第百壱話 『祭リ開催』
一週間後。
鬼灯寮のリビング。破暁隊全員が集まるこの場所の空気はこの上なく張り詰めていた。
なぜならこれからテストの結果が発表されるからだ。テストの詳細は翌日からだが、近藤の粋な計らい(?)により今夜発表されることとなった。破暁隊からしてみれば、すぐに結果が知れる喜びと、一瞬で祭りに行けるかわかってしまう恐怖で心は二分。
会話はない。特に仄と翔真は最も緊張している。いつもうるさく吠えている仄はまるで死にかけのハイエナのように具合が悪そうだ。緊張ゆえか先ほどから何度もトイレに行っている。
「みなさま、集まりましたね」
一枚の紙を手に持ったイナバが姿を現す。
ようやくその時が来た、と場の空気は一段重くなった。
「さて、今回のテストで赤点を取った人を発表します」
永遠ともいえる時間が流れる。どれだけ自信があろうとも発表の瞬間だけは誰でもこの上なく心臓が高鳴ってしまう。
「赤点を取った人は…………」
仄と翔真は珍しく手を合わせて祈り、慧と正義も首をすぼめる。ほかの人も固唾をのんでイナバを見守る。
「いませんでした!」
『やったぁ――――――!』
ようやく破暁隊の中に流れていた重い空気が消え去る。心臓は落ち着き、垂れていた冷汗は引っ込み、不安だとかの負の感情がどこかにすっ飛んでいった。
誰もが手を叩いたり、うなずいたりして喜んでいるが、仄と翔真に至ってはまるでサッカーワールドカップで点を入れた選手かのようにアピール。
もちろん自分が赤点を回避したことも嬉しいが、彼らはそれだけを喜んでいるのではない。
仲間と一緒に祭りに行けることが何よりもうれしいのだ。
「うん! みんなよかったね!」
「ああ! 燐と光! めっちゃありがとうだぜ!」
「いえいえ、仄君が頑張ってるのを見るとこっちも負けたくないと思ってしまうのです」
「そぅです…………仄君頑張ってました!」
感無量になりながら彼に勉強を教えた燐と光に感謝を述べる仄と感謝し返す二人。
「慧にも感謝しなきゃだぜェ! オマエが教えてくれた数学のコツ、めっちゃ助かったァ!」
「そういわれると照れるねえ……」
翔真に褒められた慧はまんざらでもない顔をする。
由良は表情を変えることはないが、一人言いたいような様子。彼女の目線の先にいるのは苦手な英語を教えてくれた人物。
仲間が、そして自分が赤点を免れたことに喜んでいる正義にこっそりと近づいて聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。
「ありがと……」
「俺は英語の復習になってよかったけどね」
恥ずかしさで声が出なかった由良だが正義にははっきりと聞こえていたらしい。返されるとは思わず由良は驚いて頬が紅潮。
顔が赤くなった由良を心配する正義から逃げるように彼女は自分の部屋へと戻ってしまった。
「何言ったのよ正義あんた……」
由良の背中を見送る正義へ緋奈が訝しむように話しかける。
「何も言ったつもりはないんだけどねえ」
無自覚な正義に呆れてしまう緋奈。
楽しそうに会話を繰り広げる破暁隊を眺めていたイナバだが、数分後再び口を開く。
「さて、みなさまが摩利支天祭に参加できることに心からお祝い申し上げます。同時に祭りのパンフレットも送られてきました。これを見て当日の日程を決めておいてください。それと近藤様から伝言です。『祭りまでに夏休みの宿題を終わらせておくように』とのことです。それでは、失礼します」
イナバは部屋の奥へと去ってしまうと同時に、破暁隊はイナバからもらったパンフレットを開く。
「どこから行く?! いろいろあるけどよ!」
「たくさん人来るからねえ……何人かの班で分けようか!」
「由良ちゃんもここに連れてきましょう!」
わくわくした様子で話し合う仄や彗。部屋に帰った由良を迎えに行く燐。ほかのメンバーも楽しく計画建てに参加する。
だが楽しい時間はあっという間だ。瞬く間に過ぎていく。
***
時が経ち、現在八月一日。
正義は、そして破暁隊はついに摩利支天祭の会場へと足を踏み入れた。
といってもバスや車で移動したのではない。彼らは鬼灯寮の玄関から一歩も外に出てはいないのだ。
では会場はいったいどこにあるのか。
答えは簡単。
鬼灯寮にある、結界へと続くエレベーター。会場へはそこから行けるのだ。
第五結界『摩利支天祭会場』。
結界そのものがまるまる摩利支天祭が行われる場所であるのだ。結界内なので、気候や天候も変え放題。雨による中止の心配もないし、熱中症などの危険もない。結界内はまるでクーラーがきいたかのように心地よく、されど夏に催されるイベントであるから、天に映された太陽の日差しは強く設定されており、多少高い湿度も相まって日帝の夏要素も再現されている。
結界内とは言えども強い日差しに目を瞑りながら正義は会場を眺める。
正義たちがエレベーターから出ると目の前にあったのはまず駅の改札のようであり、正義が出てきた扉の左右にも扉があり、そこからも人が出てくる。どうやらほかの参加者のようだ。
改札のような出口くぐってみればそここそが摩利支天祭会場。
石畳でできた大通りを埋め尽くすように歩くたくさんの人物は、家族連れにカップル、友人ららしきグループとおよそ統一感はなく、軍が主催の祭りとは思えない。もうすこし道路の幅が小さかったならば、道路はまるで有名な神社の初詣のようにぎちぎちだっただろう。
また、道路の脇にはところどころに屋台が設けられており、そこでかき氷なりをかっている人もちらほら。
