第拾壱話 『隊員集合 準備完了』
「燕玉駅……到着っと」
正義は大きなスーツケースを引きながら電車を降りる。
地下鉄駅の改札を抜けてエスカレーターを上がると、そこには整然と広がっている住宅街。正義がすんでいたところとは違う、もっと新しくてきれいな家やマンションがたくさん建っていた。
(さすが東京、都会の方ではないといえ家も全然きれいだなあ)
スマホの画面を操作し、目的地までの距離を調べる。
「ここから徒歩十五分、頑張るか」
彼が大荷物をもってこの帝都に来た理由。それは、彼が『転校』したからである。
遡ること六日前。
***
正義が自室でくつろいでいると指輪に近藤からの連絡が入る。
『明日か明後日に軍の人が君の家に行くよ。例の転校について保護者に伝えるから正義君もその話に合わせてね』
もともと正義も軍に入った以上、そういった話があるとは近藤から事前に聞かされていた。高校を変えるというのは、友達や知り合いと離れることを意味し、多少の不安はあるものの軍に入った宿命と割り切ってすぐに受諾。
翌日、ワックスで髪をがちがちにした葛葉と名乗るスーツの男性が正義の家を訪ねてきた。
曰く、
『先日、正義君がうちの学校の理事長を命の危機から助けてくれた。その理事長の願いで正義君を我が学校に招待したい』
とのこと。
確かに一週間前に正義が外で歩いていた時、道端で倒れていた一人の老人を介抱し救急車を呼んだ。それが軍の仕組んだ転校の理由作りだったことを正義はここで知る。それからスーツ姿の男性の説明、正義の転校の意志など諸々が話し合われた。
祖父である源一郎も少しは反対だとか不信感を表すかと思ったがそんなこともなく、
「正義が行きたいのならば行かせよう」
とだけ言って話し合いは終了。正義の転校が決まり、その後の手続きは葛葉と源一郎がやってくれた。
***
そして現在、目的地に向かう途中の信号を待っていると後ろから声をかけられる。
「ねえ君、君も鬼灯寮に行くのかい?」
非常に爽やかな声。
正義のこれからの下宿先である鬼灯寮という単語が聞こえたので振り返ると、そこに立っていたのは身長175以上あるであろう長身の青年。
正義の目を引いたのは2つ。ひとつはその顔。テレビに出ている俳優やアイドルと遜色ないくらいのイケメン。顔の雰囲気から自分と同じくらいの年とはわかる。こんな人がクラスにいれば部屋中の女子が彼に惚れてしまうだろう。そしてもうひとつは彼の前髪の一部。日帝人らしい黒髪だが、前髪はそこだけ染めたかのように白髪であった。
「はい、えっと、あなたも?」
前髪白髪の青年は正義にはまぶしすぎるニコッとした笑顔で答える。
「うん、それとあなたじゃなくていいよ。僕の名は樫野涼也。涼也と呼んでくれて構わない」
「じゃあ涼也、俺は晴宮正義、よろしく」
「うん、正義君だね。寮までもうすぐだし、話しながら歩こうか」
そこから出身や趣味などをお互いに話しながら寮へと向かう二人。
知らない人と話すのが苦手だった正義だったが、涼也の話のリードが上手く、目的地に着くまで途切れることなく会話を続けられた。
数分後、目的地である寮に到着。
住宅街の中にありながら、ひときわ目を引く建物。それは寮というより、小さな館と呼ぶにふさわしい風格を備えていた。二階建ての煉瓦の壁に左右対称の端正なデザイン。中央の玄関扉を挟んで両脇に並ぶ窓が規則正しく配置されている。寮の扉の前には石でできた道と今正義たちの前にある大きな門。
鉄格子でできた門が少し空いており、二人はそこから中へ入る。寮の扉を開けるとそこは何人も一緒に靴を履けるような余裕のある玄関と、学校のような広い廊下がまっすぐに続いており、廊下の壁にはドアがいくつか。その先はおそらくリビングだということが正義にも察せられた。
二人は廊下を抜け、リビングに入る。すると、正面の壁全体がガラス張りになっており、小さな森のような中庭が広がっていた。上を見ると吹き抜けであり天井は高い。部屋の幅は軽く、十五人は同時に暮らせると思わせるくらいの広さ。左手にはおそらくキッチンらしき間取りと十人は座れる大きな食卓。右手には壁に取り付けられた大きなテレビとそれを「コ」の字に囲う複数個のソファー。
そしてこの空間にいる四人の若者。
そのうち2人を正義は知っていた。
食卓で一人肩肘をつきながらスマホを眺める紫がかったショートヘアの少女。
(たしかあの人は、訓練場で睨まれた、名前は……天城由良さんだっけ?)
