グゼインバルト
そんな正体不明のチンモクが指示したのは、ハヤラのとある山であった。山の奥にあった古びた宗教施設――小さくはないが、広大というわけでもない。それでもそこを修業の場と考えるならば、かなり過酷な生活となっていただろうと容易に推察できるような、まったく他の生物臭を感じさせない環境にある、寺院と呼べるだろう――にたどり着き、それこそその寺院にご本尊のように安置されていたわけではなく、周辺を含めてあちこちを求めて歩かなければならなかった。目的があるのに、あてどもなくと言いえるほどの時間の後、不意に空腹を訴えたニキクが腹をさする動作をした。途端に地響きがしばらく続いたかと思うと、施設が積み木を下ろすように展開。その地深くから、その漆黒の巨躯を顕わにしたのである。甲冑かとも見える全身黒い姿を、初見のニキクが「小山だな」と驚嘆したほどである。
と同時にニキクの右手の甲に、とある図象が現れ、グゼインバルトの双眸が光ると、図象とグゼインバルトの眉間の間に光の線が結ばれ、ニキクをけん引、その内に搭乗することになったのである。手引きがあるわけでもないのに、ニキクがグゼインバルトを、熟練した漁師の竿さばきや凧の操作、あるいは療術師による適切な処置のように操縦できたのは、ソシエルの叡智やチンモクの放任主義によるものではなく、操縦席と呼ぶしかない内部でニキクの四肢ばかりでなくこめかみや側頭部、手足二十指に結ばれた透明な線が、ニキクの動作をグゼインバルトの全身に伝搬しているようだったからである。それとても、まさにニキクとグゼインバルトが「分かり合っている」親近感・既視感を催したからである。こうなってしまっては、やはり万眼の先見性というか、まさに眼力は正しかった、と改めて納得する者は少なくなかった。だからと言って初搭乗から順風とはいかなかった。だからこその訓練があったのだが、より「馴染んだ」のは、カンネがグゼインバルトと呼応し始めてからである。だからこそカンネ曰く、「私は脳。あなたは神経。グゼインバルトは肉体」なのである。
ちなみに、グゼインバルトを伴って城に帰還した時の、国王の安堵と騎士団の歓喜は、焔の闇襲来の不安の中にあるにもかかわらず、祭りのようであった。