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私の愛したスパイ

作者: 荒里あゆむ


「ねえ、どうして写真を飾ってくれないの?」


 藤井ミホコは恋人の吉田聖二の席で腰に手を当て仁王立ちになり、怒ったような口調で聖二をなじった。

「こんなことだろうと思ってプリントして持って来たわよ」ミホコは一枚の写真を取り出すと、聖二のデスクを仕切るパーティションに押し付け、赤い半透明の押しピンをぶすりと突き刺して留めた。


 写真は先週ディズニーランドに行った時に撮ったもので、シンデレラ城を背に、頬を寄せ合った二人の幸せそうな笑顔が写っている。

「私はちゃんと飾ってるのにぃ、まったくもう」ミホコは留めた写真を几帳面に微調整すると、プリプリと口を尖らせて自席に戻って行った。


 聖二はミホコが完全に立ち去ったのを見届けると、彼女が貼っていった写真を見つめて悲しそうな顔で考え込んでいたが、気を取り直してパソコン画面に向き直り、目をつぶってキーボードを打ち始めた。聖二のタッチタイピングは完璧で、一文字も間違わずにメールの文章をタイプしていく。


 聖二は産業スパイだった。半年前に今の会社に入社して以来、機密情報を社外に流して報酬を受け取っていた。ほんとうはこんなことはしたくなかったのだが、母親の手術に大金が必要になり、仕方なく犯罪に手を染めていたのだった。

 聖二は書き上げたメールに極秘の設計書を添付すると協力者のアドレスに送信し、メールサーバーに接続して送信ログを消去した。


 翌日、出社した聖二はミホコに呼び出された。ミホコの席に行くと、ミホコと社長と腕組みをした大柄の警備員が険しい顔つきで待っていた。ミホコの机の前のパーティションには、昨日ミホコが聖二の席に貼って行ったものと同じ写真が、赤い半透明の押しピンで留められている。

 ミホコは聖二の顔を見て天使のように微笑むと、社長に向き直り真顔になって言った。


「以前から産業スパイの疑いのあった吉田聖二の調査を行なっていましたが、ついに彼が情報を外部に漏らしている証拠をつかみました」

 ミホコはパソコンを操作してウィンドウを開き、何やら監視カメラの映像のような動画を再生する。


「吉田は会社の機密情報を社外にメールで送っていたようですが、どういう方法を使ったのか今まで明らかな痕跡が見つけられませんでした。そこで、恋人になると見せかけて油断させ、彼の席に押しピン型の小型カメラを仕掛け、ついに決定的瞬間を撮影しました」


 動画には、椅子に座った聖二の姿を斜め前から撮影した映像が映っていた。昨日、みほこは聖二のデスクに写真を貼ると見せかけ、超小型カメラを仕込んだ押ピンを密かに設置したのだった。

 映像の聖二は目をつぶったままキーボードを操作している。


「これが何か? 私には吉田くんが居眠りしながら仕事をしているだけのように見えるのだが」社長がイライラしながらいう。

「しょ、少々お待ちください」ミホコは動画を止めて聖二の顔を拡大したが、映像の聖二の目は完全に閉じられている。


 ミホコは焦って動画を早送り再生した。しばらく進めると突然映像が途切れ、場面が変わってミホコの席の映像に切り替わった。今度は、ミホコがパソコンに向かって仕事をしている動画が映し出される。

「これは・・・・」ミホコの手が止まった。ミホコは慌てて動画の再生を止める。


 聖二は落ち着いた動作でミホコからマウスを奪い取ると、動画の続きを再生させる。

「わ、私はただ仕事をしているだけです」ミホコが怯えたようにガクガクと震え始める。

 聖二はある時点で再生を止め、画面を拡大してミホコの顔を大写しにする。彼女の目が画面いっぱいに映し出される。


 拡大された彼女の眼球に反射して、パソコンの画面が映り込んでいた。そこには、極秘の企画書のファイルを添付した、社外宛のメールが映っていた。


「これはうちの会社の機密情報だが、君はこれを誰に送ったのかな?」社長が厳しい口調で質問する。

「こここ、これは合成された映像です。私を陥れようとした・・・」


 みほこが首を振りながら言うと、聖二はミホコの机の前に貼られている二人のツーショット写真を指差した。

「まさか!」ミホコは写真を留めたピンを引き抜いて調べた。それはミホコが聖二の席に仕掛けたカメラ内蔵の押しピンだった。


「以前から藤井くんが社外に情報を漏らしているという噂があったから、私が吉田くんに依頼して調べてもらっていたんだ。誰に送信したか、ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

 社長がそう言うと、ミホコは観念したようにがっくりと肩を落とし、警備員に促されてオフィスを出て行った。


 社長はそれを見届けると向き直り、上機嫌で聖二の肩を叩いた。

「ごくろうさま、次は総務部の池田くんの調査だ。またよろしく頼むよ」



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