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第百参話 『摩利支天祭 一日目 後半』

「あ、姉貴…………」


 翔真から姉貴と呼ばれた女性は満面の笑みを浮かべる。どうやら翔真と会えたことを喜んでいるようだ。屈託のない彼女の笑顔は一周回って張り付けられたよう。


 一瞬の間が生まれたのち、翔真は彼女に背を向ける素振りを見せるも、彼女のほうが早かった。

 すかさず翔真の正面に立ち、彼の後頭部に手をまわして……


 なんと思い切り自分の胸に押し付けた。


「もー! 戦争前も戦争の後もなんでワタシのとこにこなかったの!? ずっと会いたかったのに! 戦争で頑張ったらしいじゃない! 今日はあんたの祝賀会よ!」


 一見女性の胸に顔をうずめるということは、文面を見れば羨ましいと思うかもしれないが、正義と慧はそうは思わなかった。

 なぜなら彼女の胸はほとんどないに等しいからだ。うずめるというよりもぶつけると言った方が正しい。


 現に翔真が彼女につかまったとき、胸にぶつかった瞬間、『ゴッ!』という鈍い音が響き、翔真は気絶した。


「じゃあね! 今日はこいつ借りるから!」

 

 何が起きたか受け入れる前に女・高菱綺羅は気絶した翔真を連れて行ってしまった。


 

 ***


 

「大丈夫かな? 翔真」


「姉貴って言ってたし知り合いだとは思うんだけど、翔真君いつもお姉ちゃんの愚痴しか言わないから、大丈夫とは言えないかもね」


 翔真が連れ去られたことがあまりにも唐突だったせいで二人は何もできなかった。

 慧が言うように知り合いのようであったから深くは関わらない。帰ってきたら慰めてやろうとひっそり決意した二人であった。


 さて、慧と正義が訪れているのは繁華街。

 先ほどまでは個人の屋台が建ち並んだまさにお祭りのような場所であったが、現在二人がいるのは、大きい神社の周りにあるような商店街だ。まるで初もうでのときのように、人の波で前に行くのも一苦労。

 しかしここで売っているとある饅頭が非常に絶品であると評判であり、三人……今はふたりであるが……はそれを食べようと決めていたのだ。


「翔真にお土産買ってやろうな」


「もちろん!」


 談笑しながら人混みを進んでいくと、突如空から破裂音が鳴り響いた。

 びっくりして人々は、そして正義と慧の二人が上を向けば、


「どわ――――!」


 と叫びながら、上半身裸の男が落下してきたのだ。ちょうど正義たちの真上から降ってきたこともあり二人は大慌て。

 すかさず飛びのいて男を回避。男は顔面から地上に激突してしまう。


「いてててて…………」


 起き上がって頭をさする目の前の、灰色の髪をしたやせ型の男は、高所から落下したにしては気絶する様子も、大きなけがを負っている様子もない。

 人々が困惑していると彼らの頭上、正確には正義たちの左側にある建物の二階の窓から一人の女性が顔を出して叫ぶ。


「ほんッと最低! 私がいながら他の人と付き合うなんて! もう知らない!」


 人の目が集まる中、女性は恥ずかしがるような様子もなく落ちた男に怒りをぶつけ、そしてそのまま部屋の奥へと行ってしまった。

 大丈夫ですか、と正義が男へ声をかけようとしたが、別の人物が先に声を張り上げる。

 

