第百弐話 『摩利支天祭 一日目 前半』
豪快な花火もといロケットランチャーが上がってから祭りが本格的に始まった。
開会式に参加した人々はスタジアムから目的の五つの各エリアへと向かっている。一方破暁隊はというと、三人ずつ三組に分かれていた。九人全員では動きにくいと相談で決まったからだ。
正義と一緒に行動しているのは、慧と翔真の二人。
彼らは一度スタジアムから出た後、ファストフードとドリンクを買って再度スタジアムへと赴く。
あらかじめ予約しておいた席に行けば、三人のほかに光と燐もいた。だが、彼女らと組んだはずの仄はいない。
「あなたたちも観に来たのですね。仄さんの試合」
「そりゃああいつ、あんなにわくわくしてたんだから観に行かない方がおかしいよ」
燐の質問に答えたのは正義。彼女たちの隣に正義たちは座る。次第に席も埋まってきた。
開会式の間は何もなかったスタジアムの中央にはサッカーコートが顕現していた。そしてロケットランチャーが発射された壇上は巨大な電子パネルへと変化している。まるでこれからスポーツ試合が行われるようだ。
いや、ようだではない。まさに今からスタジアムでサッカーの試合が始まろうとしている。
だが試合をするのはプロのサッカー選手ではない。
スタジアム内の席がほとんど埋まり始め、破暁隊が談笑していると、スタジアム内のスピーカーから朗らかな男の声が聞こえてくる。
「さあ『陽光スタジアム』本日最初のイベント! 火芒師団対金芒師団のぉ! サッカー対決だぁ!」
『うおおおおおお!』
歓声の中姿を現したのは二列に並んだ選手たち。その中、赤色のスポーツウェアを着た団体には火御門仄もいる。
破暁隊の五人は彼の試合を見に来たのだ。
スタジアムの中央へと歩く仄は非常に野心的な笑みを浮かべている。やる気満々のようだ。
実況が選手を紹介しながら選手たちはポジションにつく。仄は一番前、なんとフォワードだ。
「頑張れ仄!」
「シュート決めろよォ!」
破暁隊も仄へ精いっぱい応援する。スタジアムは最高潮。審判も配置についた。
雰囲気を見計らって、実況が叫ぶ。
「それではぁ! 試合開始ぃ!」
ホイッスルが響き渡ると同時に選手が動き出す。火芒師団のほうのチームはディフェンスを除いて全員が敵陣へと走り始める。なんとも攻撃的な戦略だ。
一方金芒師団はミッドフィルダーからうしろが下がり、防御姿勢を取る。
攻撃が勝るか、防御が勝るか、観客は固唾を飲みながら試合を見つめる。
火芒師団は八人が一気に攻めるスタンスかつ見事なパス回しで攻め続け、ついにはゴール前までたどりついた。一人一人がパスを受け、回すのに最適なポジションを取り続けているのはまるで大きな炎のよう。
ディフェンスの間をすり抜け、ゴール前にたどり着いたのは何と仄。火芒師団のメンバーが仄へとボールをパス。だれにもカットされることなく仄はボールを受け取った。
ゴールキーパーと一対一だ。
「いけー! 仄ー!」
「決めるのです!」
「がんばれぇ!」
突如仄は不敵な笑み絵を浮かべ、ボールを天高く蹴り上げる。そこには敵も味方もいないというのに。観客は舞い上がるボールにくぎ付け。
そこへ仄も飛び上がった。なんと両足を燃え上がらせ、回りながら。
「あれはまさか!」
興奮気味に立ち上がったのは慧、翔真、正義の三人。目の前の光景、仄が繰り出そうとする技に驚きを隠せない。
「えっと……仄さんはなにをしようとしているのですか?」
困惑気味の燐と光へ、正義が仄から目を離すことなく説明。
「仄がやろうとしているのは! 俺たち男子が子供のころ一度は見て憧れたサッカーアニメ……『プラズマイレブン』のエース! 『高円字重弥』の必殺技! 『フレイムトルネード』だ!」
そう。
三人が、そして観客の男子が察したように仄はかつてテレビで見た技を、自分の陰陽道で再現しようとしているのだ。
(いける! 何度も何度も練習して、ようやく本番で披露できるぜ!)
