第弐玖話 『戦場ヲ 穿ツ』
正義が蟲型の魔人と接敵する数刻前。
転送魔法陣破壊組の唐突な作戦変更で第九戦線作戦本部もあわただしくなっていた。
「援護用の式神を用意しろ!」
「いま伝えてます! 補給用の大砲の番号は!?」
「地上での蔵王隊員らとの挟撃も計画より数を増やせ! 使札兵に伝達だ!」
予想外のことが起きてもここ数十年で一番の規模の戦い。イレギュラーが起きないわけがないと事前に学んでいるはず。だからこそあわただしく叫んではいるものの、第九戦線の最前線で戦う兵士をサポートせんと、彼らはオペレーターとして冷静に戦っているのだ。
そんな中、第九戦線の戦線指揮官も担当している近藤は非常に危機感を持っていた。
制空権を確保し、他にもいくつかの指令を下して戦場も優勢になってきてはいるが未だに安心感が来ない。いくつもの戦場を経験した彼の直感が、まだ油断するなと呟く。
(数が多いな。三魔王の軍が故の数か……いやにしても多すぎる。もしかしたら……)
思考を続ける近藤に一人のオペレーターが報告する。
「緊急連絡! 特撃師団第四分隊が交戦しようとした魔将のうちの一人が転送魔法陣基地の方に飛翔しました!」
魔将が基地に帰ったのか、逃げたのか、いやそんなはずはない。
その魔将の目的はただ一つ。近藤はオペレーターに指示する。
「その魔将の目的は転送魔法陣破壊組……いや! 晴宮隊員に違いない」
オペレーター室に動揺が走る。
魔将すら、個としての勝利を捨てて軍の勝利を選ぶ判断をしたことに近藤すら少し驚いてしまう。
まさに想定外。
だが感情は二の次、問題はどう対処するか。
(烈攻師団は補給のため帰投しなければならない、担当する予定の第四分隊が戻っても一人しか送れないから時間がかかりすぎるなあ……)
いざとなれば自分が行こうか、と思い始めたその時、オペレーター室の入り口に青年が立つ。
「うん! 正義君の危機なんだろ? 近藤さん!」
たっていたのは涼也。
肩を上下に揺らしているのは走ってきたからなのだろう。
「いや、なんでそのことを……」
オペレーター室の状況は涼也がいる場所では把握できないはず。なのに目の前の青年がいることが不思議でならない近藤。
「細かいことは気にしないでください。近藤さん。正義君がピンチ、そして諸々の事情で決断できないでいる……なら僕を使ってください! 祠がもう一個あるはずです!」
「……わかった。じゃあ頼んだぞ」
近藤の決断は早かった。
なぜ正義の危険を察知したのかはこの際問い詰める時間すらもったいなく、この段階で一番の最適解を出すなら彼を選ぶしかなかったのだから。
「これより樫野涼也隊員を最前線に送る! 砲撃師団に連絡だ!」
***
そして今に至る。
不安が消えた正義は改めて魔将に銃口を向け、涼也は肩に置いていた薙刀を振り回して両手で身をかがめながら構える。
お互い通信上で作戦を立案。万が一にも日帝語を理解される可能性があるからだ。
(まず狙うは……)
(うん、脚だね。奴はでかく、そして外骨格も固そうだ。まずは動きを止めるんだろ?)
(そう……だ。そ、そして気をつけるべきは……)
(うん、奴は人型ではない。ゆえに僕たちの予想もしない動きをするかもしれない。警戒しないとね)
こちらの考えをことごとく読んで答える涼也に正義は恐怖を覚えてしまう。確かに訓練で最も一緒にいたのは涼也と、燐や仄ではあるがそれだけでこうも思考が分かってしまうのか。
(その通りだネ……けど確実に足を落とすためにはどちらか囮にならないといけないな……)
(うん、まずその役目は……)
二人がほぼ同時に答えを出す。
(俺だな)
(正義君がやるんだろ?)
(!?)
まさか涼也が自ら囮とならないことに驚いた。この流れだと涼也が先に囮となるというと思ったが。
この疑問にすら涼也はわけを答える。
(正義君は僕のことを何にもわかってないね。僕は正義君を守りたいわけじゃない、正義君の役に立ちたいんだ。正義君が囮になりたいというならば僕はそれに合わせよう)
その涼也の答えは正義の『仲間』として非常にうれしい言葉だった。人を使うよりも自らを駒とするのを好む正義を涼也は肯定してくれたのだから。
(わかった。じゃあ涼也が一本落としたら……)
(切り替え、だろ?)
(ああ、それじゃあ……)
((戦闘開始!))