「な、なにやってるんですか師匠?!」


 なんと隣にいた慧が男にそう言いながら駆け寄った。顔を上げたやせ形の男の顔は真っ赤。慧の支えがあってもふらついているからおそらく酒を飲んでいたのだろう。

 慧の顔を見た男はまるで酔いが覚めたかのように目を見開いて驚く様子を見せる。


「慧じゃねえかぁ! なにしてんだこんなとこでぇ!」


 女に振られた直後とは思えない軽快な態度で慧の肩を叩く中年。落とされた建物の一階は居酒屋だったらしく、お店の奥に向かって声を張り上げる。


「これからこいつの祝勝会を開くぜぇ! 今から一時間! なんでも食え! おれのおごりだあ!」


 中年の宣言で店内の人たちが大喜び。一段と騒がしくなった。

 慧はいったん中年から離れようとした慧だが一度掴まれた肩は簡単に外れることはなく。


「俺っちこれから友達と…………」


「へ? 祝勝会に当人がいなくていいわけねえだろぉ? さあ来い来い!」


「ああああああぁぁぁぁ!」


 酔っぱらったおっさん、烏丸(からすま)蓮司(れんじ)に反抗することができず、引きずられるように翔真よろしく慧は居酒屋に吸い込まれていった。


「どうしよう……」


 一段落したせいか、人ごみの流れは元に戻ってしまい、立ち尽くすのも邪魔になると思った正義はすぐに道路の脇に避ける。

 慧はもう店の中に取り込まれたと言ってもいい。正義ひとりでは彼を救うことは難しいだろう。


(ひとまず涼也たちと合流しようかな。みんなのシフトが終わってあの三人は集まるだろうし……)


 涼也、緋奈、由良は全員祭りで仕事があるらしい。時計を見ればちょうど三人が終わる時間であるから、彼らと会おうと正義は考える。


 だが、


 突然正義は左足のズボンのすそを引っ張られた。足元を見れば幼稚園児にみたないほどの女児がアイスクリームをもって正義のズボンを引っ張っていたのだ。


「おとーちゃん……こんどはあれたべた………………」


 女児が見上げれば、女児がいるとおもった人物はそこにはおらず、見ず知らずの少年。

 お互いが気まずくなる中、女児が叫ぶ。


「おとーちゃんじゃなあぁぁぁぁい!」


 ***


 なんとか女児を泣き止ませた正義はすぐに祭りの運営、迷子センターへ連絡を取る。周りの人の目が集まるなか女児をあやすのは大変だった。いぬのおまわりさんという歌があるが、本当に何を聞いてもなくばかりで正義も参る寸前。精神的にひどく疲労した。

 迷子センターに連絡した正義だが、担当の人は淡々と作業を進めており、どうやらよくあることなのだろうと考える。

 

 数分後、迷子センターの係員より、今正義が一緒にいる女児の家族から連絡が入った旨を話される。

 場所は研究エリア。正義と女児はすぐにそこに行くことにした。


 女児の手には先ほど持っていたバニラのアイスクリームではなく、三段重ねの豪華なアイスをもっている。正義が彼女をあやすために近くの屋台から買ったものだ。

 

「今から家族の所に行くけど、いいかい? 志保(しほ)ちゃん」


 しゃがんで笑いながら、迷子の女児、志保と目線を合わせる正義。三段アイスで機嫌がよくなった志保はアイスから目を離すことはないがうんと頷いた。

 志保の右手を握りながら正義は彼女に話しかける。


「お父さんと来たんだね」


「そうだよ」


 三段アイスで気を許したのか、志保は正義の問いかけに応えてくれた。


「でもおとーちゃんきらい。だってあたしとぜんぜんあそんでくれないんだもん……」


 自分勝手な年相応の理由だ。もちろん父側にも何かしら事情はあるのだろうと正義は思うが、だからといって少女に抗弁を垂れるほど愚かではない。

 むしろ正義は彼女の気持ちをいやというほど理解している。


「俺も一緒さ。親父なんて嫌いだ。ずっと傲慢で、冷たくて、俺たちのことなんてかまってくれない……」


 その言葉は志保へというよりも確認のような呟きであった。

 母の葬式の最中に言われた一言、そのあとも勝手に父に自由連邦共和国(フリードニア)に連れていかれた。常にと言っていいほど外出していた父のわずかに覚えている記憶の中では、父は常に何かを見据えていた。

 自分を、子供たちを見るその目は、正義たちというよりもその先にあるなにかを眺めているようで、だから正義は父の眼が嫌いであった。

 正義が九歳のときに子供は日帝皇国にもどされ、そこからは会っていない。優秀な兄である(つとむ)自由連邦共和国(フリードニア)の大学にいる。父ともたびたびあっているようだが正義には兄の気は知れない。なぜ彼に会おうとするのかわからないのだ。


