第参参話 『破魔師団』
正義が転送魔法陣を破壊した後の魔人は見るも無残に散っていった。援軍も見込めず、どんどんと優勢になっていく大日輪皇國軍の軍勢に絶望し、立ち向かうものもいるもののやはり魔人のほとんどは逃げていく。隊員が彼らを追撃していく中、正義たち転送魔法陣破壊組は基地へと帰還していた。
正義ら五人は近藤のいる作戦本部へと訪れる。
「晴宮正義以下四名! 任務より帰還しました!」
「おかえり」
敬礼を返してくれた近藤と数名の隊員。
「君たちのおかげでこの戦線での勝利は確実なものとなった。本当にお疲れ様。ゆっくり休むといい」
一通りの挨拶や戦闘後の確認が終わった後で仄が近藤に質問。
「それで? 俺様たちの戦線は何番目に勝ったんだ?」
「う~ん、何番目に勝ったんだ?」
そう聞かれた近藤は後ろにいた隊員の一人にまた尋ねる。
「転送魔法陣の破壊までの時間は10戦線中7番目に早いですね」
「ちっ! だいぶ遅いじゃねえか」
「しかたないよ。俺たちは初めての戦争なんだ。勝っただけで十分じゃない?」
「でもほかの戦線の部隊より『上』だって決着できるんなら決着したかったぜ」
「うん、それはわがままというやつだね」
「だまれ」
「え?」
「しっかし疲れたぜェ、指示だけなのに走り回ったからなァ」
「ワタクシはぜんぜんですわ。追撃に行ってもよかったのですが……」
「それはお前がおかしィ」
そんなやり取りで落ち着いた五人に改めて近藤が称賛する。手をたたいて注意を向けた後、彼らに伝えた。
「とりあえず君たちの戦線での仕事は終わった。警戒のためこの後結界都市に移動するが時間があるけど、どうする?」
「えっと、他の戦線の様子って見れます?」
そう質問したのは正義。
現在正義はたぎっていた。命を懸けて戦い、勝ち、任務を達成した数刻前から体が落ち着かない。だからこそ戦闘に関する何か情報に触れたかったのだ。
「う~ん、見られるのは戦闘の続く第七戦線と第三戦線かな。第五戦線は大本命の戦線かつ第四軍団が担当してるから記録も取ってるかわかんないし」
後ろのオペレーターの一人が振り向いた。
「他戦線の映像なら見せることは可能ですよ。この戦線も落ち着いたことですし、一画面だけ使いましょう」
そう提案してくれるオペレーターに近藤は感謝を述べ、正義もそれに続く。
正義の近くにあった、他と比べて少し小さめの画面に映っていたのは………………
***
第三戦線・第七戦線での戦闘はほかの戦線とは違い、魔人の数が圧倒的に多いことが事前の偵察などにより判明。そこで軍は個の技術で魔将を撃滅する特撃師団だけでなく、連隊によって戦術を駆使して敵を攻撃する師団、『破魔師団』をこの2つの戦線に送ったのだ。
第三戦線。
ここには破魔師団四連隊のうち、第一連隊と第二連隊が両翼を担って出撃していた。第一連隊、彼らと交戦していた魔人たちは誰よりも恐ろしい体験を感じていたことだろう。確かに戦術を駆使して戦っては来るが問題はそこではない。
彼らが恐ろしいといえるまでの殺意をもって向かってくるのだ。謎の吶喊を上げながら。
「カレンさまのためにいぃ!」
「カレンさまばんざあああい!」
「きええああああくあああるえええ!」
銃剣片手に猿叫とともに突っ込んでくる第一連隊は幾多の戦場で戦った魔人にとってあまりの未知の存在すぎた。
決死の覚悟で向かってくるもの、理性を捨てて戦うもの。彼らも魔王軍の一員として戦ってきた中でそういった魔人は一度か二度あったことはある。
だが今回は違う。
まるで何かに操られたような、心酔しているような兵士は一人二人ではなく、向かってくるすべての兵士がそうなのだ。狂戦士たちの猛攻で魔人たちは恐怖で戸惑っている間にやられていった。銃剣に突き刺され、弾丸で倒れていく。
