第参弐話 『圧勝』
正義と涼也が魔将と戦っていた時に、すでにいくつかの戦線では決着がついていた。
転送魔法陣を破壊するところ。戦線に魔人を一匹残らず殲滅したところ。
その数、なんと七。
***
第六戦線。
ここは最も早く戦闘が終わった戦線であった。すでにその地上には魔人はおらず、後処理専門の師団が出向いている。
この戦線も『移動用祠』で転送魔法陣を破壊する隊員を送ったのだが、その数は何とたった一人。
数刻前、転送魔法陣基地の魔人や魔将は祠から出てきた一人の老兵に一切の抵抗らしい抵抗をさせてもらえずに次々と殺されていた。正義が出現させたデコイ用の式神もいないため、彼に魔人たちによる魔法などの攻撃が飛んでくるもののそれを意に介さず基地へと突っ込んで、しかしだれにも止められずに。
「はっはあ! 久しい戦場! 血沸いた血沸いた! 血沸きすぎて噴湯するかと思うたわい!」
満足しながら転送魔法陣の核を斬ったのは『征夷大将軍』、坂ノ上一心。魔王に対処するための待機ではあるものの、戦場の熱気にあてられた彼は任務を幽玄廷隊長としての権利を行使して自らを転送魔法陣の破壊の任に就かせたのだ。
坂ノ上一心のはるか背後から四足歩行で彼へと走る影が1つ。
一心が振り向くと下半身は漆黒の毛並みの馬だが上半身は人間、まさにケンタウロス型の魔将。その高さは足の先から頭のてっぺんまで4mはある大きさ。そして魔将の後ろに走る十数名の魔人たち。
多勢に無勢のはずなのだが一心は全く動じる様子はなし。
「ふむ! すでに貴様らは負けたのだがまだ立ち向かうか。その意気やよし。だがもうすでにここは……」
一心は刀を構える。
「儂の領域となっているのだよ」
一心は魔将ではなく、地上を一閃。
「割」
そう一心が呟いた瞬間、彼へと走っていた魔将と魔人がまるでサイコロステーキのように切り刻まれる。防ごうとする間もなく、刀が入ったという感触も感じることができず、彼らは死んだ。
血しぶきと、かつて生きていたはずの肉が地上に残る。
「これにて終幕。じゃな」
戦闘開始より一心の魔法陣破壊まで
わずか29分45秒。
***
第一戦線。
この戦線で転送魔法陣の破壊を担当したのは十偉将が一人、職業『猟師』、地穂音勝昭。
体全体を覆うマントが特徴的な男である。そしてサポートとして来てくれた特撃師団数名と使札兵。
移動用祠で基地の近くに落下したが不思議なことに転送魔法陣基地からの攻撃が来ない。背後からの魔人の攻撃は来るものの、それにしては基地側からの攻撃がないのだ。
(なぜだ? 誰もいないとでもいうのか?)
そう思いながら基地へと疾走する。
………………
…………
……
「こ、これは?!」
基地の防御魔法に穴を開け、中に入るとそこに広がっていたのは死体の海。
たっている者はおらず、そこにいるものすべて首と胴が離れていたのだ。彼らの表情は絶望や苦悶の顔。
おそらく誰かが彼らを一方的に蹂躙したのだろう。
「勝昭隊員。今確認してきましたが、転送魔法陣の核である結晶も割られていました。バッサリと剣で斬られたようです」
その報告を聞いた勝昭は足元にある魔人の死体の切断面を確認して気づく。
「この傷……まさか」
「なにかしってるの……ですか?勝昭隊員」
「ああ。この一周回ってきれいとも思えてしまう切断面、間違いない。この惨状を引き起こしたのは隊長だ」
「隊長……というとつまり……」
「ああ。十偉将隊長『絶死剣』神山琴音。彼女の仕業だな」
「出撃前に見つからなかったと嘆いていたが、まさかこんなところにいらしたとは」
「いや、こんなところにいやがった……」
勝昭は手に持っていた猟銃型の武器を捨てて空に向かって叫んだ。
「てめえを探した俺の時間を返せクソアマー!」
だが基地の破壊は破壊のためあらかたストレスを吐いた後に作戦本部へ連絡。
任務達成まで31分23秒。
***
第四戦線の敵軍基地に送られたのは三人。
祠で送られた彼女たちに正義たちと同じく背後からの魔人の群の追撃や魔将もあったがそれに苦戦することなく彼女たちは結晶を破壊。
この間35分05秒。
現在は基地の魔人を掃討している状況。その三人の一人、日帝人には似つかわしくない腰まで届く銀髪と碧眼の美しい女性。会議にて近藤の隣にいた信濃雪である。
