第弐拾話 『仄暗イ瞼ヲ 開クトキ』
火柱が上がる。
ビルより高いその赤い柱から正義はビルの屋上を飛んで離れていく。正義が振り返ると、その柱のてっぺんへどんどんと炎が集まり球体となっていくのが見えた。
そしてその火球の下のビルの屋上に、仄は立つ。
両手を激しく燃やし、全身からオーラのごとき炎を上げる。それを見たものは地獄をまとっているように思わせ、恐怖をする人もいるだろう。だがそれは見かけだけ。仄をまとっている炎は現実の火。燃焼させているのは空気であり酸素、ゆえ
「はぁ……はぁ……はぁぁあ……」
彼は体に十分に酸素が行き届いてはいないことを感じ、また、銃弾を受けた脇腹からはどくどくと血が流れ『死』状態へのカウントダウンが始まっていることを自覚。両手の手のひらを火球へ向けて操り、正義へ投げつける。
「おらあ!」
火球が自分に近づいてくるのを察する正義はビルとビルの間に身を投げ、直撃を回避。
ビル群の切れ目を走り抜け、大通りへと抜ける。
が、仄から離れ常温となった周囲の熱が再び上がるのを感じた。
ビルの上を見るとそこから正義を見下ろす仄の姿が。彼はすでに正義をロックオンし、ビルの屋上の塀に足をかけている。
正義は銃口を構えるも、それを予見する仄はすぐに左に握っていた炎を数発正義に放つ。その炎を避けることに気を取られた正義は仄に接近を許してしまう。
右手の炎と体を激しく燃やしながら正義へと殴りかかる仄。
それでも反応できるとはいえ不利な状況の中、正義は再び銃口を向ける。
「終わりだ!」
「そっちが!」
正義の小銃の銃口がちょうど仄の拳へと向かう。と同時に正義は引き金を引いた。
二人を中心とする爆発とともに結界内でアナウンスが流れる。
「晴宮正義、火御門仄の『死』状態が確認サレマシタ」
燃え尽きたように地面に伏しつつも、戦闘が終わったことにより体が回復していく仄。体が回復した正義も集中が切れたせいで地面へ落ちるように座る。
息を大きく吐きながら仄が口を開く。
「くそ、引き分けか……」
「そうだね」
「ありがとな、付き合ってくれてよ。おかげで心の中のもやもやが消えた気がするぜ」
ぶっきらぼうな感謝を述べる仄。
「それはよかった」
数秒の沈黙。何か言葉を投げかけようとした正義だが如何せん彼に対しては初対面から悪印象。いろいろな言葉が頭に浮かぶもしっくりこない。
気まずさで離れようとした正義に対しようやく仄が口を開く。
「……なあ正義」
「なに?」
聞き返すと、仄は座ったままであったが、なんと頭を下げた。
「その、すまんかった」
突然のことに正義は驚く。
「……なにが?」
「あの時俺様が勝手に動いちまったせいでてめえを危険な目にあわしちまったことだ」
その理由はなんとなく察していたが、それでも驚きを隠せない。初対面の時から終始自分に侮りや嫌悪など、ろくな感情を向けてきた人間が急に自分に謝ったのだから。
「……俺、お前こと誤解してたかもな。もっと荒っぽい奴かと思った」
あまりにも突然の出来事に思ったことをそのまま口にしてしまう正義。仄は頭を上げて応える。
「さすがに命を救ったやつに礼言わねえほど人として終わっちゃいねえさ。それに……近藤さんにいろいろと言われてな、頭冷やした」
「なんて言われたの?」
顔を背け、納得できないような声色で仄は返答。
「『オマエは弱い』ってよ」
「あの人そんなこと言うんだ」
正義の返答に仄は一息ついたのち、落ち着いた様子で言葉を返す。
「でも俺様だって強いっていうプライドはある。だから決めたかった。俺様が弱いのか、強いのか」
「だから俺と戦ったと」
「ああ、俺様は昔っからそうなんだ。なにかしら決着しないと気が済まねえ性格でな。昨日のヘリで言ったことも、どっちかっていうとお前と俺様どっちが強いかを知りたかったのが本音だ」
どうやら自分が勇者だということに納得してはいなかったらしい。彼の言葉はうそのようには思えず、あの時から感じていた溜飲が下がる正義。ただ勝負したかったらしいと認識を改める。
「でも今回は引き分けだぜ?」
