第肆話 『超技術〈オーバーテクノロジー〉』
訓練を始めてから三日目。
朝正義が病院のベッドで目を覚ますと近藤から連絡が入っていた。
というのもスマホにではない。軍の情報の共有や連絡は指輪を通して行っているのだ。指輪の赤く光っている部分に触れると空中に画面が出現。慣れない手つきで画面を操作して、近藤からの連絡を確認する。
【今日は違うところに集合、エレベーターで9,5,4,8,2と押して閉じるボタンを2回押せばいけるよ】
いつものように軍服に着替え、病院のエレベーターで近藤から言われたとおりにする正義。
正義がエレベーターから出ると、そこは大きめの道場のような建物の内部。一人の女子がエレベーターの扉の前に立ち、建物の中央にいた近藤と話していた。
「今日はありがとうございました……あら」
彼女が近藤に頭を下げ、振り向いた時に正義と目が合った。眉毛まで伸びる切りそろえられた前髪に腰まで伸びた艶やかな黒真珠のごとき髪と目。大和撫子と形容してしまうような美しい顔。まさにお嬢様といった雰囲気であった。
「失礼しますわ」
その優雅で上品な笑顔に正義は少し頬を赤らめる。彼女は正義の横を通り過ぎエレベーターに乗った。
荷物を部屋の端に置き、正義は近藤に近づく。
「おはようございます」
「おはよう正義君」
「今の人って?」
「登尾燐、君と同じで僕の教え子さ。ちょっと癖が強い子だけど」
(あの感じで? いったいどんな娘なんだろう?)
疑問を頭に浮かべる正義をよそに、近藤は手を叩いて話を始める。
「さて! 昨日までは射撃練習だけだったけど、今日から本格的に戦闘訓練を始めよう」
戦闘訓練と聞いて正義は少し身構えてしまう。
「それは近藤さんと戦うってことですか?」
「いや、君が戦ってもらうのはこれだ」
そして近藤が懐から取り出したのは一枚の紙。紙の表面には墨で書かれた文字。
近藤がその紙を勢い良く振ると、その紙は突然燃焼。正義は一瞬たじろいでしまう。
だが近藤は熱がる様子もなくその紙を床に落とすと、炎は高さ2mぐらいまで燃え上がったと思えばすぐに消失。その中からはなんと軍服を着た人間が出現。しかし顔はのっぺらぼうで、黒い眼の形をした模様が大きく書かれている。微動だにしない姿はまるでロボットだ。
「説明しよう。これが、軍が作った超技術のひとつ、『式神』さ!」
じゃじゃーんと見せびらかすような口調とともに近藤は紙をもうひとつ取り出す。
「式神というものは1000年前のとある人物が開発した、札で召喚できる使い魔のようなもの。式神はいつでもだれでも召喚できるが、召喚したものの命令を遂行したり、式神の役目を終えてしまうと消える。より複雑、より強い式神ほど量産は難しく、手に入れるのは難しいんだぜ」
「これが式神……人そっくりですね」
「式神はいろんな種類がある。このように人型もあれば、生き物の形をした式神、機械のような式神。軍はこれらを使って労働力や戦力を補強している。人手不足の我が軍にとっての要と言ってもいい」
近藤は式神の肩に手を置いてもう片方の手で式神に指をさす。
「これが俺の訓練相手……」
「ほかにもあるよ。巨人型、異形型、動物型……三日間もあるのに対人戦の訓練だけじゃつまらないし経験も積めないだろ?」
懐から何枚も札を取り出し笑いながら正義にひらひらと見せつける。だが近藤の話を聞いてとある単語に正義はふとあることを疑問に思う。
「近藤さん、さっき巨人型とかも言ってましたよね? こんな道場みたいな空間でそんなもの呼び出せるんですか? 天井に穴とか開くんじゃ……」
近藤はまたニヤリと笑う。
「よくぞ聞いてくれました! 確かに今この巨人型の式神を召喚すればこの空間は壊れてしまう……ならば! この空間をもっと大きくすればいいのさ!」
ますます訳が分からなくなる正義。
「見せてあげるのが早いかな」
そう言いながら空中に手をかざすと、突如として半透明のディスプレイが現れた。
まるで映画のワンシーンのような光景に、正義は思わず目を見張る。
近藤が画面を操作すると、周囲の空間が歪み、道場の壁が遠ざかっていく。見上げると、天井も先ほどよりはるかに高くなっていた。
これはまさに……
「空間が広がった?」
困惑する正義に近藤が説明する。
