その名はチンモク
ところが、とある生命体との出会いが、それを打開する。いともたやすくとはいかなかったが、足がかりとなったのである。
名はチンモクと言った。当の本人が自らを
「チンモクと呼ぶがいい、異国でもそう呼ばれている」
と言ったからである。
最初に会ったのはニキクだった。それは一人っきりでいる時で、ニキクの文字通り目線に現れた時のチンモクは蝶の姿だった。ハヤラでは動物がしゃべることは珍しくない。けれども、ニキクはそれまでに蝶が話すのを聞いたことがなかった。唖然とするニキクに、ただの挨拶だと言って、再会を告げ、チンモクは消えた。
その後、カンネやソシエル、調査団の前に現れた時、チンモクは蜂の姿だった。実はこの点が右記でチンモクを生命体と言い表すしかなかった理由なのである。ハヤラの生物の身体的特徴の中に、形態が変化するという種はこれまでに発見されていなかったからだ。しかし、一同の前に現れるのは間違いなくハヤラに生息する生物である。おそらく自在に形態変化をしている節があった。カンネの万眼でさえも、チンモクが自ら嘲笑するように一つではあるが一体ではない存在としか言いえず、ソシエルが、それが生命体であり、警戒すべき点がないことを補足したおかげで、調査団に加わる騎士が矛を収めたのである。卑屈さと傲慢さを表裏したような物言い、ニキクやカンネ以外の王国騎士団や接触する人物たちへの応答を見れば、ある尺度で善悪、あるいは敵味方と区分するのは可能であろうが、不必要な、あるいはしてはならないような心持にさせた。ましてやそれらの人々の前では蜘蛛の時もあれば、蜻蛉の時もあり、彼らにしてみれば、チンモクの取り扱いはやはり万眼の巫女か、叡智の座主、あるいは新参者に任せるしかなかった。