結界内と、師団での訓練の合間にちょくちょくやっていたフレイムトルネードの練習。
己の納得がいくまで仄は技を極めた。破暁隊のみんなが仄のシュートを願う。
「「「いっけー!」」」
(いっけー!)
今現在、回転数、高さ、シュートの角度、どれをとっても申し分ない。
ただひとつの誤算は…………ボールの耐久度だろう。
仄渾身の蹴りがボールに突き刺さった瞬間、
パァン!!
ボールが破裂した。
熱狂に包まれたスタジアム内が静寂に包まれる。高揚した破暁隊の男子も電池が切れたかのように静止。
ショックを受けたような様子で着地する仄。
何が起きたかわからず、動かない敵味方。
仄に接近する審判。
高々と突きつけられる………………
レッドカード。
抗議する様子の仄。彼を擁護しようとする火芒師団のチーム。
だが判決は覆ることはなく、
火御門仄。
スタッフに羽交い絞めにされながら……
退場。
「は、放しやがれー!」
と叫びながら連れ去られる様子は、この祭りの印象的な出来事のひとつに選ばれた。
***
「納得いかねー……」
スタジアム内のスタッフルーム。破暁隊の五人は仄を迎えにきていた。
不貞腐れたような表情を浮かべながら仄は廊下に仁王立ちしていた。仄の姿を見た破暁隊はすぐに自分の顔を覆い隠す。
「その…………お疲れ……ふふっ!」
「まァ……頑張ってたぜェ……ぷは!」
「フレイムトル…………くぅ!」
もちろん笑いをこらえるためだ。あの大一番でボールを割るという奇想天外なことをした少年を前にして笑わないという方が無理だろう。
話しかけない光や正義も笑わないように耐えている様子。
「お、お前らなあ……人の気も知らねえで!」
仄は笑われた怒りと、それを上回る恥ずかしさで顔は真っ赤。もし笑っているのが赤の他人だったなら仄はそのまま殴り掛かったであろう勢いだ。
怒り狂う寸前の仄を回収して燐と光は行ってしまった。仄の都合に付き合ったのだから、次は仄が彼女たちに付き合う番だ。
別れる直前、燐がこんな言葉を言い残した。
「『お化け屋敷』に行ってみると面白いですよ」
と。ウインクして。
***
「ワアアアアア!」
「キャアアアアアア!」
自分が出せる限界の低い声で訪れたお客を脅かす。
大事なところを隠しつつも、ぼろぼろな服を着こみ、全身を『血』で塗りたくってバケモノを演出する。
飛び出す寸前に客の肌に血で触ってビビらせるのもポイントだ。最初は不安とけだるさでまったくやる気にはならなかったが、三十分も経てばもう慣れた。
背を向けて走り去る客を眺めながら内心愚痴をこぼす。
(なんでアタシがこんなことを……)
彼女、緋奈はお化け屋敷のスタッフとしてお手伝いをしていた。
このお化け屋敷はおそらく世界で唯一、ガチのお化けが潜んでいるお化け屋敷だ。大日輪皇國軍は妖怪も雇っているため、彼らが働いているこのお化け屋敷は摩利支天祭の中でも注目の出し物の一つ。
彼女のシフトは一時間。
あと三十分を耐え忍べばようやく遊びに行ける。
「…………」
「…………」
(新しい客が来たようね……)
気持ちを切り替えて自分の役目を果たすべく力を発動。
暗闇の中でもバレないように触手のように血を地上に這わせる。
「うおっ!」
「なんじゃこれはァ?」
(聞いたことある声? ……まあいいわ)
疑問を頭の片隅に置いておいて、目の前に客の気配を感じた緋奈は一気に物陰から飛び出る。
「ワア…………ッ!」
驚かそうと大声を上げた緋奈だが目に飛び込んできた彼らの姿を見た瞬間声が出なくなった。
なぜなら…………
「せ、正義……慧……翔真……なんでここにいるのよ!」