由良は正義を一瞥するが、なにをするのもなくすぐにスマホの画面に目を戻す。
そしてキッチンの奥、おそらく二階に続く階段から少女が一人降りてきた。腰まで伸びた長い黒髪、正義は彼女を知っていたが名前が出てこない。
すると隣に立っていた涼也が彼女に話しかける。
「久しぶりだね、燐ちゃん!」
燐、と呼ばれた少女はその呼びかけに反応した。
「あら? 涼也さんではありませんか」
物静かな雰囲気のまま燐は涼也に返答。驚く所作もまるでお嬢様のようだ。
「うん、君も呼ばれたんだね」
そんなやり取りを二人がしてると右のソファー、軽快な少年がソファーの背に手を置き、正義に話しかける。
「あれ、正義君じゃん! 久しぶり! 覚えてる? 俺っちのこと」
その特徴的な一人称と、目が隠れるほどのに長い前髪の少年。正義は彼を覚えていた。
「……彗くんだっけ?」
「いやーまさか正義君もいるとは!」
「おいィ、人が集中して本を読んでるンだ、静かにしてもらえねえかァ?」
爽快な声色で正義へ話しかける彗にその右、山吹色の髪色に後ろで髪を結んでいる男が慧に注意する。眼鏡をかけているがその眼光と顔つきは一般人のそれではなく、低く重い声と威圧的なしゃべり方は、幼い子なら泣き出してしまいそうだ。
「ああごめんね、翔真君!」
服の上からもわかるすらりとした体形はモデルのようで翔真と呼ばれた男はすぐに手元の本に目を移した。
その姿を馬鹿にしたような声色で叫ぶ、翔真の正面にいたもう一人の男。
「まったくよお! 少しはつええ奴がいると思ってきたんだが、こんなインテリがいるなんて聞いてねえぜ!」
その男は振り返って正義と涼也をにらみつけるように見ると鼻で笑う。
「見た目凡、とノッポ! ま、ザコだな」
人をイラつかせる態度だが、その男の目はまるで獣のように鋭く、逆立てた彼の金髪にはところどこに赤いメッシュが塗ってある。
その言動は挑発もあるがそれ以上の自信を含んでいるように思えた。
涼也は煽った男に笑顔で言い返す。ノッポと言われたことに怒ったというよりも煽られたから煽り返すために。
「うん、僕は君の名前を知っているよ。火御門『仄』くん。なんともかわいい名前じゃないか」
仄という部分を強調して挨拶をする涼也に仄がキレた。
「よし殺す」
仄は乱暴に立ち上がり、涼也を見上げる。仄の身長は160センチに満たないが、その殺気はまるで狼。
まさに一触即発の空気が漂う。
その場にいる人はこのけんかを止めようとしない。
目の前で起こるだろうケンカに対し正義がどうしようかと迷っているとき後ろから低く落ち着いた声が彼らの注意を集める。
「ここでのケンカはやめていただきたいですね」
正義は咄嗟に振り向くが誰もいない。が、視界の端っこに白いものが見え、そのまま下を見るとそこには不思議の国に出てくるような二足歩行のウサギが執事服を着て立っていた。脚から耳の先までは正義の腰ほどまでと小さい。
正義は驚いて後ろに下がり、その空間にいた全員がそのウサギに注目。
ウサギは礼儀正しく頭を下げてあいさつする。
「皆様初めまして。ワタクシこの寮を管理しております、イナバと申します。このたび、皆様『破暁隊』のお世話をさせていただくなりました。よろしくお願いします」
「破暁隊?」
正義が謎の言葉と目の前の光景に困惑していると部屋の奥から近藤が出てきた。
「みんなそろったようだ……二人いないな、イナバ? 緋奈と光は?」
「緋奈様は二階の個室で休んでいらっしゃいます。光様はまだご到着されておりません」
「まじ? 夜はともかく、光の実家はオッケーしたって言ったのにここで嫌がらせしてきたかあのババア」
怪訝な顔をした近藤だったがすぐに切り替える。
「さて! 若人たちよ、よく集まってくれた! これより君たちは大日輪皇國軍第一軍団特殊部隊、『破暁隊』の隊員となった。この部隊創設の目的は『個』の強化である。そのため君たちはこの部屋のもとで共に暮らし、お互いに切磋琢磨して自らを高めてくれ」
