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グゼインバルト  作者: 金子ふみよ


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グゼインバルトvs焔の闇

 ついに実際に現れた焔の闇。それを認識できたのは、カンネとソシエル、チンモクが言葉で表したことであり、グゼインバルトが双眸を光らせたからでも、騎士団は認識できたのである。人々は絶句した。伝承が目の前におり、自分たちがそれを認識してしまっていることに言葉がついてこなかったのだ。伝承の顕現というなら、すでにグゼインバルトが登場しているのだが、グゼインバルトが現れた際の人々の歓喜は、むしろハヤラの人々の行動としては軽々だったのもかもしれないと、ソシエルは渋い顔をしたものだ。

 焔の闇の姿は、グゼインバルトと違わない巨体――四肢も頭部もないけれどもあたかも人体であるかのように見えてしまうその身体――、悪霊たちとはまるで違った真紅の表面――中にはそれに見とれてしまう者いたくらいだ、まさに甘美なる容姿は高貴邪悪問わず人の心を惑わすのだ――、頭部や四肢がないにもかかわらず、それからはあたかも身体の器官が伸びるように感じられ、さらには言い過ぎでなければ、その立ち居振る舞いからなまめかしさといった雰囲気――チンモク曰く、「あれはかつての焔の闇ではない。まさに現代的な欲望の結果なのだ」――さえ醸し出されていた。しかし、それがむしろ焔の闇を目撃した人々に、背筋が凍えるほどの怯えを催させ、それが恐怖に昇華するには時間がかからなかった。

 焔の闇の進行を遮るように、グゼインバルトは立ちはだかった。捲土重来の焔の闇との攻防は熾烈を極め、小山ほどの巨躯二体の肉弾戦はその巨音や振動が波紋状に大陸全土に広がり、市民の多くが重度の耳鳴りや頭痛、腹痛に苛まれる事態になった。ましてや肉弾戦である以上土地や河川の形状を保たせなくなるのは必至で、まさにそれ自体が災害級の非常事態となった。

「早くどうにかしないと国が荒れてしまう」

 グゼインバルトに搭乗するニキクに焦りが現れる。カンネの万眼の先見性でも、眼前の焔の闇に関して言えば、まさしく武道の間合いのような感じを受け止められるのみで、その弱点を見出すことが出来てなかった。

「カンネ、ソシエルに助言を求めることはできないのか」

「ソシエル様は城の前の防衛線を守ることに必死だ」

 各自が任された職務を全うしようとしてその意気込みがなければいともたやすく足はみるみると後退していただろう。他の任務に参与できる余力はなかった。

「カンネ、ニキク。ソシエルだ。確かに厳しい戦いになっているが、そなたらの活躍でわずかずつではあるが、悪霊の力が弱まりつつある。私から何かを提供はできないが、そなたらの健闘が国を守っていることに変わりない」

 ソシエルの声が頭に響いた。とはいえ、焔の闇とまさに対峙しているニキクにとっては、これ以上の激突は避けた方がいいし、それは国のためでもあり、自身の肉体にかかる負担は戦闘が延びれば延びるほど気を失ってしまいかねなかいほどになっていた。それはニキクの心に、

 ――俺じゃない方がもっとうまくやれたのかもしれない 

 という、弱音をよぎらせた。ソシエルの慰めは、目の前に健全にしている焔の闇を見れば、不確かに感じられたのである。

「ニキク、あなたじゃなかったら、なんてこと考えないで。私の眼があなたを見つけた。グゼインバルトがあなたを受け入れた。ソシエル様も、チンモクもあなただと言っている。それにあなたは一人で戦っているのではなくてよ。それを忘れないで」

 それは焔の闇がニキクの心に点火してしまったからかもしれない。だが、カンネの言葉が、何の含みのない、率直で脚色もなく実直かつ素直な言葉がニキクの暗い種火をすっかり消してしまったのは言うまでもない。