そう、破暁隊の三人がいたのだ。予想外の客に狼狽したのは驚かせる側の緋奈。
ここで働いているということは誰にも言っていない。一応女性には話したような覚えもあるが、男子にはいうはずがない。
「まあ燐さんにここに行った方がいいって言われたんだよ」
「しっかし驚いたぜェ……まさかここで働いているんかァ?」
緋奈が働いている姿に感心する三人。
職場に同級生が来るという気まずい状況に緋奈が落ち込んでいると破暁隊ではない誰かが近づいてきた。しかも来る方向が入り口ではなく出口方面。つまりスタッフだ。
「大丈夫かい~緋奈ちゃん~?」
現れたのは涼也に負けずとも劣らないイケメン。しかし涼也が明るいイケメンなら目の前の彼はダウナー系と言ったほうが正しいか。
前髪で隠れたたれ目はある種の妖艶さを含んでいる。生気がなく、冷たい顔つきだ。
「悲鳴が聞こえたのにお客が来ないと思えば、客と話すのはだめだよ緋奈ちゃん~」
「違うわよ陸斗。アタシの仲間。ほんとは来てほしくなかったのに……」
落ち込む緋奈をよそに陸斗という青年は正義らを観察する。暗闇でよく見えないのか顔をより近づかけさせられた。
正面に立たされたことにより正義たちが前に行けないでいると、ようやく緋奈が起こった様子で口を開く。
「もう早く行って! お客さんがもうすぐ来るから!」
と、三人を出口のほうへ指をさした。
三人は突然押しかけてしまった申し訳なさを若干感じつつも外へと向かう。
***
「いやー面白かった」
「作り物じゃないのがすごいよ。ほかのゲストかと思ったら急に首が伸びたときは驚いたね!」
「正義が一番ビビってたなァ!」
「うるさいなあ」
各々がお化け屋敷の感想を言い合いながら外へと向かう。祭りの名物と言われるだけあり、高校生三人は恐怖であられもない姿をさらけ出してしまっていた。
三十分も暗闇の中で歩いていたこともあり、外に出てすぐは光で目がくらんでしまう。
疑似太陽の光が直接目に入らないよう手で影を作りながら目が慣れるまで待つ。
ようやく前がはっきり見え始めた。
「これからどうする?」
隣にいる翔真に尋ねる正義。もともと決めていたプランから少し寄り道したため、相談をしたのだ。
だがなぜか翔真は動かない。
理由はわからないが顔面が真っ青。冷汗を垂れ流し、何かにおびえている様子だ。
「どうしたんだい?」
慧が聞くも翔真は何も言わない。ただまっすぐ何かを見つめるのみ。
けれど三人の目の前は祭りを楽しんでいる人ごみだ。一体何におびえているのか。
「は、早く行こうぜェ……ここにいたくね―――」
「見つけた♡」
人ごみでたくさんの人がしゃべり、だからそこから自分たちに話しかける声は聞えないはず。なのにその声は絶対に自分たちに向けられたものだと直感で理解した。
同時に翔真の顔がさらに蒼白と化す。
お化け屋敷でもそこまで驚かなかった翔真だが今ははじめて幽霊番組をみた子供のように怖がる。
慧と正義が困っていると人ごみの中からこちらへ向かってくる人影が一つ。
足元ほどまで伸びたモミジのように赫色のポニーテールの髪型をした長身の女性。朗らかな顔つきはこちらまで心が明るくなるよう。
一方翔真は彼女が姿を現した瞬間から小鹿のようにおびえている。
「あ、姉貴……」
第百弐話を読んでくださりありがとうございます!
お化け屋敷は一時間ごとにスタッフが変わりますし、結界内なので建物内の構造も変化するのでお化け屋敷ガチ勢は一時間ごとにお化け屋敷にもぐります。
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