第2話
プレゼント配りも慣れてくるとスムーズにいくもので、初めはこの量を一人で配り終えられるのだろうかと不安だったが、気づけば半分以上の配布を終えていた。夜も深くなってきたし、メアリの勧告をきちんと聞いて、ほとんどの人が建物の中に籠っていて人通りも少ない為、動く物はよく目立つ。
とくに自動車は目立ち、自然と眼が向いてしまう。なんとなしに自動車を眺めていると、狭い道で飛ばしている自動車が1台目についた。多分制限速度を超過しているが、それを注意するのは警察の仕事で、メアリが出しゃばるのもおかしいからと特に捕まえて注意したりはしなかった(多分メアリが自動車を摘まみ上げて軽く一言注意するだけで見違えるようにおとなしくなるとは思うけど……)。
だが、それが死角になっている歩行者にぶつかりかけた時は別である。狭い道で走っている自動車が12時の方向から走り、千鳥足の歩行者が3時の方向から歩いてきているのだが、2人とも建物が死角になっていて、このままのペースで動き続けると十字路の交差する部分でぶつかってしまう。とくに千鳥足の歩行者はただでは済まないだろう。
もっとも、死角になる建物があるといっても、それは地上2mにも満たない視点から見ている当事者同士だから死角になっているわけで、メアリにっとては膝の高さにも満たない小さな建物は有って無いようなものである。おかげで状況の把握はしっかりとできている。この数秒後に起きる事故を防げるのは今メアリしかいないわけで、この状況で出しゃばるとか出しゃばらないとか言ってる場合ではない。
メアリは急いで動く。まず片方の手を横にして地面に置いて歩行者にとって壁になるような形で通せんぼする。突然目の前にできたメアリの手のひらという壁に驚いた歩行者は立ち止まり、怯えた表情でメアリを見上げた。ただ、見上げられているメアリの視線は歩行者ではなく自動車のほうに向いている。
自動車は手のひらの壁にぶつかってしまうと壊れてしまう危険性があるので、摘まみ上げてしまうしかない。金魚すくいの要領で動きを追って、車が動くスピードと同じくらいの速さで巨大な手を動かして、フロント部分を摘まみ上げて持ち上げた。
メアリの手によって、タイヤは空を切っている。フロントガラスはメアリの手で覆われてしまったから、運転手はさぞ驚いたとは思うが、危うく大事故を起こすところだったのだから、そのくらいは我慢してもらうことにした。
メアリは車を手のひらの上に置く。
「運転手さん、出てきてください!」
声をかけても出てこようとはしない。さっさと本来のプレゼント配りの仕事に戻らないといけないので、そこまで時間もかけたくないが、とはいえこのまま何も言わなければまた危ない運転をしかねなかったので、メアリは注意をすることにした。
「は、や、く、出てきてください!」
再度呼びかけ、車のフロントガラスをのぞき込む。視界いっぱいに大きな目が現れ、運転手は慌てて車外に出て来た。運転手は両ひざをついて祈るようなポーズをとっている。
「お願いだから食わないでくれ……」
運転手は懇願したが、メアリは当然そんなつもりは初めから無い。だが、お灸をすえるため少し脅かしてみた。
「そうですね、これから安全な運転をするかどうかによりますね」
そう言って今度は車を何台も簡単に飲み込めそうな大きな口を運転手の目の前で開けた。
寒空の中でメアリの口から真っ白な息が吐き出され、運転手を甘いにおいの霧が包みこむ。視線の先には唾液の糸を引いた口があり、今にも飲み込まれてしまいそうな感覚に陥っているようだ。
「わかった。わかりました。もう2度と危険な運転はしません。だから許して……」
その言葉を聞いてメアリは微笑んだ。
「わかりました。これからは気を付けてくださいね」
運転手はメアリが優しい女の子の表情に戻って安堵する。
「ただ……」
「ただ……?」
運転手の脳裏になんだか嫌な予感がよぎった。
「ただ、念のため飲酒運転じゃないかだけ確かめさせてください」
「飲酒運転はそりゃもちろんしてないけど、どうやって?」
運転手が尋ねている途中にメアリの鼻が運転手のすぐ上の位置に来る。
「息を思いっきり吐き出して下さい」
「え? え?」
メアリは動揺している運転手をよそに、スンスンと運転手とその周囲の空気を吸い上げる。メアリの鼻孔に周囲の空気がものすごい勢いで吸い込まれていき、運転手の体も少し浮き上がった。
「さあ、遠慮せず、思いっきりどうぞ!」
早く終わらせないとメアリの鼻孔が作り出す気流に巻き込まれてバランスを崩して地表に落下しかねない。そう思い、運転手はメアリの洞窟のような鼻孔に向かって必死に息を吐く。
「うーん……。吐息の量が少なすぎてよくわかりませんね」
そう言うとメアリは運転手を摘まみ上げて頭を鼻孔に突っ込んだ。
「ちょ、え、え?」
運転手の混乱はさらに激しくなる。
「さあ、思いっきり、全力で吐いてしまってください!」
鼻孔の洞窟の奥からメアリの声が響いてくるように感じられた。
真っ暗な鼻孔の奥へと周囲の空気が猛烈な勢いで吸い上げられていき、メアリの小ぶりな鼻では体全体を吸い込むことはできないことを頭ではわかりつつも、かつてこんなに大きな女の子と出会ったことがないため、自分の体がメアリの鼻息に吸い上げられてしまい、そのまま喉の奥まで落ちてしまうのではないかという恐怖に襲われていた。とにかく早く終わらせないと、と再び運転手は必死に息を吐いた。
「……やっぱりよくわかりませんね」
メアリはそういうと運転手を鼻から出して再び手の上に置いた。運転手はようやく少しだけ安全な場所に置かれて、恐怖のせいで荒れている呼吸を整えた。
メアリは地面を見下ろし、キョロキョロと建物を探していた。
「あ、ありました」
メアリの視線の先には交番があった。運転手をまず交番の前に置く。突然空から少女の指に摘ままれた男が降ってきたので、お巡りさんは慌てていた。続いて男の乗っていた自動車も女の子の指に摘ままれて空から降って来たので、さらにお巡りさんは驚いた。
「さっき危ない運転していたので一応アルコールの検査をしておいてあげてください。」
そう伝えてメアリは自分の仕事へと戻っていったのだった。