第拾肆話 『英雄ノ「権利」タルハ焉ンゾ』
正義を発見した魔将は咆哮を上げ、がれきに埋もれていた家の大きな残骸が突如として掴んで正義に向けて投げつけられる。
その速度は予想以上で、正義は目を見開いて飛び退くも残骸の一部が肩をかすめて地面に激しく衝突。痛みが走るがそれを感じる暇もない。魔将は瓦礫を掴んでおり、次の攻撃が迫っている。
横に避けることはできないと察する正義はスライディングで瓦礫を避けつつ、右手の小銃の銃口を魔将に向け呟く。
「余燼在る砂漠、水面映る日食、仁倶戴天の盟……」
意志を増大させる詠唱の簡易版を唱え、引き金を引く。
〈貫通!〉
轟音とともに発射された弾丸が魔将の腕を貫通。そう、貫通したのだ。一週間前の魔人にはなった弾は傷つけたのみ。だが、今回は貫通した。覚悟を決めた正義の研ぎ澄まされた意志も要因だが、もうひとつ。
彼が持っている小銃である。
***
一日前、正義が夜九時に近藤から呼び出された時のこと。訓練場にて正義は彼から一丁の銃を渡された。
今までの量産型とは違う、白を基調とし、所々に黒の装飾がなされたある種の美しさを感じさせる見るからに特別な小銃。銃身には穴の空いた紅い丸の彫刻が彫られている。
「これは?」
「僕の友人に作ってもらったオリジナルの銃さ。君の体格に合うよう作ってある。使いやすいはずだ」
実際に持って一通り動作を確認すると、確かに訓練で使った銃よりも使いやすいことが分かる。
「ふつうの銃とは違い、銃身には現界の素材よりも上質かつ優れている魔界産の鉄や金属をふんだんに使っている。弾もそうだ。だから君の意志もふんだんに乗るはず」
「そんなものもらっていいんですか?」
「僕からの入隊祝いだ。大事に使ってくれよ」
「はい!」
正義は新たな小銃をもらって興奮しつつも、近藤の、銃を作ってくれた人たちの期待に応えると明確に心に刻むためという意味にもはっきりと返答した。その後、数時間かけて小銃の調整や慣れるための訓練に時間を要し、その後のビンタにつながってしまうのだが。
***
皇国軍四六式小銃改『牙天国綱』
これを使って、正義は魔将に挑む。
でも正義は心の中で理解している。今回は魔将を倒すのではない、魔将に倒された仲間を助けるためになのだと。一週間前の『いけるところまでいく』などという考えをしてはならないと。
「イナバさん! 四人がいるところを教えてください!」
『しかたありません、まずそこから10時の方向に一人です』
走る方向を変える前に正義は魔将の顔面に銃口を向ける。それに反応し魔将は手で顔を防ぐような動作をするが正義は関係ないといわんばかりに引き金を引く。
〈煙幕!〉
弾丸が到達した瞬間灰色の煙が魔将の顔にまとわりつく。爆発ほどの威力はなく、ただ相手の視界をなくすのみ。
奴の顔に煙が纏ったことを視認し、正義は10時の方向に方向転換。イナバが指示したところに行くと下半身ががれきに埋まっている人がいた。
「大丈夫か涼也!」
「正義君…………なんで……ここに?」
涼也は頭から血を流しており、息がとぎれとぎれである。
「みんなを助けに来たんだ」
「……そうか、そうか」
「……抜け出せるか?」
「無理だね、上のがれきが……重すぎる」
「わかった」
正義は振り返り、まだ煙幕が晴れていないことを確認すると、涼也の上にある瓦礫をどかし始める。
……正義は知らなかった。
魔人について、魔将について。魔人は人間よりも五感が優れている。だが真の脅威は、魔人には『第六感』があることだ。勘だとか直感が人間よりもはるかに鋭い。だから正義が煙幕で自分を見失わせようとしたところで、魔将にはどうということはないのである。
がれきを持ち上げようとしたところで正義は魔将への注意が散漫してしまう。
「正義君、避けてくれ!」
涼也に叫ばれ正義が咄嗟に後ろを向くと、魔将がこん棒を振り上げているのが見えた。
(しまった!)
避けることはできる。だがそれでは涼也がこの攻撃に巻き添えを喰らってしまう。
正義には判断ができなかった。
「くそ……!」
………………
…………
……
英雄となったものはいかなる場合であっても人を助けなければならない『義務がある』と正義は考えた。
自分が馬鹿にされても、石を投げられても。その先に何があるかわからなくなったとしても。
ならば『権利』は?