 だからこそ…………


「あ! おとうちゃん!」


 研究エリアについて数分後、志保は突然叫ぶと正義から手を放して前方にいた、なにやら挙動不審の男性の元へと走る。

 挙動不審の男性は志保を見るやいなやすぐに顔を綻ばせて志保の元に走り、彼女を抱いた。


「ああよかった! ごめんなあ志保!」


 涙を流して志保の無事に安堵しているのがおそらく志保の父親だ。目のクマ、整えられていないボサボサの髪をしているやせた男はまるで生気のなくなったサラリーマンのよう。


「大丈夫だったかい?」


「うん……お兄ちゃんが……」


 志保は正義に指をさした。志保の父は志保を抱きかかえながら正義に近づき、頭を下げる。


「本当にありがとう。君のおかげで娘に再会できた……」


「いえいえ……どういたしまして」


 何度も頭を下げられた後、父親が顔を上げて正義の顔を見ると驚いたような様子を見せた。


「もしかして……勇者、晴宮正義さんですか?」


 恐る恐る自分の正体を確認される正義。まさか自分の名前が知られているとは思わず、考える前に、はい、と答えてしまう正義。

 目の前の少年が勇者だと気づいた男はひどく興奮した様子で片腕で志保を抱きながら正義の手を握る。その手は非常にごつごつしており、豆やできものでいっぱいだ。


「まさか戦争の英雄に会えるなんて! 嬉しいねえ嬉しいねえ!」


 屈託のない少年のような笑顔で正義と握手する志保の父親。

 彼の態度に困惑していると一人の女性がこちらに向かってきた。


「おかーさん!」


 最初に気が付いたのは志保。どうやら近づいてくるのは母親らしい。

 父親は母親に志保を預け、いくつか話し込んだあと母親は志保をつれて祭りの人ごみに消えていった。


「父親というのは難しいねえ……」


 去ってしまった家族を眺めた父は最初にそう呟いた。だがすぐに正義へと向きなおす。


「改めて自己紹介しよう。私は粟田(くりた)()()与一(よいち)。君が持っているアサルトライフル、『牙天国綱』の製作者だ」


 なんと目の前にいるのは正義のこれまでの戦いでいつもそばにいたアサルトライフルの製作者だった。動揺しつつもすぐさまでた言葉が、


「本当ですか!? えと、ありがとうございます……俺の武器を作ってくれて……その使いやすいし……」


 牙天国綱があったおかげで先の戦争を生き残ることができたと言っても過言ではない。だから真っ先に伝えなければいけないのは感謝だろう。

 正義から感謝された国綱さんは慣れない笑顔を浮かべている。


「お礼を言いたいのはこっちのほうさ。最近は量産型の武器の性能が上がってねえ。私たちのようなオーダーメイドを営む鍛冶師は不景気なんだ。けれど君が戦争活躍してくれたおかげで私の銃も有名になってね。今では依頼が数十件来ている。家族ができた身としては嬉しい限りだよ」


 与一の疲れた様子に正義は納得がいく。戦争の後からずっと武器を作っていたのだとすれば、彼が元気のなさげな雰囲気をまとっているのも当然だ。

 お礼を言った与一は顎に手を当てながら無言でじろじろと正義の身体を見つめる。


「あの…………なにか?」


 恥ずかしさと困惑を感じながら正義は与一に問う。


「いや、実際に見てみれば違うなあ、と」


「なにがですか?」


「牙天国綱を作ったときは近藤さんから君の身体の情報を紙面で知ったんだ。それを基に作ったんだが、やはり自分で確かめないとどんな武器を作ればいいかわからないね。…………どうだい? これから君に新しい銃を作るのは」


「いいんですか?!」


 作者本人から自分だけの武器を作ってくれるという提案に一瞬喜ぶ正義。だがすぐにひとつの不安が芽生える。


「でも仕事とか大丈夫なんですか? たくさん依頼があるって……」


 与一の疲れているような身体。そしてたくさんの仕事が来ているという言葉から正義は彼を心配するも、与一は気にしない。


「娘と祭りを行くために休暇を取っていたんだが、見ての通り娘を見失うという失態を犯してね。あとは妻に任せて私は今暇なんだ」


「でも疲れているんでしょう?」


「ワーカーホリックと言う奴さ。手を動かさないと駄目な体なんだよ。こう見えても気分は悪くないのさ」


 ひきつった笑顔を見せる与一に若干引け目を感じつつも、正義は製作をお願いした。


「じゃあよろしくお願いします。一応摩利支天祭本戦までには間に合いますかね?」


「もちろんだ!」


 そうして二人は正義の武器を作るべくいったん祭りを離れることにした。

第百参話を読んでくださりありがとうございます!


国綱さん含め「鍛冶師」は刀以外もいろんな武器を作れます。


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