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第百伍話 『摩利支天祭二日目・弐』

「たくよぉ……なんで女ってのは取り繕うのにあんなに金かけるんだろうな?」


「女の子ってのはそういうもんだよ。仄」


 売店エリア。屋台ではなくちゃんとした店が建ち並ぶ商店街で慧と翔真はジュース片手に壁にもたれながら仲間の買い物が終わるのを待っていた。

 もう一人というのは八坂緋奈。

 彼女は商店街の中の一店、MAKIAという化粧品メーカーの出張店舗に行っている。

 MAKIAというブランドは日帝の中でも非常に有名な化粧品メーカーであり、テレビや動画サイトでもよく広告を見かけるもの。女子にとっては憧れの的なのだろう。

 一方でその価値が全くわからない男子たちはその店に言っても仕方ないため、少し離れたところに待機している。

 最初は店前にいた二人であるが、あまりにも人、特に女性が多くて居心地が悪かったため、その場から逃げるように離れた二人であった。

 

 そんなこんなで雑談していると人ごみの中から騒がしい声が聞こえる。最初は気にも留めない二人であったがなにやら声はどんどんと大きくなっていく。いや、声が近づいてくると言ったほうが正しいか。


 最初に何を言っているかはっきりと聞こえたのはこんな言葉であった。


「あー! チビ先輩だ!」


「ほんとだー! チビ先輩!」


 チビ先輩と聞いた瞬間仄が石造のように固まってしまう。慧も仄の様子が変わったことに気づく。

 理由を尋ねる前に人ごみをかき分けて幼稚園児くらいの少年少女が数名仄に近づいてきた。どうやらチビ先輩とは仄のことを言っているらしい。


「チビ先輩久しぶりー!」


「ずっと来なかったじゃん! なんでー?」


 すぐに仄は子供たちに囲まれてしまった。仄は子供と関わることに一瞬嫌そうな、めんどくさそうな顔を浮かべるも、諦めたような様子を見せ、

 

「なんでてめえらがいるんだ……」


 と質問。しかし子供たちは久しぶりに仄とあったことに興奮して答えてくれない。よく見ると仄を知らない子供もいる。ますます困りそうになった仄。


「遠足のようなものです。陰陽の教室ではそういったイベントがあるんですよ」


 子供たちに戸惑っていると彼らに遅れて二人の大人が向かってきた。うち一人を見た仄は驚きの表情を浮かべる。

 

「小川先生!」


 戦争前に仄に陰陽の教室で指導してくれた小川先生だ。久しぶりの再会に仄は喜びを隠せない。隣には眼鏡をかけた金髪の青年が立っている。

 その人物が誰かを仄は問う前に、彼は自己紹介してくれた。


「初めまして。俺は藤田だ。陰陽金之道の初級クラスを教えている」


 金之道と聞いて仄は若干の戸惑いを見せる。なぜなら陰陽師は通る「道」どうしの中が悪いのだ。昨日も仄は金芒師団とサッカー対決したが、試合中は相手から嫌悪感だとかをひしひしと感じていた。

 だから火の道を歩む小川先生と金の道を歩む藤田先生が一緒にいることが不自然に思えたのだ。


 仄の疑問を見透かしたように藤田先生が口を開く。どうやら仄の考えは顔に出ていたらしい。


「違う『道』の人どうしは仲が悪いことも多いけどね、最近はそういったわだかまりは少なくなったよ」


「敵対意識というのは教室内で養われるものですから。そこに行かなかった仄さんは幸運です」


 小川先生と藤田先生、そして金と火という初級の教室の二つの生徒が仲良くしていることから納得する。

 

 数分後、子供たちが慧や藤田の元に行きはじめたころに、小川先生が仄の隣に立つ。


「魔王の撃破、おめでとうございます」


「お、おう。ありがと……ございます」


 急な賞賛に仄は動揺しながら返事。自分自身を褒められたのは久しぶりであるため少し恥ずかしい気分だ。


「一ヶ月ほどとはいえ、あなたを育てることができたのは本当に光栄です。師としてこれ以上誇らしいことはありません」


 ますます恥ずかしくなり、嬉しさを隠しきれない仄。口元からうすら笑いが漏れ出てしまう。

 けれども一つだけ言いたいことがあった。はしゃぎたい気持ちを抑えるのも兼ねて小川先生に宣言する。

 

「これ以上? いいや、俺様たち破暁隊はこれからもっと強くなってどんどん功績をあげるぜ! ()()()すんじゃねえぜ!」


「なんだよ誇ら死って……」


「誇らしすぎて死ぬことだ!」


 隣で子供たちと戯れている慧が意味の分からない単語を話す仄にツッコむ。

 

 ただ小川先生は彼の態度が少し意外に思えていた。

 彼女はかつての、破暁隊に入る前の仄を知っているのだ。


(昔、陰陽火之道を歩むものが参加する大会であなたを見たことがありますが、そのときのあなたはなにか焦っているようで、暗闇でもがいている、そんな雰囲気でした。灯はあるのに、照らせないせいでなにもわからない。けれどもう大丈夫そうですね)


 戦争が始まる二ヵ月前、近藤から仄を初級に入門させてほしいと急に頼まれたとき、最初は面倒であるとともに不安でもあった。ずっと心の片隅で気がかりに思っていた少年が自分に教育できるのかと。

