第弐伍話 『脱色』
6月13日、決戦前日午前十時、正義は稲積駅に着いた。
学園は休校。おそらく戦争のせいなのだろう。
緋奈さん曰く、あの学校に融資しているすべての財閥が軍関係者、そして教職員の中にも隊員はいるらしい。
この休み、他の破暁隊メンバーの中には実家へ帰るものもいる。
正義もその一人。
久しぶりの帰宅と、目的はもう1つ。
結界経由で稲積駅から数個前の比較的大きめの駅に移動した後、稲積駅に到着。駅の入り口を出ると源一郎が待ってくれていた。
「ただいま」
「おかえり」
約三週間ぶりの帰宅。
懐かしくないようで懐かしい。この一ヶ月の出来事の濃度は今までの人生での暮らしを煮詰めても足りないだろう。今の正義にとってこの帰宅は半年ぶりのような気分だった。
玄関を開けるとそこに立っていたのは妹ではなく……
「おーウ、お久しぶりでーすネ! 正義殿!」
金髪と碧眼、そして高い鼻と彫りの深い顔の若い男。さらには部屋を移動する際にはちょくちょく屈まなければいけないほどの長身。
そして片言の日本語。
「お久しぶりです。ロデウェイクさん」
正義の目の前にいる彼、ロデウェイクさんは源一郎が雇った、この家でハウスキーパーとして住み込みで働いている留学生。正義が入院し、転校した後にこの家の家事全般をやってくれており、そして妹・望の家庭教師っぽいこともしている。
「最近はどうですか?」
「元気でース! 君の妹かわいくて優しイ! 源一郎、親切! そして近所の人もみんな優しイ! 楽しい毎日でス!」
はきはきと眩しすぎる笑顔でロデウェイクは話す。
「それはよかったです」
玄関の奥、階段の上から妹が顔を出す。正義が見たことのなかったような明るい笑顔で。おそらくロデウェイクさんに惚れているのだろう。その顔はアイドルを見る女子高生のようだからだ。
「ロデ! ここの問題わかんない! 教え……なーに、帰ってたの? お兄ちゃん」
眩しい笑顔でロデ、ロデウェイクの愛称であろう言葉で話しかけた妹は正義の姿を見たとたん表情が冷める。
「帰るって連絡したはずなんだけどなあ」
「知ーらない!」
望はプイっとそっぽを向いて二階の部屋に入っていった。
車を車庫に入れた源一郎が家に入る。
「正義、昼飯は一緒に食うだろう? これから何か買いに行くが、何食いたい?」
「そうだな……ロデウェイクさんの国の料理とか気になるな」
「ワタシの料理でーすカ!? いいでしょウ! 『腕に乗りをかける』ってやつでス!」
正義の提案にロデウェイクは嫌な顔費とすることなく喜ばしい笑顔で応える。
「わかった。わしはロデとスーパーに行ってくる。正義はくつろいでいるといい」
源一郎とロデウェイクは外出し、正義は自分の部屋のベットで寝転ぶ。
(ここで寝るのももう最後になるかもしれないな)
不思議と恐怖はなかった。
24時間後には戦争が始まっているというのに。死ぬかもしれない、痛い思いを知るかもしれない。そんな弱音が心に浮かぶとすぐに上書きされる。
『お前は勇者だろ?』と。
ならば戦え、弱気ではなく、勇ましく、勇気を持って戦えと、何かがそう訴える。その何かによって正義の心の暗い色はふつふつと消えていき、真っ白となっていく。おそらくその色は、不安だとか、迷いの心だろう。
だがまだ消えない。
それを消すためにも、正義はここに帰ってきた。
***
正午、正義、ロデウェイク、望、源一郎が食卓を囲む。
机の上にはロデウェイクが作ってくれた料理が埋まるほどおいてあった。
箸でつまみ、口に運ぶ。初めての食感や味だったが、おいしいという感想しか出てこない。
「うーム! 日本の食材で作るクロケットも絶品になりまースネ!」
「このスタンポット? とやらも美味だな」
「さっすがロデさん! お兄ちゃんもそう思うでしょ」
「うん……おいしい」
おいしさを強要する妹には軽い返答をして、正義は一噛み一噛みでにおいを、味を、食感だけを意識していた。
「お兄ちゃん、なんか変じゃない? どこみてんの?」
「ああ、うん、おいしい」
そのまま食事を続け、おなかが満たされたところで正義はこの食事で初めて自分から口を開く。
「おじいちゃん、望……」
「なんだ?」
「なに?」
「い……ありがとう」
未だ消えぬ心の色、それは未練。
正義とてやり残したことはある。行きたかったところもある。それでも優先順位をつけるとすれば、それは家族への感謝だ。
源一郎と望はどうとらえたかわからない。けれど、正義はこのありがとうに今までの16年間の気持ちを込めたつもりだった。
「なーに? お兄ちゃん……気持ち悪いよ」
どうやら妹には伝わらなかったらしい。だが、
「正義よ……」
「はい」
「まあ、なんだ。何があったか知らんが…………頑張れよ」