黒髪の少女、燐が手をあげる。
「お互いに切磋琢磨、とは、このメンバー同士で戦うと? 一般の任務はどうなるのでしょうか?」
「部隊としての任務もあるし、個人の任務もある。さらに僕から各人に個別の課題を出させてもらった。これらをこなし、自分を高めていってくれ」
「この人たちと戦えないと?」
燐は少し怪訝そうな、不安そうな顔で聞く。
「この隊専用の結界も押さえてある。戦うならその人の了承を得てからそこで戦ってね」
「わかりましたわ」
燐はニコッと笑う。
そう説明した後、近藤は後の説明をイナバに丸投げした。
「ということで、イナバ! あとはよろしく。僕は光を迎えに行くから」
「かしこまりました」
近藤は玄関の方に歩いて行った。
彼が建物から出たあと、イナバの説明が始まる。
「これから破暁隊の説明を始めます。あなたたちは近藤様がお集めになった、これから変動していく世界に対応するための実験的な育成部隊でございます。先ほどあなたたちの軍連絡指輪の連絡網に『破暁隊』の欄を作りました。以降、『破暁隊』の任務はここでお知らせいたします。加えて各個別の連絡欄に課題を送りました。この課題の期限はありません。破暁隊が使える結界は5つです。課題や戦闘訓練はそこで行ってください」
正義が指輪を触って確認するとメールアプリのグループのようなものに入らされ、『課題』や『破暁隊について』というメールが届いているのを確認。
その後結界や寮の説明がなされた後、正義は二階に用意された個室で荷物の整理をしてその日は終わった……かに思えた。
***
夜二時、正義はやっと寮に帰還する。
というのも、夜九時に近藤から呼ばれ、隊の結界で訓練を行っていたからだ。正義自身も先の戦いで援護がなければ負けていたことを自覚し、悔しさから自主練をしたせいもあり、終わったのがこの時間になっている。
まぶたが重く、視界がぼやける。記憶を頼りに水分を採ろうとなんとか冷蔵庫の前までたどり着く。手を伸ばし冷蔵庫を開けようとするが、そこに冷蔵庫の取ってはない。
眠気のせいで目を開けられず、そのまま手で探ると何かをつかんだ。だが冷蔵庫の取っ手のような無機質なものではない。
正義が怪しんで目を開けるとそれは人の肩だった。それを確認した瞬間正義の脳が50%覚醒し、無意識に、だが人間としては当たり前の行動としてその人の顔を確認する。肩をつかまれた人も振り向いて正義と目を合わせた。
そこにいたのは美少女。
肩ほどまで伸びた血のように赤い髪、ルビーを思わせる美しい深紅の瞳。正義がの脳がもし100%稼働していたなら彼女の美貌に顔を赤らめるだろう。そして同年代だとは思うがそれにしては目を引く豊満な体。
脳が半分しか動いていない正義でも自分がたった今『見知らぬ少女の肩を掴んでいる』という状況をかろうじて辛うじて理解し、脳が75%まで目覚めて視界から入ってくる情報を脳が処理し始める。
その状態では、少女が今寝間着を着ていること、パジャマシャツのボタンがすべて外れており、大きな胸の谷間がまじまじと見えること、裾の短いズボンからは白い太ももが見えていることが分かった。
その瞬間、二人の意識が一気に覚醒する。 正義は『女の子の半裸を見てしまった』ことを自覚し、少女は『見知らぬ男子に無防備な姿をさらしてしまった』ことに気づいた。
その自覚が正義の脳を一気に覚醒させ、なんとか言い訳しようとするも、
「ちがっこれは! 不可抗力で!」
「ッッ! この変態!」
そんな言い訳が通じるわけもなく、上ずったとともに少女の平手打ちが正義の頬に炸裂。
少女の平手打ち、疲れ切った脳で正義は意識を失った。
第拾壱話を読んでくださりありがとうございます!
一癖も二癖もある子がたくさんですね(作者目線)
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