波は止まらない。
そんな狂戦士たちを背後で鼓舞する者が一人。
駐屯基地の屋上にまるでコンサートのステージのようなセットの上に立ち、ビームライトやスポットライトをこれでもかというほど光らせたところに彼女は立っていた。アニメかと思うほど大きな目、見る者を釘付けにするその美貌とスタイル。男女もろとも圧倒する笑顔。
なにより厳格というよりも華やかさと可愛さを含んだ軍服を着こんだ彼女はマイクをもって基地に何十と備え付けられたスピーカーから戦場に明るい声を響かせる。
『みんなー! 勝利までもう少し! 一気呵成! いってみよー☆!』
彼女の激励にまるでこだまするように、戦場が叫声で振動する。
とともにさらに勢いが増した。魔人のやられる速度も加速、まともに戦うことができずにやられていくのがほとんど。魔法を発動させようとするものもいるが連隊の覇気に押され恐怖で使うこともできない。
もちろん魔人もやられていくばかりではない。
とある魔人の放った光線が兵士の左腕を吹き飛ばした。その兵士は痛みで顔をゆがめるが止まらない。彼女に尽くすため、彼女に勝利を貢ぐため。
「カレンさまあああ!」
右腕の銃剣を構えなおして引き金を引く。
弾丸は魔人の頭を貫いた。だが左腕の損傷は大きく、狂戦士とはなっても理性はあり、現在戦闘継続は不可能と判断。懐から正義たちももらった緊急脱出札を取り出す。
「展界……」
札は燃え、炎は負傷した隊員を包む。大きく燃えた後、そこに隊員の姿はなく、ただ火の粉だけが散っていた。負傷した彼を一瞥することもなくほかの隊員は進む。
全てを飲み込む大波のようにこの一帯の魔人は殲滅。
勝利の報告を受け、基地の屋上で鼓吹していた女性は改めてマイク越しに勝利を貢いでくれた連隊の隊員に感謝を伝えた。
「みんなー! ありがとー! 大好きだよー☆!」
『おおおおおお!』
弾けるような笑顔と聞く者を震わせる声を聴いて連隊の全員が雄たけびを上げる。その勝利の咆吼を聞いて彼女も喜ぶ。自分を見てくれる隊員に手を振って勝利を分かち合うのだ。
彼女は大日輪皇國軍第二軍団破魔師団第一連隊隊長、宇宙峰カレン。
彼女は『軍人』そして、
『アイドル』を兼業した軍人である。
***
カレン率いる第一連隊が担当していたのは第三戦線の左翼。一方右翼は非常に堅実かつ、ゆっくりと魔人に向かって攻め込んでいた。式神兵を突っ込ませ、魔人がそれに気を取られたうちに歩兵が魔人を撃破。後方に位置した砲兵も榴弾や砲弾だけでなく、煙幕弾や照明弾など、魔法使いが魔法の発動に集中できないような措置もとる。
計画されたように、まるで台本にそうように、兵士が戦う。
左翼から咆哮が右翼まで響き渡った。
カレン率いる第一連隊が勝利を勝ち取ったゆえの雄たけび。そこから連隊の動きがほんの少しだけ変わった。
焦り。
ただそれだけの感情が第二連隊に変化を与える。追い打ちをかけるように後方にいた魔人側の数名がなんと魔法を起動させ魔人を召喚、援軍を呼んだのだ。
それも百体ほど。
報告を受けた連隊は焦りも相まって動きが鈍くなってしまう。ささいなことであるがこれがもっと深刻化すれば勝敗にも影響があるだろう。
そう、男は考えた。
カレンと同様、基地の屋上で折り畳み式の椅子に座り、サングラスとベレー帽を装着した中年の男は顎に手をあて隣に立っていた兵士に言う。
「ちょっとみんな動き硬くなったね。初陣の子もいるからかな?」
「さあ、しかしその可能性もあるでしょうね。第一連隊の覇気に押されて自信を無くした隊員もいるかもしれません」
「仕方ない。檄でも飛ばすか」
そう言って男は手に持ったカチンコを構えて言い放つ。
『戦闘一時中止』
カン!