正義の言葉を仄はすぐに否定。
「俺様にとって引き分けは負けだ。だからてめえの勝ち。そしてお前が強いってことで俺様の中では決着したぜ」
「それは、ありがとう?」
すると、仄は立ち上がって正義に指をさしながら、先ほどまでの真剣な雰囲気とは違う、野性的で攻撃的な目で正義を睨む。だがその目は純粋だった。
「でもなあ、負けのままで終わることに俺様は納得してるわけじゃねえぜ!? まずはてめえより強くなることを当分の目標にしてやらあ!」
仄の突然の提案に正義はきょとんとして何とか口を開く。軍の人間は一般人とは違う思考の持ち主のようだ。
「望むところ……だ?」
「おいおい、そこは自信満々に答えてくれねえと締まらねえじゃねえか」
仄はここで正義に笑顔を見せるがそれは昨日の馬鹿にしたようなものでは決してなく、すがすがしいものであった。
「いきなり言われてもなあ」
そんなことを言いつつも、正義は仄との関係がなんとなくよくなったことに安心する。確かに最初は自分に良くない感情を向け、正義もまた彼に対して悪印象を向けていたのは事実。それでもお互いに本音を言い合うことは何かしらの変化を生むのだ。
今の二人のように。
「おーい正義くーん! 終わったかーい?」
二人がいる大通りの奥から長身の男がやってくる。
樫野涼也であった。その隣にもう一人。
「素晴らしい戦いでしたわね。思わず参戦しようとするところでしたわ」
登尾燐。
彼女は恍惚とした表情を隠そうとせずに二人に提案。
「ぜひ! 今度はワタクシと……」
「「却下」」
声をそろえて燐の誘いを断る正義と仄。ここで初めて二人の息があった。怒ったように頬を膨らませる燐とやれやれと顔を振る涼也。今度は涼也が口を開く。
「仄くん」
「その名前で呼ぶな」
先ほどとは違う敵意マシマシの声色。正義は仄への評価を一新したが、彼は涼也が初対面のときに名前を馬鹿にしたことを覚えているらしい。今彼が放つ殺意が
「うん、正義君と態度が違うねえ」
「その名前で呼びたかったら俺様より強いって『決着』してからだノッポ」
正義は仄の価値観をなんとなく理解する。自分より上か下か。それを決めて仄は人と接するらしい。
「じゃあ火御門くん。火御門という名前といい、先ほどの戦いといい、君は現『火星』・火御門焔の弟かい?」
涼也の質問に燐が反応。どうやら軍のなかでは有名な人物らしい。
「火御門焔、というと第五軍団ナンバー2の実力者、そして『彫師』を兼業してるあの?」
「……そうだ。まああんなやつのことなんかアニキとまったく思ってねえけどな」
ふたたび恨み節の仄。嫌悪と怨恨を含んだその顔はよほどの過去があるらしいと正義は察する。
「うん、そうは思ったけど戦闘スタイルは全く違うね」
「そうなのか?」
涼也の評価だがなんと仄はそれに対し驚くような表情を浮かべた。涼也も仄の感情に疑問を呈す。
「うん? そうなのか……って知らないのかい? 君の兄だろ?」
「知らん。知りたくもない。俺様にとって兄はただ越える『敵』だ。あいつを超えることが俺様の目標……いや、『義務』だな」
そう言って仄は顔の前で拳を握る。野心ともいえる敵意を含んだ眼力はおそらくその兄とやらに向けてだろう。
怖気づく正義とは正反対に涼也は煽るように、だがあたかも当たり前のことだと言わんばかりに口を開いた。
「うん、無理だね」
怒る仄をまっすぐに見つめ鼻で笑いながら涼也は告げる。
「超えるべき目標を知らずに倒すだなんて、模試を全く解かずに大学受験へ挑むようなものさ」
にらみつける仄を無視し涼也は続ける。
「だってそうだろ? 君の状況はたとえるならば目をつむってがむしゃらに走っているんだ。その先に『目標』がいると信じ込んでね。でも、そんなやり方では、目標を本当に超えられる可能性は低い。目標を超えるためにはその目標を追わなければならない。目標を追うためには目標の背中を見つけなければならない。そのためには……」
涼也は薙刀の柄の先を仄に向けて言い放つ。
「閉じた目を見開き、目標を探す。そうしなければならない」
