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第百陸話 『摩利支天祭二日目・参』

 残りの正義、燐、由良は現在研究エリアにいた。

 うち正義と由良は研究エリアの中心、大講堂のスタッフエリアの廊下を歩いている。大講堂では軍の技術に魔王軍について・魔界の詳細など、様々な研究が発表されている。

 講堂の中、実際に講演が行われる空間は二階席まであり、スタッフエリアに行く途中にチラリと見たが、あの大空間で話すのは非常に勇気のあるものだと感じた正義であった。

 バックヤードまでは従業員に案内された二人であったが、そのときにもらった講堂で開催されるスケジュールは、研究だとかに疎い正義でも興味が湧いてしまうようなタイトルがいくつかあった。


「『朝の大都ウルブス・マトゥティナにおける形成の歴史と社会的問題について』か。これって魔界にある町なの?」


「らしいが詳しいことは知らない。気になるならその発表に行ってみれば?」


「そうしようかなあ。燐さんもまだまだ時間がかかるっぽいし」


 ちなみに今燐さんは大講堂のとなりに設置してある刀売り場、文字通りたくさんの刀鍛冶が自分が製作した武器を売っているフリーマーケットを訪れている。戦争が終わって、摩利支天祭本戦が始まる前に刀を新調したいらしい。


「そうしろそうしろ。そのあとも一つぐらい講演を見ているといい」


 正義に講演を勧める由良。彼女にしてはずいぶんと機嫌がいい。声は半トーンほど高く、歩く速度もいつもより速いようだ。

 正義への冷たい態度は変わらないようだが。


「この『新兵器、発表してみた』ってやつか? う~ん……興味がないと言えばうそになるけど……」


 某動画サイトのタイトルのような講演タイトルにいささか疑問に思う正義。重要そうな内容にしてはタイトルが軽いような気がする。

 

 そんなこんなで数分後、二人はひとつの扉の前に案内された。扉の横には中にいると思われる人物の名前があった。正義がちらりと見ていればこう書かれている。


『天城疾風(はやて)


「ここが由良様の目的地となっております。正義様は引き続きついてきてください」


 ここで正義は由良と解散する。正義もまた別の場所に用があるのだ。


「じゃあ後ほど」


「ああ」


 返事だけして由良は部屋に入っていった。



 ***


 

 中に入ると一人の男性がいた。彼が天城疾風(はやて)だ。

 白衣を着た、どんよりとした目の下にクマを作り、生活感のうすい髪をした柔和な表情の青年は生気のない雰囲気をまとっているが、彼が由良を見ると幾分か表情が元気になった。


 だが注目すべきはそこではない。


 疾風と対面した由良は…………



「おに――――ちゃ――――ん!」


 

 満面の笑みを浮かべて彼に飛びついた。いつもの由良とは似ても似つかない、感情豊かな一端の少女。

 飼い主を見つけた犬のように飛びついた衝撃で疾風(はやて)は後ろに倒れてしまう。なんとか背後にソファがあったのは不幸中の幸いだ。


「は――――おにーちゃんのにおいが沁みる――――」

 由良は兄の胸に顔をうずめ、思う存分兄のにおいと肉体を堪能する由良。こうなってしまってはもう離れないと疾風(はやて)は知っている。


 10分後、いつまで経っても顔を胸に押し付けてくる妹にさすがに気が引け、彼女を引きはがす。

 すぐに離れたくれたものの、少しだけ抵抗する由良。ずっと鬼灯寮にいたため、その分の寂しさはまだ補えていないらしい。

 となりでお菓子を食べ始める由良に話しかける疾風(はやて)


「破暁隊はどうだい? 由良」


「…………楽しい」


 兄の前では取り繕う必要はない。だから楽しいという彼女の気持ちは本物だ。


「ならよかった」


 由良と兄、疾風(はやて)は諸事情でずっと二人一緒に生きてきた。先ほどのように自分が大好きなのはいいが、依存しすぎて破暁隊でもちゃんとやっているのか心配だったのだ。

