安寧の国ハヤラ
安寧の国ハヤラを焔の闇が再び強襲すると予言された。
国の公式の歴史書『フモン』によれば、六七〇〇年前焔の闇がハヤラを襲撃、グゼインバルトという守護が退けたとのことだった。とはいえ、それは伝承に過ぎない、という注釈がつきそうではある。あるが、やはり『フモン』に依拠すれば、焔の闇の襲来の前兆と現在の国の内実が相似している状況を見れば、施政を行う国王の憂いは伝承の検証作業へと向かうのは当然であった。しかも、王女にして、虹彩に内接する五芒星を両眼に持ち、その予言的中や透視の正確さなどによって万眼の巫女と呼ばれるカンネがやはり、その恐るべき再来を予見してしまったとあっては、単なる文献との酷似だけで済まされる事態ではなくなった。
焔の闇はハヤラを壊滅寸前まで追い詰めた災悪で、生物に身体的・精神的変調を引き起こすだけでなく、自然環境にも変化を及ぼし、これまた『フモン』によれば、「それは人も動物も植物も田も畑も、村も町も国も、そればかりでなく、川も湖も海も焼き尽くしてしまった」との記述がある。それは国難の予兆と言い換えることができる。だから、それを回避しなければならなかったのだ。