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第玖捌話 『ハジメマシテ』

「諸君、集まってくれて感謝する」


 午後8時。鬼灯寮のリビング。十人は座れる巨大な机には今、()()が座っている。

 

 召集したのは、現在神妙な面持ちで机に肘をついている慧。

 他にいるのは七人ということは、破暁隊のうちだれか一人がいないということだ。集められた七人もその子がいないことを表には出さないが心配している。


 その人は士道光(しどうひかり)


 戦争までに慧は男と思っていたが、実際は少女である人物だ。


「まったくよォ……オレはまだ夜飯まだなんだぜェ? さっさと終わらせてくれよなァ?」


「そうですわ。正義君と一緒に結界で訓練をしていた途中でしたのよ? つまりよほど重要なことなのですね?」


「うん? 正義君今日は用事があるから一緒に帰れないって言ったよね? まさかデートしてたなんて……僕は悲しいよ!」


「心臓に刃を突き刺されるデートがあってたまるか」


「なんでてめえが悲しむんだ?」


 突然集められたことに文句を言う翔真と燐、よくわからないことを言う涼也と反論する正義に涼也へツッコむ仄。

 他人の会話を呆れた様子で眺める緋奈に、興味なさげにスマホを弄る由良。

 混沌とした卓上を抑えるべく、慧は多少声を張り上げる。


「今日集まってくれたのは他でもない……ここにいない……士道光についてである」


「仲間外れは良くないんじゃないの?」


「そうね……私も光を置いてきたのよ。はやくもどりたいんだけど……」


 緋奈と由良も口を開く。由良のほうは先ほどまで光と一緒に訓練していたので、彼女を置いてきたことに若干の憂いがあるようだ。


「急で悪いと俺っちも思う。けどこれはみんなに言わないといけないと思うんだ……」


 いつもは明るい慧がこうも遠慮がちになっているということは相当だと、破暁隊各員は察する。

 誰もが口を閉じる中、慧は目をかっぴらいて叫んだ。



「光さんは! 女の子だってことを!」



「「「「「「「な、なんだってー!」」」」」」」



 各々ができる最大限の驚愕の表現を浮かべる破暁隊に慧をなだめる





 …………はずだった。



「まあ……そうだが」


「今さらことじゃないでしょ……」


「全然知ってるけど……」


「うん、常識だね」


 顔色一つ変えない由良、緋奈、正義、涼也の四人。

 思ったリアクションとは違うことにキョトンとする慧へ、


「まさか知らなかったのですか?」


「ウソだろお前……一ヶ月一緒に暮らしてたんだぜェ?」


「はっはっは! めっちゃおもれー!」


 当然ともいえる事実をもったいぶって知らされたことにドンびく燐と翔真。そして笑う仄。


「え……み、みんな知ってたの? 光が女の子だって……」


「「「「「「「……うん」」」」」」」


 自分だけが知らなかったことに恥ずかしさで頬を真っ赤に染めながら慧は問いかける。


「だ……だって彼女まったくヘルメット脱がなかったじゃないか! それに体型や声だって女の子とは思えないでしょ!」


 動揺を隠せない慧へ燐が口を開く。


「この寮の風呂は男女別でしょう? ワタクシたち女性はたまにそこで見るのです。光ちゃんのことを」


「アタシたちも最初は驚いたけどね……」


「彼女、夜遅くに入るからほんとにたまーにだけど」


 女子勢からは風呂での目撃により知ったらしい。いつも体を覆うスーツも体を洗うときは脱ぐのは必然。

 納得せざるを得ない。ならば、



「じゃ、じゃあ男子はどうなんだよ⁉ 彼女が女だってわからなかったはずだろ!? 俺っちみたいに」



 矛先を男子へと変える弥生。

 彼らが見つめ合いながら誰が話すか探り合う。最初に話し始めたのは正義だ。上を向きながらどうにか彼女との記憶を思い出す。


「あれは破暁隊が出撃してから何日くらいたったかな……」



 ***



 正義が陌暉耶(ひゃくきや)高等学園に通い始めてから四日後、彼は仲良くなった福澤(ふくざわ)と夏目とともに食堂へ向かおうとしたとき、



「ぁの!」


 正義は背後から声をかけられた。だがあまりにも小さくかすれたもので、一瞬自分に向けられたものかわからなかったのだが。


 正義と他二名が振り返ると、桃髪のショートヘアに宝石のように美しい碧眼の、眼鏡をかけた少女がなにやら緊張したような、おびえたような表情としぐさで正義に視線を向けていた。