 しかしいざ仄と対面してみれば、随分と彼はおとなしかった。いや、頭を下げたこと以前に、そもそも初級クラスに来たこと自体、彼女にとっては予想外であった。

 訓練で手合わせを何度もしてきたが、そのたびに仄は強くなっていた。道場以外でもたくさん訓練をしてきたのだと、訓練中に感じ取れるまで。

 強くなるとともに仄は明るくなっていった。仲間とともに過ごしていく日常が、彼を変えたのだろう。


 もちろん小川先生は仄とは一ヶ月修業しただけの関係に過ぎない。それでもその一ヶ月は彼女にとって思い入れのある期間となった。


 仄に抱いていた不安だとかはもうない。あるのは安堵のみ。


「聞いた話よりもずいぶんおとなしい少年だね。仄君」


 子供たちに屋台でお菓子を買ってあげた藤田が小川の隣に位置し、壁に背中を預ける。


「おとなしくなった、と言ったほうが正しいかもです」


「なるほど。私のデータにそう加えておこう」


 データ、という単語に小川が反応。怪訝な表情を浮かべる。


「他人をデータ化するのはいいですけど、本人たちには言わないよう頼みます。気分がいいものではないので......それに仄君もデータにしてるんですか?」


「だから君の前でしか言わない。そして仄君だけじゃない......破暁隊はみんな頭の中に入れている。だって......」


 藤田は子供たちと戯れる慧と仄に視線を送る。それは生徒に向ける教師のまなざしではなく、戦士が相手を見定める眼。


 「摩利支天祭の戦いの中で出会うかもしれないだろ?」

 

 突如仄が藤田のほうを向く。

 最初は藤田の戦意に気づいたのかと思ったがそうでもないらしい。仄の目線は藤田の背後に向けられているから。


「……ようやく終わったか、緋奈」


 呆れた様子でそう話す仄の視線の先にいるのは、無料で買ったたくさんの化粧品が入った袋を抱えてほくほく顔の緋奈。

 そして彼女と一緒にやってきた、黒髪でおしとやかな女性。腰どころか膝まで伸びた、長くて煌びやかにも見えるその髪の先は白く染まっている。


「っ! 姉さん久しぶり!」


 その女性を姉さんと呼んだのはなんと小川先生。よく見れば小川先生と姉は目元が似ているように仄は思えた。

 姉妹が楽しく話している最中、仄は姉のほうをずっと見つめていた。


「なーに? 哀さんと知り合いなの? あんた」


 小川先生の姉、哀をずっと眺めている仄に緋奈が話しかける。男子に話しかけるにしては緋奈の態度は先ほどから浮ついている。


「緋奈さんこそ、なんであの人と一緒にいるの?」


 話に割り込んだ慧の質問に緋奈は興奮しながら返答。


「聞いてよ! 店で見てたらね、哀さんが声をかけてくれたの! あの有名『デザイナー』、哀さんがよ!」


 皆さんご存じのと言わんばかりの姿勢であるが、慧は全く哀のことを知らない。男子高校生が女性のデザイナーを知っているはずはないのだ。だが知らないと言って白けさせるようなことはしない慧。頭にはてなを浮かべながら話を聞く。


 その中で仄は依然として哀のほうを向いていた。彼女も仄の視線に気づいたのか、彼に近づいて、頭を撫で始めた。


「あなたも久しぶりですね。大きくなり………………ました?」


「なんで疑問形なんだ!」


 間接的に小さいと言われたことに怒りながら頭に置かれた手を振り払う仄。変わらない彼女の態度に本人だと気づき、彼女に威嚇する。


「知り合いかって聞いたな、緋奈。その通りだ。哀……さんは、第五軍団火芒師団()()()。つまり、俺の兄貴の部下だ」


 小川哀。仄の言う通り、第五軍団火芒師団副団長だ。だから仄とも何度もあったことがある。

 

 警戒心を向けられる哀は全く怯えないそぶりを見せつつも、瞼を少しだけ閉じたその目は仄を図るよう。


「強くはなったみたいですね。……背は伸びていないようですが」


「一言多い! それと五年前から三センチも伸びとるわ!」


()? 三センチ()()じゃなくて?」


「ツッコむところそこかい!」


 姉妹両方に身長を弄られて全力でツッコんでしまう仄。子供たちからもチビ先輩と弄られ、さらには金の子供からも言われ始めて居心地が悪くなった仄は


「もう行くぜ!」


 と叫んで慧と緋奈を連れここから離れることを決意する。

 

 だが歩き出す寸前、哀が仄に告げた。


「そうそう。摩利支天祭本戦。()さんもでるらしいですよ」

 

 兄の名前を出されたことで思わず停止してしまう仄。力試しと思っていた本戦でまさかの因縁の相手ともいうべき名前を出されたのだから仕方ない。


「どうした? びびりましたか?」


 先生の問いに仄はわざわざライターを取り出し、点火して炎をまといながら姉妹へと荒々しい笑みを浮かべて凄む。


「滾る!」

第百伍話を読んでくださりありがとうございます!


緋奈「わざわざライターを出すのはちょっとダサい」


仄「うるせえ! こういうのは雰囲気が大事なんだよ!」


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