 だから彼女から楽しいという言葉を聞いて兄は安堵する。自分がいなくても彼女が生きていけることに。もちろん妹がいないというここ数ヶ月の生活は寂しかったが。

 



 だからこそ、()()()()()()()。彼女の幸せを奪っていしまうかもしれないことに。


 肩に寄り添っている由良を見つめながら、疾風(はやて)の心に多少の罪悪感が芽生えた。



 ***



 「開始までに間に合うかなあ……」


 由良と別れた後、用事を済ませた正義は気になっていた、『朝の大都ウルブス・マトゥティナにおける形成の歴史と社会的問題について』という講演を見るために大講堂へと向かっていた。


 従業員に尋ねながら正義は進む。


 その道中、正義は杖をついた男性に声をかける。男性は白衣を着ており、多少薄く色の落ちた髪に眼鏡をかけているやつれた顔はある種の不気味さをまとっており、正義は少しだけ話しかけるのを躊躇ってしまうほど。


「すみません……大講堂まではどう行けばいいですか?」


 正義に話しかけられた男性は全く顔色を変えることなく、されど無視はしないで質問に答えてくれる。


「この道を……まっすぐ行ってあそこの角を右に曲がると……大講堂だ」


「ありがとうございます」


 お礼を言って立ち去ろうとした正義だが、その男性に呼び止められた。いや、彼の言葉を聞いた正義が止まったと言ったほうが正しいか。


「私は天城二郎(じろう)だ」


 天城。その苗字を聞いて止まらずにはいられなかった。なぜならそれは仲間である由良のと同じ苗字だからだ。

 立ち止まり、確認する前に二郎は正義の疑問を見透かし、答える。

 

「君が思っている通り、私は破暁隊の隊員、天城由良の父だ」

 

「えっと、いつもお世話になっております……」


「こちらこそ、娘と仲良くしてくれて感謝する」


 仲間の親族には初めて会った正義は緊張し、多少頭を下げながら当たり障りのないことを言う。

 一方二郎も上半身を曲げて正義に感謝の気持ちを表す。杖を突いていることから足腰が悪いということが察せられるのに。

 年配に頭を下げられ、居心地が少しだけ悪い正義だが、二郎が頭を上げた次の瞬間その感覚はなくなり、なぜか恐怖が少しだけ芽生えた。幽霊だとかに出会ったものではなく、厳しい先生に圧をかけられたようなもの。

 二郎は先ほどよりも大きく見えた。杖を体の前につき、背筋を精いっぱい伸ばしたのも正義がそう感じた一端であるが。


「単刀直入にいおう。私は由良を破暁隊から引き抜こうと考えている」


「引き抜く?」


 正義の心から恐怖が消える。気圧されていた正義だが振り向くのをやめて、正面に二郎と対峙する。

 少しだけ声が低くなっていたのも、怖気づかないようにするためだろう。


「軍人を止めさせるのだ」


「なぜですか?」


 正義の声がまた一段低くなる。怖気づくのをやめたのではない、目の前の男に怒りを覚えているからだ。


「由良は弱い。先の戦争で由良は戦功をあげたが、それは偶然が重なっただけ。由良には戦闘の才能、軍で戦い続ける才能はないのだ。彼女にあるのは私と妻、疾風のように、研究者としての才能のみ。もう勝利の愉悦には十分浸っただろう。これからは研究者としての道を歩ませるのだ」


「ふざけないでください」


 二郎の言葉を聞くたびに正義の中の怒りはどんどんと積もっていった。由良、仲間が侮辱されたのだから怒るなと言う方がおかしい。彼女のことを勝手に決めつけ、そして無理やり将来を決められることが正義にとって許せなかった。なにより、発言者が実の父ということが、正義の逆鱗に触れた。