「あそこで物を売ってる人も軍人なんですか?」
正義は隣に一緒に歩いている近藤へと問いかける。彼は破暁隊の引率のようなもの。『開会式』まで案内してくれるらしい。
「軍人、というよりも軍の関係者だね。趣味でやっている人もいれば、『表の職』として出店してる人、企業が宣伝のためにお店を出しているケースもある」
大日輪皇國軍人は軍人とばれないように副業を持っている人もいる――まあ世間一般では軍人のほうが副業にあたるが――。戦争や訓練は不定期で起きるため、現界で店を出すタイミングを合わせることができるからだ。
歩くたびに目に入る屋台への視線に気づいたのか、近藤は正義に言う。
「今買ってもいいけど、もうすぐ『出店エリア』だ。そこにいけばここの数倍屋台はあるから気を付けてね」
近藤の助言に正義はいったん我慢しようとしたのも束の間、うしろの仄が叫ぶ。
「まじかよ! 早く言ってくれよな!」
正義が振り向けば、仄の右手にはカキ氷、左手には串カツといつの間に買ったのか食品を持っている。
彼につられたのだろう。慧と翔真もかき氷を持って歩いていた。彼らを見つめる女子の目線は冷たい。
この光景に近藤も苦笑いを浮かべた。
「ま、まあ君たちは『特級戦功』として摩利支天祭で使うお金は軍が負担してくれる。存分に楽しんでおいで」
「なんだって!? やったぜ!」
近藤の言葉で何か吹っ切れたのだろう。仄らは目についた屋台へと片っ端に走っていった。
「もうすぐ開会式だからな! 場所はスタジアムエリア! 間に合うんだよ!」
仄に向け近藤が叫んだあと、正義は近藤へと尋ねる。
「スタジアムエリア……は出店エリアの隣でしたっけ?」
「そうだね。どんなエリアがあるか正義君は知ってるかい?」
「はい。五つあるんでしたよね?」
正義は他のメンバーに摩利支天祭について嫌と言うほど教えられた。だから基本的な情報なら知らないことはない。
「うん。個人や企業が店を出す、『出店エリア』。スポーツなりが行われ、観戦もできる『スタジアムエリア』。軍事技術の発表や報告会が行われる『研究エリア』。観覧車、ジェットコースターがある遊園地のような『アミューズメントエリア』。隊どうし、師団どうしの訓練が行われる『演習エリア』さ。どこに行くかは決めたかい?」
「はい。みんなとたくさん話し合いましたから」
正義のパンフレットには何十とメモが書かれている。この十日で破暁隊のみんなと決めたスケジュールだ。
「摩利支天祭は規模がでかいからね。計画を決めることは重要さ……っともう入場可能時刻だ。急ぐよ。開会式の席は満員だからね」
***
午前九時より十分前。
破暁隊はスタジアムエリアの中央にそびえ立つ巨大な闘技場へと足を踏み入れる。
混雑した人ごみに流されながらなんとか二階席にたどり着き、野球の観戦席のような簡易的な椅子へと座ることができた。
「いやーお腹いっぱいだぜ!」
「うん、このあと食べられるのかい?」
「このあと行くお店は混むでしょうから早くいかないとですね」
「はぃ……楽しみです!」
正義の周りでそんな会話が繰り広げられている中、破暁隊が座っている席の反対側に配置されたステージの壇上に男が立つ。
マイクの調整を終えた後、懐から台本らしき巻物を取り出して咳払いして話し始めた。
「えー……本日はお日柄もよく、空を見れば自然と心まで晴れやかとなるそんな天気となりました…………」
そこから続く何の捻りもない言葉の数々。
最初は真面目に聞こうとした正義だが、あまりのつまらなさに飽きてきてしまう。周りの破暁隊も同じように表情は明るくない。
このまま退屈な時間が続くのかと思ったのも束の間、正義が座っている席の二つ前の男が叫ぶ。
「おい! さっさと終わらねえか! こちとら店を構えてる途中だったんだよ!」
一見厳かな式を破壊する、空気の読めない男が放った一言。
だが彼だけではない。男の文句を発端として様々な席から怒号や苦情が叫ばれる。軍が開催する、最も大きい祭りにしては、治安がいいとは言えない。
「早く終わらせろ!」
「つまんねえぞ!」
「お日柄がよくってなんだ⁉ 結界だから天気なんて設定できるだろうが!」
怒号が飛び交う中、壇上の男は何も言わないし、運営も彼らを注意しない。軍の治安はそこまで最悪なのか。
しかし数秒後、壇上の男がマイクをがっちりと掴む。
「そうだよなあ! こんなかたっ苦しい言葉聞いても意味ねえよなあ!」
先ほどとは一変。男の口調は荒くなり、目をかっぴらく。
男は持っていた巻物を闘技場の中心へと投げる。巻物が空中でクルクルとまっている隙に、男は何と地面に置いていただろうロケットランチャーを担いで、
台本へと弾丸をぶっ放した。
台本がロケットランチャーにより爆散するという、目の前のありえない光景に正義が受け入れないでいるが、周りで叫んでいた大人たちは爆発を見て歓声を上げる。
また、壇上の男も、マイク越しなのを意識していない声量で叫んだ。
「摩利支天祭ィィィィ! 開始だァァァァァ!」
第百壱話を読んでくださりありがとうございます!
最後の台本をぶっ放すパフォーマンスですが、始まったのは400年程前です。
当時「花火師」だった男が宣伝も兼ねて読んでいた台本を突然投げて、中に仕込んだ花火を爆発させるというパフォーマンスが大いに流行り、一種の伝統となりました。
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