第弐弐話 『波乱ノ 大会議』
近藤の連絡から翌日、第45387結界の廊下を正義は歩いていた。基地のような重々しい結界ではなく、会社のような雰囲気の廊下。石膏ボードの白い壁に青みがかったカーペットタイルに蛍光灯。すれ違う人も軍服よりもスーツ姿が多い。
その空間の一室、近藤に指定された部屋へ入る。
「来たね、正義君」
近藤は椅子に座っていた。
それどころか、学校の教室ほどもある部屋には近藤が座っている椅子とその前にあるもう1つの空の椅子しかない。そして近藤は足を組み、手にはクリップボードを持っている。
正義はこの状況を面接みたいだなと考えてしまう。
「そこに座ってくれ」
近藤に言われ、正義は椅子に座る。
「なにか、ノックした方が良かったですか?」
「いや、バイトの面接じゃないんだから。ここに来てくれた理由はある質問に答えてもらうため」
「質問……」
近藤は息を大きく吸う。目を閉じ、これからの言葉を反芻しているようだ。
正義もこれから放たれる言葉は相当なものだと予想する。
近藤は目を開け、正義に聞く。
「正義君。2週間後に起きるだろう三魔王軍撃退作戦。つまり、『戦争』に参加するかい?」
「!」
正義は予想外というよりも、ついにこの時が来たかという表情をしてしまう。
「えっと、詳しく聞いてもいいですか? 作戦……? について」
「それもそうか」
近藤が指で何かいじると、正義の連絡指輪から通知が届く。近藤の許可で確認すると地図の写真だった。
「まず魔界での大日輪皇國軍とその周囲について説明しなければならない。軍が持つ魔界の領土は結界都市で囲われる五芒星と3つの防衛線その内側だ。そして第一防衛線の外、北と東には巨大な山脈が佇み、西と南には海が広がっている。わかるね?」
写真には五芒星と、それを囲む円。その北と東には山脈を示すギザギザの線が描かれていた。
「問題はその北側の山脈の向こう。その先は魔人の国々が滅びては建国し、国同士の争いが絶えない混沌の世界、僕たちは『暗黒国群』と呼んでいるが、それがあるんだ。国はだいたい魔人、あって魔将が作るらしいんだが今回は違う」
「……さっきいってた魔王ですね」
「そう。暗黒国群の中でも魔王の作った国は別格。圧倒的な力で周りの国を飲み込んでいく。そんな国が今回南下して我々と戦うつもりらしい」
「でもさっき三魔王って……」
「その通り。今回魔王の統治する三国が合同で攻めてくるらしい。その魔王軍を撃退するのが今回の作戦だ」
「じゃあ俺はその魔王を倒すのが……」
少し重々しく質問する正義だがそうではないらしい。
「いや! さすがにそんな重大な任務は君の担当ではないよ! 魔王と戦う人は別に……いる」
正義は肩の荷が下りたが、近藤は再び真剣な顔となる。
「それでも、勇者である君は最前線に配置されるだろう。軍にも緊急離脱用の措置があるが、それでも死ぬかもしれない。君たちはまだ『軍人』の職についてないからこういって戦争に行くか聞いているんだ」
「なるほど」
正義は近藤が先ほどの質問を重々しくとらえていた理由を察する。勇者とはいえ、軍人ではない正義を戦争に行かせてしまう、死にに行かせてしまう選択肢を与えているのだ。
多少の責任だとかを感じるもの。
それを察した正義も真面目に返す。
「俺は……戦います」
近藤は驚かない。
「あの時、近藤さんに誓った『義務』を果たせるならば、俺は戦います」
「わかった。まあもし行きたくなくなったら言ってくれ。質問は以上! すまなかったね、時間取らせて」
すぐに表情を切り替えて優しい表情を作る近藤だが、それは本心を隠すためだろう。
「ありがとうございました」
正義は一礼して部屋を出た。
部屋に残った近藤はペンを回しながら、紙に書いたほかの八人の結果を見つめる。
「破暁隊全員参戦か……近頃の若者は血気盛んだな」
連絡指輪でこの結果を上層部に送った後、スケジュールを確認。
「8時より作戦討議。第56結界か……今回は荒れそうだな……」
***
諸々の事情を終わらせた近藤は開始時刻から少し遅れて第56結界に到着。結界の入り口から100m先にある会議室ならぬ会議場。その前に一人の軍人が立っていた。
「遅いですね。近藤様」
待っていたのはまるで北の国に散るダイヤモンドダストのように美しい銀髪の美しい乙女。腰ほどまで伸びた銀髪とくりくりとした目は少女だが、立ち振る舞いの華麗さは一端の大人。そしてその美貌に惚れる者が次に見るのは、彼女が着ているのが軍服とメイド服を組み合わせたような衣装を着ていることであろう。