「まったく、名誉ある仕事を賜ったというのに……少し拍子抜けですね」
そうつぶやきながら複数の魔人を同時に叩き潰す信濃。
この文を見れば物騒かとは思うが実際に叩き潰しているのは彼女の後ろに佇む謎の巨人。高さは10メートル以上。下半身はスカートのような服が地面で引きずっているせいでわからない。だが黒子のような服を覆った上半身は山のように荘厳で腕は材木のように太く、その腕からたたきつけられた魔人はまさに跡形もなく潰されるのは必然。
誰かがこれを見てその全員が感じるのはこの巨人が生物ではないということ。
あまりに無機質。
そして関節を動かしたときに聞こえるカタカタという音。その巨人はまるで守護霊のように信濃の後ろについて回った。
「こっちも……終わった」
「殲滅かんりょー! さっさと帰ろ? 雪!」
雪と合流した二人は、一人は胸元まで髪を伸ばしている低い位置で髪を結んだ、朗らかな表情のローツインテールの少女。
もう一人は肩ほどまで髪を伸ばしたショートヘアのおとなしめな少女。
一番の特徴は雪と同じ銀髪と碧眼の少女だということだろう。髪の長さは違うものの顔のパーツはほとんど同じと言っていい。
「揃いましたか。月、花。帰還しましょう」
「うん……そうしよう」
「もー! 三人の時ぐらいいつもどうりでいいじゃん!私たちは三つ子なんだから!」
元気いっぱいなツインテールの少女を雪は諭す。
「今は任務中ですよ、月。集中です」
「はいはーい」
そう。
彼女たちは三つ子かつ一人一人が『十偉将』として選ばれた少女たちなのだ。
信濃雪、信濃月、信濃花。
そういった彼女たちにも目を引くものはある。
ローツインテールの少女、月はなぜか二メートルはあるであろう人間を肩に抱えていた。生気はまるでなく、手足をブランとさせており、雪の背後の巨人同様生物と感じられない。
ショートヘアの花は二人とは違い刀を持たせた木製の腕を2つ抱えている。
三人手が届くぐらいの範囲まで近づくと雪が一枚の札を懐から出した。
「展界」
すると札から炎が上がり、それは三人を包む。炎が消えると彼女たちの姿はなく、ただ火の粉だけがそこに舞っていた。
***
第八戦線。
戦闘開始より42分12秒、転送魔法陣の破壊が報告される。戦闘が終了した後、作戦本部で二人の軍人が会話していた。
「ただいま! いま帰ったぜえ!」
フランクな口調で作戦室へと入るのは身長2メートル超えの大男。服の上からでもわかるガタイのいい体。だが目を引くのは彼の服装がほかの軍人のような軍服とは違い、和服を着ているのだ。それに彼のうしろ髪は長く、またワックスで固めているのかと思うほど地面と平行に伸びている。
帰還の掛け声に反応したのは作戦本部を見渡せる位置に立っていた女性。
「あら、えらく楽しんではったみたいやねえ。沼羅はん」
京都風の言葉で返す女性もまた一般人とは違うことが容貌からわかる。周りのオペレーターらが軍服を着ているのに対し、彼女は反物を羽織っているのだ。そして頭からは獣のような耳が生え、臀部からは9本の綿雪のような尾をはやしている。
「ああ、楽しませてもらったよ、九尾。切り込み隊長だった八坂夜貴がいなくなって初めての出陣だ。その代わりとなって初めての出撃だぜ? わくわくとドキドキさ」
「……」
皮肉のつもりが沼羅らしい返しをされて呆れる表情を手に持った扇で顔を隠す九尾。
「にしてもつかれたぜ。さっさと八坂家当主を決めて俺の負担を軽くしてくれよな」
「だいぶ荒れとるみたいやで。遺書もない、『鍵』も渡さないまま夜貴はん死んでもうたから」
「山ン本さんは?」
「傍観。たぶん楽しんではる」
「さっすが、混沌が大好物のことはあるか。あ、後継ぎで思い出したが俺の息子が『摩利支天祭』に出るって言ってなあ。いやはや沼羅家の将来は明るいねえ」
「ふ~ん。恥をかかないように気いつけなはれ」
そんな戦争中だとは思えないほど場違いかつ、周りの軍人のことを考えない会話をしているのは第七軍団の師団長かつ、妖魔四大貴族当主の二人。
沼羅久雄。
九尾愛羅。
人間よりも魔人の方の性質に近い彼ら妖怪の親玉のような存在である二人に、もはや空気を読むという概念はないのだ。