音が鳴ったと同時に第二連隊の幾十人の大隊長が別空間に飛ばされた。いや、先ほどまで軍服を着ていた彼らの服はまるでスタッフのような軽装へと変化している。壁や天井は薄暗い色の素材ではあるものの、所々に設置された巨大な照明がその空間すべてを照らし、カメラやグリーンバックなどの機材と床に這うようにおいてあるケーブルはまるで撮影現場。
空間に転移された兵士は目の前でディレクターズチェアに座っている『連隊長』に体を向け、話を聞く準備を整える。
男はメガホンをバンバンと叩いて叫ぶ。
「まあ、分かるよ? 焦る気持ちも! けどな、今回のこの作戦のコンセプトってのは『地道・着実』だ! バタバタしてもダメダメ! 俺たちには俺たちの進軍速度ってもんがあるんだ。お分かり? いいか、全体のリズムを乱すなよ!」
いちいちに動作をまじながら話す監督は手にしたメガホンを今度は片手でクルクルと回しながら、ニヤリと笑った。
「式神兵送るからよ、安心しろ。お前たちの仕事はひとつだ、現場で全力出して、最高の勝利を掴んでこい! 俺が全部ケツ持つからよ! 分かったな!」
彼の声が現場に響き渡り、スタッフ全員の視線を一瞬にして集めた。
「俺たちの進軍を始めるぞ!」
『はい!』
自らの焦燥を言い当てられたことと、この空間で頭を整理できたことで冷静となった大隊長たちは大きく返事。連隊長のクセはあるものの、自分たちへ発破をかける連隊長の言葉で気持ちはリセットされた。
もう一度連隊長はカチンコを構えて大隊長に伝達。
「作戦はそのまま! 部下にも落ち着くよう伝えろ! 以上!」
カチンコを鳴らす。
『戦闘再開!』
大隊長たちの意識は戦場に帰還。そこからの第二連隊は平常心を取り戻し、作戦通りに侵攻。ついにいくつかの大隊が戦線を突破、勝利は確実なものとなる。
その報告を聞いてベレー帽の男は満足そうにメガホンで手を叩いた。
男の名前は城澤誠也。
大日輪皇國軍第二軍団破魔師団第二連隊隊長。
『軍人』そして、『映画監督』を兼業した男。
***
一方第七戦線左翼。
第三戦線のような狂戦士はいないが、いざこの戦場をよく俯瞰してみると気づく者もいるだろう。
バンバンドンドンドドドンバン。
よく聞けばリズムよく銃撃が、大砲の砲撃音が音を広がらせる。
爆弾の爆発音、砲弾の着弾音、戦場を駆ける足音。そのひとつひとつが楽器の如く音を奏で、すべてがまるで1つの曲のように戦場が鳴り響いた。
他の連隊のように、作戦本部兼防衛基地の屋上でチリチリ髪が無造作に広げている男は軍服の上に蝶ネクタイとタキシードという異質な服装。なによりその男が手に持ち、振っていたのはなんと指揮棒。全身を大きく揺らしながら戦場を奏でていた。
しかしある瞬間動きを緩める。
目を開き、戦場のある一点を凝視。
「誰がリタルダンドをやれと言った?」
再び指揮棒を振るが先ほどとは違う、ハキハキとした動き。
あらかた指揮棒を振ったのち、凝視したところへ指揮棒の先を向ける。
「ヴィヴァーチェ」
…………
……
〈ヴィヴァーチェ〉
その指揮棒を向けられた先で戦闘を行っていた第十二大隊の隊長の頭にも、同じ言葉が浮かんだ。
決して偶然ではない。それが男の『権利』なのだから。言われた指示に対し隊長は苦い顔をする。
「『加速しろ』か。体感では作戦通りにやってたと思ったんだがなあ」
けだるそうにつぶやいた後、自ら率いる隊員に大声で伝達。
「連隊長からのお達しだ! 総員進軍!」
『おお!』
こうして第十二大隊は加速。敵軍を撃破していく。
作戦は修正された。
それを確認した連隊長は再び指揮棒を構えなおす。心に響く演奏に満足した顔で大きく手を広げて戦場のすべてに響き渡るよう叫ぶ。
「さあ! フィナーレと行こう!」
男の名は羽場良一。
大日輪皇國軍第二軍団破魔師団第三連隊隊長。
『軍人』、そして『指揮者』を兼業する者。
***
第七戦線右翼。
その戦線で戦う兵士はほかの三連隊とは違う。全体が設定されたかのように寸分の狂いなく動く。発砲音は一秒のずれなく発せられ、砲弾もコピーペーストしたかのように空中で並行の軌道を取る。第二連隊や第三連隊のような隊員によるミスや修正も起きず、戦場を着々と支配していた。
彼も他の連隊長と同じように基地の屋上で戦場を遠望。手に持ったタブレットで自らの作戦が完遂されるのを監視している。
だがほかの隊よりも数倍練習している彼の連隊はまるで機械の如く。
「いいね。訓練の成果が出てるね」
眼鏡をクイっとかけなおす彼の名は民世勇作。
大日輪皇國軍第二軍団破魔師団第四連隊隊長。
『軍人』そして『経営者』を兼業する彼のもっとも好むことは自らの立てた作戦通りに部下が動くこと。
野心家のような笑みを浮かべることからもわかるだろう。
逆に嫌いなことは、予想外の出来事。
部下の一人から連絡が届く。
『大変です! 魔人の、おそらく召喚魔法と思われますがそれで魔将が出現しました!』
勇作は動じない。
「大丈夫。その状況はすでに想定されているのさ」
タブレットの画面をタップして部下に作戦の変更を伝達。想定外を想定し、敵の作戦を看破する、それも彼の喜び。だがたった1つ想定外というならば、それは味方が想定外の動きをすることだろう。
再びオペレーター室から通信。
『申し上げます! 待機していた機甲師団団長が戦車を持ち出して勝手に出撃してしまいましたあ!』
眉間にしわを寄せ、勇作は呟く。
「……最悪」
第参参話を見てくださりありがとうございます!
ほかの職業ものとは違うんだぜ?!と主張する回となっております。
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