「信濃ちゃん、南郷さんのそばにいなくていいんかい?」
「私は『十偉将』信濃雪として働くよう南郷様に言われてます」
「それは感謝だな。ってことはもう全員会議場にいるってことだね」
「はい。元帥閣下、軍団長、師団長、幽玄廷、老中と政部の方々、そして六大財閥の代表。全員そろっております」
「じゃああとは十偉将だけか。隊長はどうせ……」
「はい。行方不明です。なので近藤様を代理として呼ぶようにいわれました」
やっぱりか、と呆れる近藤。それでも何度も起きた話でありもはや文句は言わない。
「しかたないか」
「妹たちは元気かい?」、「ええ」、などというやり取りをしながら近藤は見るからに重々しい扉を開ける。
そこに広がっていたのは国会議事堂の本会議場を思わせる扇形の形をした巨大な会議場。高くそびえる天井からはシャンデリアが柔らかな光を投げかけ、木製の内装は磨き抜かれた重厚な輝きを放つ。壁面には派手やかな装飾が施され、所々にかかっている赤いカーテンはその場の高潔さと荘厳さを引き出させるよう。
この会議場の中心で二人の怒号が飛び交っていた。
「だから! 此度の戦では長期戦で行くべきだ!」
「貴様! わが軍が長期戦を苦手としていることを知っての意見か! いつも通り短期決戦にすればよい!」
「だが相手は魔王三体! 敵軍の数も三倍以上ならば! 普段の戦術が通用しない可能性もある!」
長期戦を訴える一人は青年。声色からして20代前半どころか10代後半にも思える。この大人どころか老人、中年の軍人ばかりいる中でその若者はまるで孤立しているようにみえるであろう。
だが彼は進んでその場に立っている。目の前の、かつて教えを受けた参謀長に自らの考えを示すために。
その逆、参謀長、有馬は御年52歳。
いくつもの戦争を経験し、指揮してきた大日輪皇國軍の影の立役者の一人。確かにかつての教え子が自分に意見することを少し嬉しくは思っている。それでも今の彼は参謀長有馬。実戦経験のない小童の戯言を一蹴するために迎えたつ。
会議が始まってから両者平行線であった。
「いいねえ、井原くんだっけ? あの青年。よく参謀長にかみつくなあ。南郷さん、いい子見つけたね」
そんな姿を見て席に着いた近藤は感嘆し、隣に座っていた信濃が反応する。
「ええ。純太君は納得するまで引き下がりませんよ。それにしてもあれほどまでに議論するのでしょうか?」
信濃の純粋な疑問に近藤は快く答えた。
「まあ僕はどちらの言い分もわかる。まず魔人の皇國軍への攻め方は知ってるかい?」
「はい。皇国軍領土の北の山脈は高度12000mの巨大山脈。暗黒国群から何十万もの規模の軍で乗り越えさせるのは不可能。だから少数で山を越えた後、陣地を構えて魔法の巨大転送陣を敷き、味方を呼ぶと学びました」
「そう。その魔法陣の特徴は『周囲の莫大なエネルギーを吸収して設置する』というもの。設置する本人のエネルギーを使わないという点は優れているらしいが、デメリットは一度魔法陣を設置してしまえばもうそこには置けないんだ。もう一度置くとなっても周囲のエネルギーがないから置けない。エネルギーの回復には約一年かかるとされるからね」
「その魔法陣をあえて設置させてから破壊することで再び魔人が侵攻してこないようにする。それが、皇國軍が使ってきた戦略とお聞きしました」
「それでも普通の転送魔法は使えるし、設置させてからヨーイドンで破壊だなんてことを敵軍は許してくれない。数万の軍との戦闘は避けられないね。だから我々の勝利条件は数万の軍の殲滅と、設置された巨大転送陣の破壊なのさ」
「今回は違うと?」
不思議に思う彼女に近藤は優しく教える。
「勝利条件自体は違わない。けど懸念点は三体の魔王――それは戦場の常識を覆し、戦術すら無意味にする存在だ。三体同時で攻めてくるか、同時だが別々の戦線に出張ってくるか、逐次投入か。それだけじゃない。転送魔法陣も今回の戦では10個設置されると作戦本部より予想されている。つまり戦線が10個作られるということだ。どこに魔王が何体来るか、すべての可能性を考えなければならない」
「なるほど。純太君が長期戦を訴える理由は、長引かせることで最悪の想定である魔王三体の同時に同じところへ攻撃する可能性を減らすため……」
「そしてそれは軍が最も苦手とする作戦だから有馬さんは反対しているんだ」
井原青年に反対しているのは何も軍部だけではない。
会議場に座っていたうちの2人が手を上げて立ち上がる。軍服ではなく、十二単をまとっている古風で異質な女性と全身キンピカの衣装をした派手なリーゼント男。
