悪霊
ところで、焔の闇の襲来の予兆としての、影響としての、ある種先陣としての悪霊とはこうである。それは一人ではない。墓地からよみがえったハヤラの市民の亡骸でも、山野でこと切れた野獣の亡骸でもない。禍々しい雰囲気、おどろおどろした姿――人似のものもいれば、獣似のものなどなど、悪臭からして悪霊としか言えないのだ。実体と呼ぶような肉体ではなく、騎士団の武器――神聖にして浄化された剣や槍、矢など――によって砂状に崩れていくのだ。指で数えられる複数から、まさしく陣と呼べそうな組織だった集団になる場合もある。ウサギほどの大きさから、グゼインバルトほどではないがやはり巨大なものまで多様である。だからこそ、騎士団が一致団結して抗しなければならず、グゼインバルトが斬っても、斬ってもわいて来るその悪霊たちを一掃する大きな戦力として、さらにはそのために、あるいは悪霊以上に厄介な現象や存在から市民と国を守る役目としてニキクの訓練もカンネの関与も必要不可欠な状態だったのである。
その状況を知ればこそ、ニキクやカンネばかりでなく、騎士団は国を焔の闇やそれにともなう悪霊や災害から市民を守ろうと固く誓ったのであった。騎士でもないニキクができることと言えばグゼインバルトに搭乗することであったが、それはもともと焔の闇との対峙が目的であった。とはいえ、その悪い予兆が続けば、いてもたってもいらないし、実際森が悪霊によって火の手に覆われた際には、騎士団よりも巨躯のグゼインバルトが消火活動にまい進したことによって森の焼失面積を抑えることができた。
常在戦場たる緊張感は、その対象が焔の闇とそれに付随する万事ともなれば想像以上のもので、さらには焔の闇襲来の日が近づくにつれ悪霊たちの耐久力が日増しに上がっており、ニキクにもカンネにも、あるいは騎士団にも疲労の色が濃くなっていった。