ゴールや目標ではない。自己を犠牲にして活動していくうえで、英雄に何か『権利』はあるのだろうか。
富か? 名声か?
それもまたそうだろう。
だが……
風を切り裂く音とともに魔将の頭が爆発。目にあたったのか、魔将は顔を押さえて、呻き声をあげて悶えている。
何が起こったか困惑する正義に通信。
『よォ正義ィ。てめえの心意気まっこと見事。この蔵王翔真! あの答えに感銘を受け、助太刀に参ったぜェ!』
魔将よりはるか遠く、両手にロケットランチャーを抱えているのは山吹色の髪型に眼鏡をかけた男、蔵王翔真だ。弾を撃ち終わったロケットランチャーを捨て、翔真は懐から札を取り出す。札を振ると炎が燃え上がり、そこから新たなロケットランチャーが出現。
ロケットランチャーを構え、引き金を引く。魔将へ発射された弾は魔将の手により弾かれてダメージは与えなかったが、魔将の意識が翔真に向くには十分。魔将が翔真の方に顔を向けると同時に正義の前に、一人の人物が現れる。
「正義よ、我も貴公の助けになろう。怪我をしたやつは我が運んでやる。貸せ」
話しかけてきたのはコートを着たフルフェイスマスクの渋声の兵士、士道光。光の周囲には人丈もある大きな6つの『手』が浮かんでいた。
「我がこやつらを安全地帯まで運ぼう、だがその間我はあの魔将に攻撃ができん。ゆえに貴公とあのメガネの青年が注意を引きつけてくれぬか?」
声にならぬ声をなんとか発して答える。
「わかった、ありがとう」
……のちに正義はこう考える。
『助ける』義務がある英雄の権利。その英雄の権利があるとすれば、それは『助けられる』ことなのだろうと。無償で助けたのなら無償で助けられてもいいのだと。恩返しともいうべきか。この、行いが報われる瞬間こそが『英雄の権利』なのだと正義は心で感じた。
…………
……
返事を聞くと光は別の隊員を拾うために飛んでいった。
自分だけではない、という安心感で緊張が解けた正義は一呼吸おいて魔将の方に目を向け、自らの任務を、義務を確かめる。
(この魔将を、光さんが全員救助するまで自分たちに注意を向けさせる)
先ほどの件で魔将は目で見えなくとも周囲を理解できるということが正義にも察せられた。
(音か、匂いか、わからない。でも、あのロケットランチャーの弾で引きつけられるなら問題なし……っ!)
ロケットランチャーの弾を手で防いでいた魔将。その魔将の口が謎に光っていることに正義は気づく。光はどんどんと強くなり、口から漏れだすまで強くなっている。正義はその現象をなんとなくであるが察した。
(ブレス攻撃!?)
ブレスか、ビームか。確証はない。だがそう考えるというものが筋だろう。そしてその攻撃が翔真に向けられるものだということも直感で理解する。爆風のせいで翔真はそのことに気づかない。
(どうする?! 翔真に連絡しても奴は翔真の位置を察知し、狙うだろう。もしかしたらあたり一帯を吹き飛ばすかもしれない。問題はどう止めるか、爆発? 貫通? いや、今ダメージを与えてもそのまま放たれるか、暴発する可能性、ならば)
銃口を向け、魔人の頭を狙う。
(新しい『弾』を作るしかない! 今、この場で!)