「由良が弱い? あなたが軍人としての由良の何を知ってるんですか!? 由良さんは毎日毎日狙撃の訓練をしてますし、天翔武鎧でも戦えるよう練習してます」


由良の努力はとなりで銃の引き金を引いてきた正義がなにより知っている。その努力を否定されたことに憤りを隠せない。


「そんなもの軍人として当然の義務だ。私が言いたいのは、彼女には戦闘の才能がないということだ。貴様らと違ってな」


「違う?」

 

 あまりにも苛立ちすぎて、正義は仲間の親を目の前にしても体裁をとることなく、怒りの感情をそのまま向ける。

 二郎は怯むことはないが。


「幽玄廷の弟子・京都の一番矢の天才・特撃師団副団長の養子・武族十六家の倅・登尾家の長女・火芒師団副団長の弟・妖魔四大貴族の娘、そして……勇者。彼らに比べれば由良には戦えるだけの経歴を持っていない。私には近藤さんがなぜ由良を選んだのかわからないのだ」


 二郎の説明は確かに由良を止めさせる理由足りえるものだった。さすが研究者と言うべきか、根拠もしっかりしている。


「あなたが由良を止めさせたい理由はわかりました」


 先ほどまで二郎に敵意を向けていた正義だったが、今はもうおとなしく見えた。


 仲間の承諾を得られたと思い込んだ二郎だが、次の瞬間正義が再び口を開く。二郎を見据えて。


「でも納得はできません。何度でも言います。由良は強い。あなたが思っている何倍も。あの特級戦功を偶然だなんて言わせません! この俺の仲間を……馬鹿にしないでください」


 正義は理解はした。だがそれを受け入れることは決してできない。


「…………」

 

 正義の自信に満ち満ちた感情に初めて二郎が動揺する。最初彼を観たとき、勇者とは思えなかった。目の前の少年があまりにもどこに でもいるような平凡な少年だと思った。

 だが今は違う。

 眼の中に闘志を燃やし、向けられる「意志」には明確な正義感があった。その正義感は、弁護士だとか警察官が持つような社会的な正義感ではない。

 彼の正義の所以は自分こそが正しいという傲慢にも似た感情だ。


 だからいくら説得しようとも正義は動くことはないだろう。


 このままだと平行線であると両者判断する。


 最初に口を開いたのは二郎。


「ならば証明してみせよ。由良が強いということを」


「証明?」


「明後日から行われる摩利支天祭本戦。そこで由良が上位20位以内になれば、私は引き抜くことを止めよう」


 摩利支天祭本戦。その詳細を正義はなんとなくしか聞いていない。しかも結果を出すのは自分ではなく、由良。

 ふつうの人なら不安要素しかない条件に正義は……


「いいでしょう」


 臆することなく答えた。目に浮かぶ覚悟には一切の揺らぎはない。由良を信じると言ったのだから当然だ。


「では楽しみにしているよ。破暁隊」


 そう言って立ち去ろうとする二郎の背中へ正義は一言告げた。それは怒りだとかの感情ではない、仲間を想っての言葉。


「それと……由良に面と向かって弱いだなんて言わないでくださいよ。自分の親からの否定ほど、子供にとって残酷なものはないんですから……」


「……わかった」


 そう言って二郎は去った。



 ***



 二日目夜。


 正義の班は鬼灯寮に戻ってきた。


 時刻は午後九時。三人目一杯祭りを楽しんできたということだ。もっとも、正義は由良の父と口論したことによる意気消沈で完璧に楽しめてはいないが。

 

 三人がリビングに入ると、執事のイナバが話しかけてきた。


「正義様。あなた様宛にお荷物が届いております」


 イナバの言葉の後にリビングの長机の上を見てみれば、白銀色をした直方体のケース。


「何が入ってるのですか?」

 

 正義の後ろにいた燐の問いに正義は元気に答える。このとき、正義は嬉しさから二郎とのやりとりが頭の中から消えていたのだ。


「見ればわかるさ!」


 正義がラッチを外し、ケースを開けると中に入っていたのは、


 一丁の白いアサルトライフルであった。

第百陸話を読んでくださりありがとうございます!


一応正義君はちゃんと講演を聞きに行ってます。


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