正義は魔将から見て3時の方向へ、涼也は9時の方向へ走る。
魔将は二手に分かれる正義と涼也のどちらを狙うか交互に二人を見て思考。
そこに正義が魔将に向けて照準を合わせた。
(さて、この数週間訓練し続けた……実戦初投入の新兵器お披露目だ)
刹那に意志を固める。魔将の注意を正義へと向けるために。
(貫通80パーセント。命中20パーセント、射程距離中、配合、三連式弾丸……)
研ぎ澄まされた意志を弾丸に込め、引き金を引いた。
〈貫通弾!〉
弾丸が命中。岩が砕けるような音とともに魔将の肩が割れ、そこからドクドクと黄緑色の液体が流れ出た。
魔将は顎の鋏をカタカタとならして気味の悪い雄たけびを上げながら肩を押さえる。魔将の複眼は真っ先に正義をとらえた。その隙を涼也は見逃さない。
「さすがだ正義君! 後は任せてくれ!」
涼也は正義の反対側から魔将へと走る。
正義も、魔将が涼也に気付くことのないようにさらなる追撃。視覚、聴覚、そして前回の反省も含め、より自らに注意の引くような弾を撃つ。気配で察知できるとはいっても、冷静さを失えば気づくことはない。連射式に変えて放つ。
〈爆発弾!〉
命中の意思も加えた複数の弾丸が魔将の顔で炸裂。さらに魔将の殺意が正義へと向く。
その背後で涼也は魔将の足の間、ちょうど魔将の下に陣取った。
「さて、狙うは見るからに硬そうな骨格ではなくその間……」
体を低く構え、薙刀を大きく溜めて飛び上がる。
「樫野流薙刀術・剛裂!」
下から涼也が薙刀を振り上げ、魔将の関節に刃が入る。
そして破壊。そのダメージにより魔将の足に力が入らなくなったことでバランスが崩れた。
「うん! やったぞ正義君! そしてスイッチだ!」
部位を破壊した涼也は素早く着地し、崩れるかもしれない魔将に巻き込まれないように離脱。
魔将は3本の足で何とかバランスを保ち、正義ではなく足を破壊した涼也を察知、そちらの方へと体を向けた。巨木のような腕を振り落として涼也を潰そうとする魔将だが、回避に専念する涼也には当たらない。
一方次に足を壊す役目を負った正義は魔将へと疾走。牙天国綱の威力が最低限出る射程距離までたどり着き、関節を狙おうとするも、足を一本なくしながら涼也を狙う魔将のおぼつかない足取りのせいで小刻みに狙いが揺れ、うまく狙えない。
(ここでやつに貫通弾を撃ったところで涼也への注意は変わらない、どうする)
そこで正義は涼也に向けて通信。訓練ばかりはアドバイスばかりもらっていたが、涼也に『指示』を出してみたのだ。正義は涼也を信頼しているのだから。
『涼也! 二秒でいい! そいつを止めてくれ!』
『了解!』
涼也はまさかの二つ返事。文句ひとつなく了承した。正義もその言葉を信頼し、貫通弾の威力と命中率を高めるため意志を研ぎ澄ます。
一方の涼也は、
(うん、正義君に任された!)
その事実に意気揚々しつつ目の前の魔将を止める技を選ぶ。
(関節壊せないし殻も壊せないしな……っぶない)
思考しながらも魔将の攻撃は止まない。振り下ろされる拳を避ける。
(うん、しかたない。二度とは通じないし、僕にも反動が来るから数秒動けないけど……僕には正義君がいる!)
決意を固めて薙刀の持ち方を少しばかり変える。上から迫りくる魔将の拳。とてつもなく速いが何とか見切って避け、だが刃が届く位置までしか離れない。
「樫野流薙刀術・烈震!」
鐘を鳴らしたかのような音が響く。涼也は薙刀の部分ではなく、持ち手の部分で魔将の腕をたたいた。この技の本質は破壊でも切断でもなく、衝撃。振動による相手の一時的な行動不能。相手が固い皮膚に覆われた魔将だからこその技。だがその衝撃は持ち手の涼也にも響き、ゆえに涼也も数秒手がしびれて動けない。
けれど涼也は役目を果たした。
あとは……
〈貫通弾!〉
放たれた弾丸は先ほどよりも距離は短く、ゆえにダメージも大きい。魔将の足の関節を穿ち、千切った。
二本ではさすがに立つことはできず、たちまち魔人は崩れてしまう。
『やった!』
『うん、やった。けどまだだ! さあ正義君、とどめを……』
そう涼也が正義に告げたその瞬間、魔将が震える。
そして背中が膨らみ始め……
バサッと2対の翅脈が生え、そこから膜が作られた。魔将はそれを残像ができるほど素早く鳴らし、そして……
『おいおい……』
『うん、飛んだね』
第弐玖話を読んでくださりありがとうございます!
戦闘中の配合に正義君はだいぶ苦戦しました。
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