「え……っと。俺に言ったのかな?」


 あまりにも小さいもので、確信が持てなかった正義は少女へ問いかける。

 少女は声を出すのではなく、小さくうなずいて肯定。顔のいたるところで汗が流れていた。


「何か用かな?」


「ごはん……」


 よく見ると少女は手に風呂敷で包まれた弁当を持っていた。大きさ的に二つ。

 謙虚になりながら正義はもう一度質問。

 

「一緒に食べたいってこと?」


 どうやら正義の図星らしい。

 少女は目を輝かせながらさらに大きくうなずいたのだから。


 少女の気持ちは分かったものの、しかし正義は返答に迷う。

 なにせ知らない女子に話しかけられ、しかも食事を誘われたのだから。

 悩んでいると突然隣にいた福澤が正義の胸ぐらをつかむ。もちろん苦しくない程度で。


「おおおおおおお前いつどこでどうやってこんな娘と仲良くなったんだぁ? めっちゃかわいいじゃんか!」


 般若のような形相で正義を脅すさまは理由が嫉妬以外ならばおそらく正義は本気で怖がっていただろう。

 

「し……」


「知らないとは言わせないよ正義君。転校生だからっていい気になっちゃ僕も許さない」


 いつもは正義と福澤の会話を面白がる夏目だが今回はなんと福澤の味方をした。全体的に笑ってはいるが眼だけはそうではない。

 

 ケンカの一歩手前な状況が目の前で繰り広げられた少女は怖気づいてしまい、申し訳なさそうな顔を浮かべながら走り去ってしまった。

 去り際の顔が見えた正義は、彼女が本当にがっかりしているようであったと感じる。

 福澤がつかむ手をそっと服から外し、一言、



「ごめん、ちょっとあの子放っておけないや」



 と伝えて少女の後を追った。



 ………………

 …………

 ……



 何とか彼女に追いつき、中庭のベンチに座る。

 一緒に食事をしようという旨を伝えると悲しげだった少女は嬉しさで明るい表情となった。


 彼女から差し出された弁当の中は、半分が米で、他にはたこさんウインナーに目玉焼きと、一般の母が作るような庶民的で、何ともかわいいものだった。

 彼女に感謝を述べ、いただきながら正義はどうして自分を誘ったのか聞くと、少女は言葉を選んでいるのか、数秒悩んだ様子を見せながら答えた。

 

「ぇ……と。この前助けてくれたぉ礼を言ぃたくて……」


「この前……いつのこと?」


「ょ……四日前です……」


(四日前……?)


 そのあとも少女は何やら呟いたようだったが、正義は四日前のいつに彼女を救ったのか思い出すのに必死だった。

 といっても四日前はずっと魔界にいた。寮からは一歩も出ていないはず。

 実際に彼女に聞くのが手っ取り早いがそれは失礼だ。だから最初から思い出す。四日前に何があったか。


(四日前に助けたと言えば燐さん、涼也、仄さん、緋奈さんの四人……でも彼女は違う……誰だ?)


 もっと詳しく思い出そうとする正義。


(そういえば翔真君もそうだなあ。魔将がうったビーム砲から助けた。魔将の攻撃でピンチだったと言えば(ひかり)も………………ん?)


 ようやく正義は彼女の正体を察する。だがこのときでは六つの腕を浮かべた恐ろしい人物と目の前の少女が同一人物だと心の中で合致できない。


「もしかして光さん?」


 いまさら聞くのはおかしいかもしれないがどうしても聞かずにはいられなかった。


「……はぃ」


 何をいまさらと言わんばかりの顔を浮かべる光。

 それから正義の頭は真っ白になった。会話した記憶もあると言えばあるがあまりにも衝撃的なことに受け入れるだけで精いっぱいだったのだ。



 ***



「……ってかんじでだいぶ早い段階で気づいていたよ?」


 正義の会話が終わると慧はなにやらもの言いたげな表情で固まっていた。だが最初に言った一言は……



「じゃあそのときに言ってくれよ……光が女の子って……」



 呆れながら呟く慧へ正義は焦りながら言い訳を述べる。


「だって俺『軍』に入ってすぐだったからさ、光さんが女の子はみんな知ってるのかなって思ったんだよ……」


「俺っちも知らないよ……だって鬼灯寮で初めて会ったんだから……」


 言ってくれなかったことを残念に思う慧へ涼也が横やり。


「うん、ちなみに僕はそのとき正義君たちの会話を盗み聞きしててね、そのときに知ったのさ」


 さらっとストーカー宣言する涼也に慧、正義含め全員が黙りこむ。彼に恥だとか羞恥心だとかはないのかと凍りついた眼差しを向ける。

 

