限で全船に連絡。
『全隊員に告ぐ! 海が降りるわ!』
明日奈軍団長のその一言で、前線で戦闘を行っている船は大パニック。
すぐに攻撃を停止し、転身を図る。海上にいる瀛飆闘装をまとった兵もすぐさま彼女の領域から逃れるよう近くの船に引き上げてもらったり、後方へと出せる速度を出して撤退。札を燃やし、展界とつぶやいて結界内に逃げるものもいる。
大日輪皇國軍の突然の動きに魔王軍は唖然としてしまう。ただ明日奈軍団長だけが敵陣へとひた走っていた。
明日奈軍団長は大剣を両手で持ち直し、3つの三連装砲でダザメエめがけて砲撃。攻撃はダザメエにとっては予想外の威力だったらしく、痛みで動きを止め、衝撃でのけぞってしまう。
その隙に明日奈軍団長は手に持った大剣の刀身を海に浸し、言の葉を謡う。
『荒波創す風の神、海を動かす地の大神、大海巡る気の大神よ——』
波が動きを変える。
『海に介る八百万の神々よ、今この時、我、戦艦大和に従い給え』
波が大きく荒れ始める。
『敵は目前なり! 我らが威を示すはこの時ぞ!』
明日奈軍団長の剣を中心として波紋が生まれる。
『天を揺るがし、地を揺らし、いざ共に荒波を猛らせ、すべてを呑もうではないか!』
その波紋はさらに数を増やし、範囲は広く。
『いざ往なん——神威顕現!』
瞬間、凪ぐ。
一切の揺らぎなく、まるで風ひとつない湖のよう。
揺らぎのなさで、海面には逆さの明日奈軍団長がはっきりと写っている。海の静寂は水平線まで届く。ただ大剣の抜刀で生まれる波紋だけが海面を動かしていた。
明日奈軍団長は大剣を振りかぶる。傍目から見ればそのまま後ろに倒れてしまいそうだ。
敵艦隊に狙いを定め、大剣を振るう。
「海神一閃・静謐」
刀を振り終えた彼女の目には水平線が見えた。端から端まで、全て。
先ほどまで目の前には敵艦隊がいたというのに。
それはなぜか。
答えは簡単。
魔人も、魔将も、魔臣も、船もすべて斬ったから。彼女の斬撃が水平線まで届き、はるか後方にいた船まで上下真っ二つ。
しかし見えたのは一瞬。
ふたつに切れた船がどうなるかというというのは一目瞭然、崩壊。上半身と下半身がさよならしたダザメエ、そして全ての船が瓦解し、海に沈む。
ダザメエという魔王軍にとっての希望となるはずだった魔臣が一瞬にしてやられたことで魔王軍の魔人は心が折れ、退散。
こうして魔界海域海戦六一四号は大日輪皇國軍の圧勝に終わった。
第肆壱話を見てくださりありがとうございます!
ダザメエさん割とガチで明日奈さん以外相手にならないほど強いです。
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