「その通り。これが軍のもうひとつの超技術、これもまた1000年前に『結界師』の祖によって作られた技術『結界』さ。結界と聞けば陰陽師とかが手で印を結んでバリアのようなものを張るようなものだが、それは結界の副次的なものに過ぎない。結界は『世界を結ぶ』、囲われた空間をカスタマイズするのが真の使い方なのさ。ここでは空間の変化、景観の変化、オブジェクトの出現、気候の変化等いろんなことができる」
「便利なものですね」
「また、軍の結界は生活面などでも使われている。結界は正義君が射撃練習をしたり、戦闘訓練をしたような訓練用の結界だけでなく、多くの隊員がすむ住居用の結界、たくさんの店舗が並ぶショッピングモールのような結界、そしてサッカースタジアムがある結界まで作られてる。僕たち軍の隊員はだいたいこれらの施設を利用して生活しているんだ」
思った以上に便利なものだと正義は実感。
「じゃあ結界の中だけで暮らせるじゃないですか」
「そうだよ。もちろんそういった施設は正義が戦闘訓練した結界とは違い、個人が勝手に改良することはできないけどね。結界の総数は計十万。その桁数が下がるごとに結界の階級が上がり、その結界に入ることができる人は限られてくる」
説明を受けたのち、正義は少し不安な表情になって近藤に問う。
「訓練……って相手も銃弾とか使うんですか?」
「いや、相手が使うのは訓練用の玉だから傷つくことはないよ」
「……わかりました」
返事を聞くと近藤は改めて画面を触ると、周りが急に住宅街のような景色となり、目の前の式神兵が銃を構える。正義もまた、緊張しながらも銃を構えた。その場から離れた近藤が通信越しに合図。
「訓練開始だ」
***
その後三日間、正義はあらゆる戦闘訓練を行った。
荒野での射撃練習・式神を使った対人戦・住宅街での戦闘・都会での怪獣型式神との一騎打ち。どの結界も現実と見紛うほど精巧に作られていた。射撃練習の時はうまく集中して勇者の権利をうまく使えていたが、戦闘したまま銃に意識を向けるのは至難の業であったものの、近藤のアドバイスや正義自身の努力もあり、三日目の午後には式神とも互角に渡り合えるようになった。戦闘が終わり、式神が停止した後に近藤はその成果を正義に伝える。
「おめでとう正義君。この成果なら二日後の試験も大丈夫そうだね」
「あ、ありがとうございます!」
正義は自分の成長が感じられてうれしくなる。目に見えた自身の向上はやはり人にとって喜ばしいことなのだ。近藤もまた内心正義の成長の速度に感嘆。
(この三日間でここまで強くなるとは。彼自身の努力もあるがやはり勇者の2つ目のあの権利が作用しているのだろう……)
彼の成長に考察しつつも切り替え、正義にあることを提案する。
「正義君、君の戦闘力はある程度育った。明日休みにしてもいいが、どうだい? 実際に魔界へ行ってみるというのは?」
魔界という言葉を聞いて正義は少し興味を持った。
ここ一週間、一応入院中という体もあり、病院の外に出ることはできなかったからだ。ずっと訓練だったこともあり、新しい場所に行きたかったということもあるが。
数秒考えてその提案を承諾。
「はい、どうせ病室でやることもないので、行ってみたいです」
それを聞くと近藤はパンと手を鳴らす。
「よし! じゃあ今日は解散! 明日は迎えに行くから病室で待ってて」
「わかりました」
「明日朝九時には準備完了していること」
「はい、今日はありがとうございました」
正義は近藤に一礼すると、現界に戻るためエレベーターの中に入っていった。
***
次の日、朝九時に正義は近藤と合流したのち、エレベーターで病院の一階へと降りる。近藤はそのまま病院から出て、前に止まっていたタクシーの前席に乗車。続いて正義も後ろの席に乗った。
病院からタクシーで二十分後、タクシーが停止。正義は車から降りて目の前の数十階建ての高層ビルを見上げると、三階付近の窓には大きく企業のロゴが写っていた。
山ン本カンパニー。
この国で一番大きい企業と言われる会社が軍と関係を持っていたことに正義は改めて軍の組織力を実感。運賃を払った近藤もタクシーから降りる。
「さて、行こうか。魔界へ」
「はい」
正義のその返事には、新しい世界への興味が現れていた。
第肆話を読んでくださりありがとうございます!
「結界」、我ながら非常に使い勝手のいい設定を作ったなと思います。
メインストーリーにも絡めますし、小話にももってこい、二次創作にも便利!
「○○しないと出れない結界」みたいなのが作れたりしますね!
感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!