「汝、長期戦を望むと申すがその間の資金は誰が出すのじゃ?食料、賃金、備品、そのすべてをわっちら財閥が出すことをお忘れかえ?」
「そうだぜえ、出すってんなら俺たちに見返りをくれねえとなあ」
そう苦言を呈すのは六大財閥、日本一の出版社、『望月社』の藤原代表と、世界的な宝石会社『KAKU』の足利社長。
彼らの意見に井原青年は嫌な予感を感じながら聞き返す。
「……見返りとは?」
「『魔界での商売の権限拡大』とかな?」
「そんなこと、私にはできない」
苦い顔で井原青年は呟く。
「なら六大財閥は有馬につくぜ」
六大財閥は井原青年の敵となった。
けれど井原青年に多少なりとも見方をする人もいる。
「しかしですなあ、我々『政部』としては確実な勝利もそうだが面子を守りたい。ここで負けはなくとも、大きな損害すら出せば『評議会』に舐められ、軍に介入してくるかもしれない。彼らはそのチャンスを常に狙っているのだ。それにやつらは大日輪皇國軍が長期戦に弱いと結論付けている様子。今は同盟を結んでいるからよいものの、もし敵対することがあればそこを突かれる。ここはいっそ弱点などないと誇示するためにも長期戦でやってみるべきでは?」
立ったのは大日輪皇國軍の政治を行っている『老中』猪井直人。
それに足利が反抗する。
「てめえらは意見するだけでいいじゃねえか! こちとら金出しとんねんぞ!」
「なんだと? 貴様らは奴らとかかわる必要がないからそう言えるのだ!貴様らが朝の大都で商売できるようになったのは誰のおかげだと思っとる!」
『財閥』は有馬参謀長、『政部』は井原青年に付く。
この討論に財閥の代表の部下や政部の人も加わり始め、会議場の空気が激しくなる。
なら軍部はどうか?
実際のところ彼らは中立だった。短期決戦で行きたい、だが魔王三体は絶対に無視できない。魔王と戦うのすら恐ろしいのに三体襲撃ともなれば必死、されどもこの重要な戦いで長期戦に切り替えたくはない。
だからどちらに付くということはできなかった。
平行線どころかこの争いは勢力を増してどんどんと離れていく。もう交わることがないだろう。この争いを止めるどころか、誰にもまとめることはできない。
……ただ一人を除いて。
「……もうよい」
会場が静まる。
大声ではない、むしろ呟き程度の声量。それでも発した人物が人物なのだからみんなが沈黙した。
有馬参謀長と井原青年の二人がその人の方を見る。
「げ……元帥閣下」
二人の言い争いをまじかに見ていた元帥は席を立つ。
「貴君らの意見は了承した。そして、この争いの元は三体の魔王なのだろう?」
恐る恐る有馬参謀長が答える。
「ええ。その通りでございます」
「ならば……」
元帥は手に持っていた軍刀の鞘の先を机にガン!とたたきつける。立ち上がり、静かに、しかし威圧感を持って言い放つ。
「私が出よう」
『!!!』
言い合っていた二人だけではない。
会議場にいるすべての人間がざわつく。
「元帥閣下自ら出撃しなさるだと!?」
「戦うというのか?! あの閣下が!」
「いったい何年ぶりだ?!」
興奮・驚愕・困惑。
その喧騒が自然におさまるわけもなく、司会が何度も注意することで何とか場は静まった。何とか落ち着きを取り戻した有馬参謀長が元帥に質問する。
「つまり、閣下が魔王をおびき出すと?」
「おびき出す? そうではない。日帝殿下とこの国に対し、威を以て屈せんとするという蒙昧の極北たる族を、私自らが斃すといっているのだ」
「しかし、井原青年に加担するわけではありませんが……政部のいう評議会の評価はどうしますか?」
「逆に問おう。貴公が守りたいのは軍の面子か? 違うだろう。我々が守らなければならないのは……この国のはずだ」
その言葉に感銘を受けるその場の人たち。
元帥の言葉を初めてまじかで聞いた井原青年はその圧倒的なカリスマと言葉の重みに打ち震える。『権利』も使われていないし、マイクもない普通の声量。だがその言葉はまるで焼き印の如く心に刻まれる。
そしてこう考える。
この人がいたから、皇國軍が成り立っているのだと。
元帥は再び鞘の先を机にたたきつけ、そして叫ぶ。
鼓舞するように、焚きつけるように。
「これより! わが軍は一体となりて!魔王軍を蕩滅しなければならない! 全軍! 同心戮力せよ!」
『うおおおおおおおお!』
軍部だけではない、政部が、財閥が、会場にいるすべてが雄たけびを上げて心をひとつにした。
これこそが、軍、これこそが元帥の力。