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第3話

その後も順調に仕事は進んでいき、プレゼント配りも終盤まできた。次に渡そうと考えていた小学生くらいの男の子は夜中なのにまだ起きていた。この街で一番高そうなマンションの17階にある家の中で膝を抱えて座っている。家の中に大人のいる気配はない。

“どうしたんだろう?”

気になったメアリは無意識のうちに男の子と話すためにベランダの窓を軽くノックしていた。


突然部屋の中に響いてきた、今にもガラスが割れてしまいそうなくらい大きな音の出た方向に男の子は慌てて目を向けた。

「なに?! か、かいじゅう!?」

先程までの寂しさに加えて、怯えの感情も表している男の子が部屋の奥で体を震わせている姿を見たメアリは“しまった!”と反省する。今の自分の大きさではそりゃ怖がるよなぁ……、と反省しつつベランダから中をのぞき込んだ。どうすれば怖がらずに接してもらえるかわからなかったので、優しい声で呼びかけてみる。


「えーっと……、こんばんわー。お姉ちゃんはね、サンタさんなんだよー」

そう言って足元の安全を確認してから民家を跨いでもう一本後ろの道へと一歩下がり、少しでも赤くて可愛いサンタ服がよく見えるように男の子のいる部屋と距離をとる。中にいる男の子は恐る恐るベランダの方へと近づいてくる。じっと待っているとついに男の子がベランダの窓を開けて外に出てきてくれたからメアリは中腰になって男の子と視線を合わせて優しい笑顔で話しかけた。


「なんだか寂しそうだったけど、どうしたの?」

「パパ今日帰ってこれなくなっちゃったの。いっしょにごはん食べる約束してたのに……」

目の前にこんなにも非日常的なサイズの女の子が現れても普通に答えてくれる子どもの対応力の高さに感心しつつメアリは話を続ける。


「パパに何かあったの?」

「お仕事が長くなって今日は帰れないんだって」

「そっか……」

メアリは少し考えた。いろんな子に楽しい夜を過ごさせてあげたい。そのためにはどうすればいいか。


「ねえ、パパの会社ってどこかわかる?」

「うん」

そう言って渡されたのは会社の名前の入ったカレンダーだった。小学生では読むのが難しい漢字が社名に使われていたから読めなかったのだろう。小さすぎてかなり読むのに苦労をしたけれど、時間をかけてなんとか解読した。


「この会社なの?」

「うん」

とりあえずメアリがスマホで会社の場所を検索してみると、だいたいここから30kmほどの距離なので、メアリの感覚で約600m。行けないことは無い。幸いプレゼント配りも最後にこのマンションを残しているだけだから、時間に余裕はある。


「ちょっと待っててね」

一旦男の子を待たせて、急いで同じマンション内の他のフロアにプレゼントを配る。18階建てとなると子供のいる家だけに絞っても、それなりに世帯数も多いが、体勢を変えるだけで、一歩もその場から動かずに配布しきれるのでさほど時間はかからなかった。男の子がベランダから見ている中、手際よく全部配布し終える。


「はい、乗って」

メアリが17階のベランダに人差し指と中指を差し入れ、男の子にそこに乗るように促した。

「君のパパに会いに行こう」

メアリが微笑みながら伝えると男の子は喜々として指の上に乗る。指にのった男の子を落とさないように慎重に手のひらの真ん中に移動させてから、歩き出した。


「危ないからできるだけ動かないようにね」と声をかけると男の子は「わかった!」と元気に返事をする。高い場所が嬉しいのか、時折動いて手のひらの端まで行こうとするので、メアリが冷や汗をかいて注意しながらも和やかな雰囲気で移動は進んで行く。


いろいろ話を聞いてみると、両親が離婚して父親と2人暮らしをしているのだが、忙しくて家に帰ってこない日がよくあるとのこと。今日は一緒に晩御飯を食べる約束をしていたものの、結局年末の忙しさに抗えず、仕事で家に帰れなかったという。男の子は空を散歩しているみたいな雰囲気に終始喜び続けて、気が付いたらもう男の子のお父さんの会社のあるビルに着いていた。


今のメアリの背丈とほとんど同じくらいの高層に会社はあった。おそらくそれなりに給与も高い会社なのだろう。

「えーっと、24階だから……」

下から数えてみるとちょうど立った時の視線の先が男の子の父親の働いている職場だった。まだ電気が点いている。


窓の近くに男の子の父親らしき人がいたので、窓を優しくノックしてみて、ノックした後にいくら優しくたたいたところで、24階に地上に足を着けたままノックが可能な大きさの女の子と相対した時点で怯えられてしまうのではないだろうか、ということに気がついた。そして案の定、男の子の父親が逃げるように窓から離れて行き、このままではオフィスの外に逃げて行きそうだったので、慌ててメアリは話しかけた。


「あ、すいません。あなたのお子さん連れてきまして……」

そう言って男の子の乗せた手のひらを窓から視認できる位置にまでもっていく。メアリはソッと窓を撫でて、窓越しでも会話ができるような特別仕様の窓に変えておいた。


「パパ―!」

男の子が元気な声を出す。男の子の父親は姿を確認して子どもの所に寄っていく。一瞬困惑していたけれど、状況を理解したみたいで、2人は窓越しに話を始めていた。


話していた時間は10分くらいだったけれど、2人ともすっかり笑顔になっていた。メアリはとりあえず男の子が興奮して落ちてしまわないようにだけ気を付けながら2人を見守っていた。やがて満足したのか父親が男の子にそろそろ寝るように促してから、メアリは再び男の子を乗せて来た道を帰っていくことにした。


男の子の父親が何度も「ありがとうございます」と頭を下げていたので、メアリは笑顔で返した。無事に家まで男の子を送り届け、また指先からベランダに降りるよう促す。帰り際は男の子がベランダから手を振ってくれた。


「ありがとう、おっきなお姉ちゃん!」

「お父さんに会えてよかったね」

メアリは微笑んで手を振ってその場から去った。子どもの笑顔を見ると疲れた気分もスッと吹き飛んでいった。やっぱりこの仕事はとても素敵だ。

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