源一郎も何かを察したらしいが何を考えているかはわからない。
けれど感謝は伝えられたことで心の中の色がまた1つ消えたことを感じる。
***
『先日、長瀬川の河原で中学生二人の遺体が発見されました。いずれも損傷がひどいですが身元は判明しており……』
テレビで近くの河原から死体が発見されるという不吉なニュースが流れてくる。
「あ! この人……」
その情報に望が驚愕の反応。何か知っているらしい。
「知り合い?」
その様子を察して正義が聞くも、
「別に!」
やはり兄には素直になれず、答えを言わずにリビングを出ていってしまった。
妹が二階に上る音が止んだとともに
ピーンポーン
玄関のチャイムが鳴る。
出ようとしたロデウェイクさんに自分が出ると伝え、正義が玄関を開けると、
「久しぶりだな。正義!」
「そうだね、和樹」
家の前にいたのは正義の古くからの友人、和樹。正義は家族に会うだけでなく、彼とも正義は会う約束をしていたのだ。
源一郎とロデウェイクに出かける旨を伝え、和樹と一緒に外へ出向く。
「凪北はどう? 和樹」
「まあみんな元気でいるぜ。入院してた同級生も帰ってきたし」
「それはよかった」
「そうだ、喜咲さんが正義にお礼がしたいって言ってたぜ」
「ああ、退院と一緒に転校したからね」
喜咲、彼女は魔人が教室を襲ったときにその魔人が掴んでいた生徒。
彼女も何とか日常生活に戻ることができたらしい。
「そうだぜ! なんで行っちまったんだよ?! お前が選んだらしいんじゃん! 転校するって!」
「え!? まあ、一命をとりとめたとはいえあそこに行くのはちょっと怖くって……」
「そっか。あんときもそうだったもんな」
突然の質問になんとかそれっぽい考えを答え難を逃れる正義。
軍に入ったからなどと口が裂けても言えないのだ。
「じゃあそれは置いといて、陌暉耶高等学園! どうなんだ?! どうなんだ!」
直前のシリアスな雰囲気とは一変、きらきらとした期待の目を正義に向ける和樹。なにせこの国一お金持ちの学校に転校したのだ。和樹が興味津々なのも無理はない。
正義も二週間足らずで驚きの連続だったため何から話そうか迷ってしまう。
「どうって……まあすごいよ。いろいろと」
「なにが?」
「……食堂が3つあるところ……とか?」
「はえーすっごい! 凪北なんて売店一個だぜ? まったくおれも行きたかったなあ」
そんな会話を続けて歩いたのは、ただあてもなくぶらついているわけではない。
ちゃんとした目的地がある。
そしてそこに行くことこそ、正義のもう1つの目的だった。
「……ついたな」
「ここに、あの人が……」
その門の横には『典輩寺』の文字。
門をくぐって住職に挨拶し、その人の居場所を聞く。
広い墓地を歩き回って5分。
「ようやく会えましたね。林先生」
正義と和樹の目の前には『南無阿弥陀佛』の文字が書かれた墓石。
彼のもう1つの目的は林先生への墓参り。
花を添え、手を合わせて目をつむり先生に語り掛ける。なにも相談事や不安のはけ口としてきたわけではない。
ここに来たのは感謝と、報告と、覚悟を伝えるため。
(林先生、俺は勇者としてやってます。明日、家族を、友達を、みんなを守るため、俺の義務を果たすため、先生の意志を継いで戦います。見守っていてください)
『大丈夫ですよ。あなたならできます』
そんな声が聞こえた気がした。
自分の幻聴か、過去先生に言われた言葉の記憶かわからない。
それでも心の中の『色』は消え、覚悟は固まる。
***
和樹と寺で解散し、その後家で祖父に別れを告げた。
「そんじゃ、また帰ってくるよ」
「うむ。元気でな」
玄関から出ようとしたら二階から声が。
「お兄ちゃん!」
望が正義を見下ろす。見下ろし続けるも何も言わない。言い淀んでいるようだ。
「じゃあね!」
その一言で二階の奥に逃げてしまう。
妹のデレに和みつつ、おう、と妹に伝わる声で返答。
そう言って玄関から一歩踏み出す。もう帰れないかもしれないがそんな思考で正義は止まらない。
心はもう真っ白。
澄んだともいえないがただ運命に逆らうことなく従うように彼は歩いた。
ロデウェイクに駅まで送ってもらい、降りる際彼に感謝を伝えて電車に乗る。そこからはまるでダイジェストのように視界が移っていく。普段の正義は移動時イアホンで音楽を聴くものだがこの時はそうではない。
ただの景色に溶け込むかの如く、何も思わずに寮へと向かう。
午後七時、正義、鬼灯寮に到着。
開戦まであと五時間。
第弐伍話を読んでくださりありがとうございます!
ロデさんもだいぶイケメンです。望は一目ぼれしました。
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