「カンネ、ありがとう。焔の闇を消し、国に人々に安寧を取り戻そう!」

 勇気の炎を再び灯したニキクの言葉にカンネはにっこりとした。カンネの胸が熱くなった。それはニキクと同様にカンネもやる気の炎が激しく燃え始める証でもあった。

「ニキク、来るわ。まさに体当たりが」

「分かった、カンネ。防ぐぞ」

 焔の闇の突進を止め、それから短くはない時間グゼインバルトは焔の闇の国への進行の防波堤となった。

 すでに夜の帳が下り、それによって焔の闇がなお一層際立ち、市民はさらにおののいた。

 一進一退の衝突で、幸いというのは不適切だがそれ以外に言い様がないのでご容赦いただきたいのだが、重火器に類する兵器や能力が行使されなかったのだが、ここに至ってグゼインバルトが邪魔しているよりほかにない焔の闇にしてみれば、事態の打開に新たな作戦を施して不思議はない。現に、焔の闇の顔面に当たる部位の形状を変化させ、口を疑似する器官を生じさせた。

「ニキク! 国に向けさせてはダメ」

 絶叫した瞬間だった。カンネの両眼の五芒星が六芒星になり、虹色に磨滅発光し始めた。同時にカンネは悲鳴をあげた。まるで拷問を受けているかのような痛みに苛まれる悲鳴。グゼインバルトの中から容体を心配するニキクに応答することもできない。

 そのニキクもそればかりに気を取られている場合ではなかった。搭乗するグゼインバルトの内部の、操縦席と呼べそうな狭い空間の一部が変化し出したのだ。正確に言えば、操縦桿の一部が隆起し、装甲状になったのである。右腕をそこに突っ込めと言わんばかりに。ニキクは図象が浮かぶ右腕をそこに挿入した。熱が右腕を侵食した。火傷と片づけられない。皮膚から肉、骨にまで高熱が瞬時に伝搬したのだ。ニキクも悲鳴をあげた。同時に、グゼインバルトの右腕も変化が生じた。装甲が拡張していったのである。それはいびつな四角錐としか言えない形状となった。盾と言えば盾であり、そういう意匠をした剣だと言われればそう見えなくもなかった。

 いよいよ焔の闇は空気を吸い込んだ風船が一気にするように、その疑似器官から放った。赤色のそれは火炎らしかった。光線に類するものではない。それをグゼインバルトは新たにあらわした装具で受けた。眼光を眩いほどに変化させると、焔の闇の放った火炎の速度が減退、降り注ぐそれを腕の新しい武装で防いだのだ。吹ききってだらしなくなった風船と同様に、焔の闇の図体がなよなよし始めたのを好機に、ニキクは熱に苛まれる腕に苦しみながらもそれをふるった。それはグゼインバルトの右腕のそれがまた焔の闇に向けられたのを意味した。かまいたちよろしくグゼインバルトの右腕の拡張した装甲が焔の闇を裁断した。悶絶したのも数秒、焔の闇は灰となり、粒子となり舞い始めた。

「ニキク、それらを放っておいてはダメ。消失させないと」

 苦悶の声でカンネが指示をする。その双眸が見るのはその灰が、粒子が残った場合の未来。一つ一つが小さな焔の闇となり、人に知られぬ間に侵食する。それは疾病として現れたり、激情による暴力の拡大として現れたり、猜疑心による共同体の崩壊として現れたり、あるいは悪霊の増殖・強化として現れたり。それは安寧の国ハヤラとは対極であり、誰も望みえない未来だ。

「なら!」

 ニキクは右腕を前方に突き立てた。すると拡張した装甲がさらに変化した。六角形の巨大な鏡と見える。そこへ満月の光がさした。光は反射し辺りを満たした。灰も粒子もわずかに発光したかと思うと消えた。焔の闇は消滅したのだ。

 安堵と疲労と苦悶に力が抜けた。

「カンネ、ニキク。まだ終わっておらんぞ」

 ソシエルの声だった。頭の中に響く声。どこからか指南してくるのだ。

「カンネ、国王に報告だ。騎士団に指示を出してもらうんだ。ニキク、辺りの消火に当たれ」

山間や平野の一部が発煙しだしていた。焔の闇の火炎を散らした影響だと言うのはすぐにわかった。湖まで飛翔。新しい装甲を今度は皿として使って水を貯え、散布に戻った。消火活動は瞬く間に終わった。


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