正論。
仄にとってこの上ない現実をたたきつけられてしまう。だが仄にも思うところはあった。
***
仄は過去、陰陽師内や軍で開催される決闘や試合に出て何度も戦い、何度も勝った。そしてその相手に決まってこう言われる。
『さすが焔火芒師団長の弟だ』
「自分」より上か下かを絶対の価値観とする仄にとって「兄の弟」というレッテルは一種のノイズであった。まるで弟だから負けたのだという言い訳としか聞こえない。自分より下だと完璧に立証できない。だから兄を超えることを目標としている。
兄を「倒す」ことができれば、兄を超えた証明となり、これまで倒してきた相手すべての「上」に立てるからだ。
だがいつの日からかわからないが、いや、仄は思い出した。三年前、久しぶりに兄を観たときに兄のその圧倒的な覇気に怖気づいたのだ。そして心の中で消えない確信が生まれる。
「勝てない」
それから仄はいつしかこう考えるようになった。
『いろんなやつを『下』とすればいつかは兄を超えたことになる』
と。
だが涼也の言葉で仄自身の理念を再認識するとともに気づかされる。
(今の俺様は、アイツと別方向に走ってるどころか、もしかしたら……)
***
仄はゆっくりと立ち上がり、結界の出口へと歩く。
「うん? どこに行くのかい?」
涼也が仄の背中に言い放つが仄は応えない。だが涼也は少し言いすぎたと感じ、フォローを入れる。
「なにかあったら言えよ? 相談に乗るし訓練にも付き合う! 僕たちは『仲間』なんだから!」
仄はやはりなにも応えずに結界を出て行ってしまった。
正義、涼也、燐三人が結界に取り残される。
「うん、嫌われたかもしれないなあ」
「そうですわね」
「え?」
涼也と燐のそんなやり取りの中、正義は先ほどの涼也の言葉をかみしめていた。
(仲間、か。翔真君も言ってたし、俺もそうするか。そっちの方が勇者っぽいし)
自分も涼也たちとの認識を改めようとしたとき、頭の奥からアナウンスが流れる。
『晴宮正義の意志により、樫野涼也、登尾燐、火御門仄を【仲間】と認識しました。彼らには勇者の権利が適応されます』
勇者の権利、意志の増大以外にどんなものがあるのだろうと考えたとたん眠気が襲ってきてしまう。結界内はあらゆる傷を治すが、勇者の権利による反動は治せない。
涼也は正義の様子を察し、もう結界から出ることを提案する。
「うん、外ではもう夜七時、さすがにもう訓練はやめようか」
「そうですわね、おなかがすきました」
「うん、帰ろうか、正義君」
涼也は座っていた正義に手を差し伸べる。
「ああ」
そうして三人も結界から出るのだった。
***
次の日。
朝7時に寮の廊下で燐と正義が偶然会う。
「おはようございます。正義さん」
「おはよう、燐さん……あっそうだ! これもう渡しとかないととおもったんだ!」
「渡す?」
正義は手に持っていた雑誌「DINASOUR」を燐に渡す。
「もう読んだのですか?」
「うん、昨日結界出て風呂入ったら寝ちゃってね。目が覚めたら二時。寝られなかったからそれ読み切っちゃった」
「なるほど、では、ありがたく読ませていただきますわ」
楽しみそうな顔を浮かべながら燐は雑誌を受け止める。
雑誌を渡した正義だが、彼にはひとつ悩みがあった。それの解決に集中するために正義は読み終わったのだ。
正義の悩みこそ、
「それに弾丸の名前も早く決めないとなあ、と」
正義が悩む姿に燐も便乗。
「ふむ、なにか『テーマ』があればいいんでしょうが……」
「テーマかあ」
「テーマですわ……」
二人は頭をひねりながら視線を下げると、そこには雑誌『DINASOUR』の文字。
「「あっ!」」
お互い目を合わせて叫んでしまう。考えていることは同じ。
こうして、正義の弾丸名が決まった。
第弐拾話を読んでくださりありがとうございます!
彫師はいろいろいますが焔さんが就いているのは墨を入れる人です。
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