「……じゃあ翔真と仄はどうやって知ったんだよ?」


 陰湿な空気を換えるため話題を変える慧。

 質問を投げかけられた二人は顔を見合わせながら話し始める。



 ***



 仄と翔真が仲良くなってから数日後、二人は近所にあるラーメン屋に行くことになった。だが二人だけでは足りないと思った翔真と仄はもう一人ぐらい誘おうということになる。

 とはいっても女性をラーメンに誘うのは気が引けるし、正義、涼也、慧は用事で鬼灯寮にいなかった。

 どうしようとなやんでいたそのとき、姿を見せたのが光だったのだ。


「よお光! 一緒にラーメン屋行かねえか?」


 当時まだ男だと思っていた仄は軽い気持ちで光に声をかける。翔真も何も言わなかったものの、彼女を誘うことに反対はしなかった。

 光は数秒動かなかったが、低い声で返答する。


「わかった」



 ………………

 …………

 ……



「……おっせーな光」


「落ち着けよォ……店は混んでねえんだしィ……」


 ラーメン屋の前で腕時計を見つめながら悪態をつく仄となだめる翔真。

 仄と翔真は一緒に寮を出ており、その際に光も誘ったのだが、なぜか後で落ち合うことになったのだ。

 最初は支度で時間がかかると思っていた二人であるがあまりのも遅いため仄は苛立ちを覚え始めた。先に店に入ってやろうかと冗談交じりに呟いたとき、

 

「ぉまたせしました……」


 息を切らしながら二人のもとに走ってきた少女が一人。

 もちろん二人は少女のことを全く知らない。


「「…………誰?」」

 

 そう聞くのは必然だろう。ふたりの反応に少女は困惑した様子。

 

「光ですけど…………」


 さも当たり前かのように少女は告げる。それは目の前の男児が容易に受け入れる情報ではないとわからないというのに。

 もちろん二人が目の前の少女をあの機械男の中身だと理解することはなく、頭にはてなを浮かべながらラーメンを食べ終え、家路をたどったのは言うまでもない。



 ***



「ってかんじだァ……」


「いやーラーメンの味が感じなかったぜ。あんときは」


 

 二人の話が終わると、慧は内心ショックを受けていた。自分だけが彼女の正体を見抜けなかったことに。

 全員の話を聞くうち、何度も彼女の中身を知る機会はあっただろうにわからなかった。

 恥ずかしくて消えてしまいたいと思った。それ以上に気がかりなことが一つ。


 今まで光に対しては男だとおもって振舞っていた。だからこれからどう接すればいいのか不安なのだ。


「何かあったか?」


 頭の中で思考を巡らせる慧の背後に、彼女が佇んでいた。ヘルメットとマントという格好で。慧の耳に入った声も男のような低いもの。

 戸惑いながらも動揺を隠して振り返る。

 依然として光は堂々とした様子、臆病な少女が入っているとは思えない。


「え……と」


 戦争が終わって数日、慧はまともに光と話せなかった。どう接すればよいかわからないのだ。

 黙っていると、ずっとスマホを弄っていた由良が会議に入る。


「もういいんじゃないの? そのスーツを脱いでも。光の正体はみんな知ってるから」


 他の全員が驚いた。他人にほとんど興味を抱かず、この会議でも全く関心を向けなかった由良がスマホから目を外して光へ言い放ったのだから。

 急にいったにしては彼女の目は真剣そのもの、ヘルメットで隠れた光の眼を見つめる。

 由良が声をかけるとともに、ほかの隊員も続く。


「そんな物騒な恰好じゃなくてもいいと思うよ」


「ええ、ワタクシは光ちゃんはアリのままでいてほしいですわ」


 と。

 最初は銅像のように動かなかった光だが、ヘルメットの中でなにかブツブツと言っているように破暁隊は聞える。

 なんといっているかはわからないが、最後の一言、いや会話だけはわかった。


(本当にいいのか?)


「うん」


 桜は胸元にある、隠されたボタンを力強く押す光。スーツがしぼみ、彼女は顔を出す。


 彼女は怖かった。最初はスーツを着ずに過ごそうかと思ったが、これまで破暁隊に姿を見せると全員に驚かれたから。

 でも由良の一言で、そして戦争で彼女は『勇気』を手に入れた。

 怖がりながらも光はどぎまぎしながらみんなと目を合わせる。

 

「……初めまして…………うちが士道光です」


 もしまた驚かれたりしたらどうしようという不安が少女に襲い掛かるも、傷つけることはなかった。

 破暁隊は彼女を快く迎える。

 さらに慧も、自分が光が女だということに悩むのがばかばかしくなった。


「「「「「「「「初めまして!」」」」」」」


 ようやく破暁隊全員がそろったのだ。

 

第玖捌話を読んでくださりありがとうございます!


光ちゃんの一人称は「うち」です。


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