第1話
街はすっかりクリスマスムードで街路樹に電飾がつけられていたり、お店の前にツリーが置いてあったりと歩いているだけで心がウキウキしてくる。街の中にはサンタ姿の人はそれなりにいて、メアリがサンタの姿をしていてもとくに怪訝な目をされることは無かった。
プレゼントが入った大きな袋はさすがに少し目立ったが、それもクリスマスを演出するために持ってきているのかな、くらいにしか認識されていないみたいで、すれ違う人々は一瞬チラリと見てはすぐに視線をどこかにやった。きっとのんびり街中を歩くだけでもとても楽しいのだろうけど、あいにく今日はメアリにとって1年で一番忙しい日である。
「これから仕事だからね。切り替えていかないと」
身を引き締めて右ポケットからクッキーを取り出した。メアリはまだ17歳で、トナカイ免許を取得していない。とはいえ管轄内を一人で大きなプレゼントを持ちながら走り回るのも可哀想だからと、先輩のサンタさんに体の大きさを大きくできるクッキーをもらったのである。
「いただきます」
至近距離に人がいないことを確認してからクッキーを食べるとみるみるうちに体が大きくなる。先ほどまで見上げていた大きな街路樹の背丈を超え、商業ビルの大きさも超えても、まだまだ大きくなっていく。先ほどサンタの恰好をして歩いていた時に、全くこちらを怪訝に見ることの無かった人々が今は目を大きく見開いて凝視している。
「そういえばどのくらいの大きさになるか聞いてなかったけど、どこまで大きくなるんだろう……」
さすがにプレゼントを配るために貰ったクッキーだから、街全体を壊してしまうような大きさにはならないだろうけど、すでに歩道に足が収まりきらないような大きさになってしまっているので心配になってくる。ぐんぐん大きくなっていき、結局25階建てのビルと同じ位の高さまで大きくなってしまった。だいたい80mくらいだろうかとメアリは考える。
「このくらいならちょうどいいのかな?」
メアリの担当区域のマンションは一番高いので18階建てと聞いているから全部配り終えられるはず。窓の大きさもなんとか指と爪を使って開けられそうである。これならよかった、と安心してふと足元の人々を見ると、みんな悲鳴をあげながら必死にメアリから遠ざかろうと一心不乱に逃げている。走っているのかどうかわからないくらいゆっくりとしたペースだけど、怖がっていることはメアリにもわかった。
可愛らしい赤いスカートタイプのサンタ服に、ファーとリボンのついた女の子らしいブーツ。いかにも戦闘能力の低そうな優しい女の子にしか見えないような見た目なので、メアリ自身もすっかり失念していたが、地上の人たちからしたら街に突如現れた怪獣のようなものなのである。いくら可愛らしい容姿をしていても簡単に自分たちのことを摘まんで食べてしまえる大きさなのだからそれはきっと怖いだろうな、とメアリは察した。
「あ、えっと、街のみなさん初めまして。私新人サンタのメアリといいます。皆さんに危害を加えたりするつもりはないんですけど、外に出られてたら間違って踏み潰したりしてしまうかもしれないので、できれば建物の中に入ってもらえたほうが助かるかな、なんて思ったり思ってみたり、みなかったり……」
メアリはできるだけ怖がられないように優しい口調で伝えた。
とはいえ内容が実質避難勧告なので街の人たちは慌てて近くの大きくて丈夫そうなビルに逃げて行く。“多分その頑丈なビルも私が歩くときに間違えて当たってしまったらすぐに壊れてしまうんだろうな……”と心の中で思ったが、これ以上怖がらせてしまうとかわいそうなので、口には出さないで置いた。
移動の際は歩道だと街路樹やガードレールを踏んで壊してしまったり、誤って人を踏み潰してしまったら困るので、車道を使って移動をすることにした。別に万が一人を踏んでしまってもブーツには対人用のセーフティ機能がついているので大惨事には至らないとは思うが、巨大な女の子の足に踏み潰されかけたとなると、少なからずトラウマになってしまうだろうし。
車道は車道で足元の自動車をうっかり踏んでしまいそうになるので細心の注意が必要である。メアリは慎重に被害を出さないように歩く。器用に歩くメアリのおかげで物理的な被害は出ずに済んでいるが、できるだけ女の子のブーツに近づかないようにするため、また何かあった時に急いで車を置いて逃げられるようにメアリの歩く方向に進む車は徐行運転をする。その結果メアリの後ろで車の大渋滞が起きてしまっているのだが、さすがにそこまでは気は回らなかった。
さて、記念すべき初仕事である。メアリは10階建てのマンションの前に来ている。しゃがんでみると目線の辺りがちょうど最上階の辺りなので比較的渡しやすい(普通の一戸建ての住宅だと窓を開ける時に頭を地面すれすれまで下ろさなければならないから)。
窓の向こうでは男の子が可愛らしい寝顔でぐっすり眠っている。メアリは爪先で器用に窓を開け、男の子が起きないようにする。万が一起きてしまったら家の窓から自分の背丈よりもずっと大きな指が入ってくるという一生もののトラウマを植え付けてしまうことになるからそこは特に注意した。
作業はスムーズに行き、無事に起こさずにプレゼントを置くことができ、初仕事を無事に遂行してフーッと安堵の吐息が漏れた。女の子の優しい吐息を吐いたところで当然被害がでるようなことはない、というのは同サイズの人間においてのことであり、今のメアリの吐く息は突風のようなものである。
「あっ」と思ったときにはもう遅く、開けた状態の窓から勢いよく部屋中に風が吹きつけた。部屋中の小物が舞い上がり、空き巣でも入った後のようになってしまった。
「……」
幸い部屋の人物は熟睡していたみたいで部屋の中に強風が吹いたのにまだ眠っていた。とりあえずメアリは慌てて爪先で窓を閉めて心の中で“ごめんね!”と謝りながら次の家へと作業を移した。