どんな弾がこの場に最適かを考える。
(ダメージは出さずに攻撃を止める? 違う。発想を変えろ、撃たせないのが目的じゃない。翔真にあたらなければいい、つまりやるならば……)
魔人の口がどんどんと光り、いまにも放たれそうになる。
正義はタイミングを待つ。
魔将が口を閉じる。ブレスかビームか、いずれにせよこの一秒後には遠くにいる翔真への攻撃が放たれることは誰にでもわかる。
それを見た正義は引き金を引いた。『意志』を乗せて。
〈衝撃!〉
「グベア!」
弾が魔将の頬に命中。貫通も、爆発も傷つけもしない。だがその弾は魔将の頭が正義のいる方向とは逆に回転。まるで頬を殴られた人のように、顔の向きが変わる。
放つ直前に弾が当たったため、魔将は口から放ったビームを放つのを止めることはできず、あらぬ方向にオレンジ色のビームが放たれた。おそらくそれが翔真に向けられたならば彼は焼け死んでいただろう。
翔真からの通信。
『なんだァ今のはァ?!』
「ごめん! 翔真君に向けて何か放とうとしてたから阻止したんだ!」
『そうか、よくわからんがありがとなァ!』
「たぶん魔将はこれから俺を狙う! だからサポート頼む!」
『おゥ!』
予想したとおりに魔将は正義をにらみ、こん棒を正義に向けてたたきつける。正義はそれを冷静に避けるが、魔将はそのこん棒を、地を撫でるように動かし、そのまま正義を轢き潰そうとしてきた。最初は安直に逃げる正義だったが、無理だと察するとこん棒に銃口を向け発砲。
〈衝撃!〉
こん棒の速度が数秒落ちる。
それを見逃さずに正義はこん棒をジャンプで跨ぎ、空中で魔将の顔めがけ弾を放つ。
〈爆発!〉
顔面にもろに弾を喰らってもだえる魔将。
そして光から一報が。
『今最後の隊員を回収中だ。これが終わり次第合図する。その合図で撤退してくれ』
了解、と返答し、魔将の出方を窺がう。これ以上戦う必要はないため少しずつ魔将から離れながら。
「グウウオオオオ!」
弾のダメージから復活した魔将は咆哮とともにこん棒を構え、恐ろしい殺気を放つ。いつ来ても対処できるように正義は集中する。が、魔将は正義を狙わなかった。魔将は右足を後ろに下げ、なんとこん棒を体ごと後ろに向けて薙いだのだ。
そこにいたのは、
「光、そっちに攻撃が!」
正義が咄嗟に叫ぶ。何とか防ぐために正義は魔将へ近づくが魔将の方が早い。そう、魔将の後ろにいたのは、大きな『手』で瓦礫をどかす作業をしていた光。
その連絡を聞いた光は急いで隊員を回収し、すぐにそこから離れ攻撃を避ける。
『感謝する』
「よかっ……!?」
光が無事だったことを安心したのもつかの間、正義は気づく。
魔将が横薙ぎを止めていないのだ。魔将がやっているのはまるでハンマー投げのような1回転。光に顔を向けたはずの魔将が回転の最中振り向き、その目は……正義をとらえていた。
ここで正義は最初から狙いが自分だったことに気付く。
(まじか! 後ろに薙いだのは、この回転で勢いをつけて俺を攻撃するのが目的だった!?)
避けたとしてもその衝撃で吹き飛ばされ、けがを負うことは絶対。正義が対処法を見つけ出すよりもこん棒の方が早い。
「やば!」
…………
……
「あれ?」
正義は目を開け、自分が死んでないことを理解し、そして誰かに抱えられていることを自覚した。
「よう少年、危ないところだったな!」
女性の声。顔を確認すると、キリっとした目に八重歯。くせ毛が強い後ろ髪。荒々しい雰囲気を思わせる軍人だった。左手には木が銃身に使われている、いわゆる村田銃と正義が記憶している小銃を持っている。
「しっかし最近の若者はやんちゃだねえ」
「沙良、おそらく彼らは先に命令違反を犯した隊員を回収しに来たのだろう」
話しかけてきたのは短髪と西洋風の髭を生やした中年の男性。手には二丁拳銃を携えている。
「そうなのかい少年?」
女性は正義に聞く。
「はいまあ」
「ふむ」
女性は正義を下ろす。
「ここから離れてな少年、私たち『特撃師団』に任せろ」
その圧倒的自信を感じさせる雰囲気に正義は反論の余地はなく、すぐに従い離脱した。
………………
…………
……
正義が離れ、特撃師団の二人は作戦を立てる。
「弾は効きそう? 大輔」
「無理だな。2、3発撃ったが効かんかった。それに先ほど帰還を命令した青年もロケットランチャーを打ち込んでいたらしいが見ての通りだな」
「そうか、じゃあしかたない。あれをやるか」
兵は呟く。
銃が主流となった戦場でも、魔法使いが相手になる魔界でもなお棄てなかった、棄て切れなかった日帝の誇りを、魂を顕現するために。
「「着剣」」
そして銃は剣となる。
第拾肆話を読んでくださりありがとうございます!
当初の設定では、正義君が牙天国綱をもらったのは初陣の前だったりします。
なんで変えたかって? テンポォ、ですかねえ?
感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!