***
第二戦線。
魔人側の基地に攻めたのは四人の軍人。彼らにもまた基地への直接攻撃を防がんと一匹の魔将がその四人に向かい、四人のうちの一人が魔将と交戦した。
だがその戦闘は一方的。
牛の頭をしたミノタウロスのような魔将は必死に彼に攻撃するもあたらない。それどころか攻撃の合間合間にナイフを関節に、鳩尾に、体のあらゆるところに刺してくるのだ。
もうすでに20本目が体の中心に突き刺された。魔将は苦悶の表情を浮かべ、関節に刺さったナイフのせいで動きも封じられている。
だが死なない。
湧き出る殺意がこもった睨みを彼にぶつけていた。
「おいおい、血すら出ねえじゃねえか。さすが魔将だなあ」
しかし、雰囲気は40代だとわかるがやせ型、狼の如く鋭い目つきの男は魔将の生命力の高さに驚きつつも動じはしない。なぜならすでに男は勝ちを確信しているからだ。
魔将に刺さったナイフ、その柄の先にある輪っか。そしてその輪っかから彼の左手の指までのびる糸。
「まっ! 刺して無理なら内部からぶっ壊してやるだけだ」
ミノタウロス型魔将の右腕による叩きつけ攻撃を避けたのち、左手を思い切り引く。
柄のピンが抜けたと同時に爆発。
ナイフが刺されたところが爆発し、彼の言った通り内部からの攻撃により魔将は玉砕。
足元に落ちた肉片を見下ろす。
「ふう、よかったぜ。爆刃だけでなんとかなった」
戦闘は終了したが、男はすぐに切り替えて転送魔法陣へと向かう部下の背中を見つめる。その背中は男にとある人物を思い出させた。
「そうか、あいつもこの戦争に参加してるんだったなあ」
男ははるか遠くを見つめて、戦闘中らしからぬ心配と期待が混ざった表情となって呟く。
「うまくやってるかな。『彗』の野郎」
そう言った後、敵陣の基地へと疾走。
男の名は烏丸蓮司。『特撃の爆刃使い』と呼ばれ、特撃師団副団長という立場かつ破暁隊氷室彗の師匠である。
蓮司の活躍により魔法陣の破壊もスムーズに進み、そのまま達成。
戦闘開始より、50分34秒。
***
第十戦線。
一人の女性により敵基地は壊滅、転送魔法陣の核も持っていた拳銃により粉々に砕かれた。その基地の全体を俯瞰してみるものは誰しも違和感を持つだろう。なぜならばその基地、そしてその周囲が大きな水たまりのようになっているからだ。一見水たまりではあるが地面は見えず、まるで大海のように青い水面が広がっている。
だが青だけではない。殺された魔人の死体がなん十体とぷかぷか浮かび、そこから血が水面に滲む。
核を破壊した彼女は外へ出ると数名の魔人が基地内にいくつか存在する建築物の上で彼女を見下ろしていた。
「まだいたの? めんどくさ……」
足元ほどまで伸びたポニーテールの彼女は首をこきりとならして右手で印を結ぶ。顔の前で人差し指と中指をぴんと伸ばす。
「出てこい剥礒鰐。奴らを喰らえ」
その瞬間、基地の地面を覆っていた水面からナニカが飛び出した。魔人たちはそのナニカの正体を判別する前にそのナニカによって殺される。あるものは上半身を消し飛ばされ、あるものはぶつかった衝撃で水面に落とされ、そして水の中に引きずられた。
まるで海に沈むようにだ。
その数秒後、彼女以外に立っている者はおらず、水面は赤と青のみがおぞましく支配していた。
「はあ……やっぱり雑魚とヤっても式神だけで終わっちゃって満足感たんないわね。やっぱり戦うなら……」
舌をぺろりと唇を舐めてサジェスティックな笑みを浮かべて呟く。
「翔真しかないわねえ。はあ、破暁隊なんかに行っちゃって……なんでだろ? 戦争前にもわたしに会いに来なかったし」
純粋な気持ちで考えながら自陣の基地へと帰る。自分こそが絶対の彼女にとって人の心を、とくに年下の男の考えを察することは難しいのだろう。
彼女は第六軍団使獣師団の団長高菱綺羅。
幽玄廷が一人、『一進撃滅』古良武を師事している翔真の姉弟子。殲滅を得意とする彼女が魔人とはいえ雑兵相手に負けるはずもなく。
戦闘終了まで、55分03分。
第参弐話を読んでくださりありがとうございます!
しばらく「俺TUEEE」ならぬ「軍TUEEE」展開です
お楽しみに!
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