2
「ここが、魔界……!」
「はあ、お嬢様もう帰りましょう。ここは危険です」
周りを見渡し興奮状態のマヤの手を掴みながらリクは落ち着いた口調で言う。
マヤを落ち着かせようとしているようだ。
ただ、好奇心旺盛な六歳のマヤにそんな言葉は通用しなかった。
「思ったより静かね、ここ」
マヤの言うようにこの世界は、本当に魔界なのかと疑ってしまうくらいに静まり返っている。
だが、それ以外は特に変わったところは見つけられない。
マヤの見た事のある街並みと、あまり変わらないようなレンガ造りの建物が並んでいるのだ。
魔界というのならば、二足歩行して、自我のある魔獣が沢山いるものを想像したが、そんなことは無いようだった。人間も見当たらない。
なんか、寂しいところね。
マヤはなんとなくそう思った。
ぼー、と誰もいない街を見つめていると。とんとんと肩をたたかれる。
後ろを振り返れば、魔王の使いが笑みを浮かべて立っていた。
「魔王の使いさん!」
「魔王の使い……、ああ、まだ名乗っていなかったね、僕はテレジアだ。よろしく」
「よろしく、テレジアさん?」
「さあ、自己紹介も済んだことだし、行こうか。魔王シューベ様の元へ」
手を差し出したのでマヤはその手を握り返す。
魔王の使い、テレジアはマヤの手を引き、リクを置いて、ところどころ薄汚れているレンガの道を歩き始めた。
テレジアのその足取りはなぜだかワクワクとしたもののように感じられる。
なんで魔王のところへ行くんだろう。マヤが疑問に思った矢先、
「おい、どれだけ俺を怒らせればいいんだ」
今まで黙っていたリクが怒号を飛ばした。
こんなにリクを今までに見たことがなかった。
マヤの中では、リクは冷静沈着で、マヤがちょっかいをかけても、口元をちょっと緩めながら構ってくれるような、
どうかしたのだろうか。この男がリクの地雷を踏んだのだろうか。それとも、私のわがままで魔界に来てしまったことが悪かったのだろうか。
マヤは手に持っていた人形をぎゅっと握りしめながらリクの顔色を窺った。
「どうしたのリク。君だって…「おい、その口を閉じろ。お嬢様と俺を人間界に今すぐ返せ」
テレジアが何かを言いかけたが、それにかぶせるようにリクが食い掛る。
リク、魔界が気に入らなかったのかな。
蚊帳の外であったマヤが口をはさむ。
「ねえテレジアさん、魔王に会ってなにするの?」
「君が魔王生まれ変わりであることを証明するんだよ。お嬢ちゃん」
にこにことマヤに視線を合わせて言うテレジア。
魔王の生まれ変わり?
リクが何か知っているのではないかとリクの顔を見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
素直に疑問に思ったマヤは今度はリクに問いかけてみることにした。
「どうしてそんな顔をするの?」
「…お嬢様には関係のないことです」
「すげー突き放すじゃんお前。このお嬢さんとの関係大ありでしょ」
「そうかもな、ただ、お前には関係のないことだ。いちいち突っかかってくるな」
また喧嘩が始まった。
この二人の仲はよろしくないのだろうか。
マヤは考えた。二人の喧嘩を止めるには、自分が魔王のところへ行けばよいのではないかと。
魔王と話して、少ししたら家に帰る。そうすればリクもテレジアも言っていることが達成でき、仲直りができる。
思い立ったが吉日、マヤはまた二人の口喧嘩に口をはさんだ。
「ねえリク、テレジアさん?」
二人の目線がマヤの顔へ向く。
きらきらとした表情でこちらの名前を呼ぶ姿で、ピリピリとした空気が少し和らいだように感じられる。
六歳の純粋な瞳は偉大である。
「私が魔王のところ行って、少し話して、おうちに帰るの! どう、名案でしょ!」
誇らしげに言うマヤにリクは少し考えたあと、折れたように言う。
「わかりました、お嬢様。テレジア、お嬢様の前世が分かり次第、すぐに人間界へと返すこと、わかったな」
「へえへえ。わかりましたよーと」
そんじゃ、行こうか。
そういわれ連れてこられたのは、教会だった。
教会のテラスから差し込む光が、中央にある存在感のある本棚を照らしている。
本棚? なぜここに。
そう思いながらマヤはすたすたと前を歩くリクとテレジアの後についていく。
テレジアは慣れた手つきで本を取り出しページをめくると、そのページを見ながら呪文を唱えた。
「鍵解除 魔王シューベの元へ導きたまえ」
「!」
テレジアがそう唱えた瞬間、本から目が開けてられなないほどの光があふれだす。
思わずマヤが目をつぶると、耳元で声が聞こえた。
「ごめんねお嬢ちゃん、ちょっと寝ててね。昏睡少女を眠らせたまえ。」
再度、別のページを見ながら呪文を唱えるテレジアを見ながら、マヤの意識は途絶えて行った。
「よいこらしょっと。リクも捕らえたし、このお嬢さんをとっととシューべ様の元へ移動させてやらねえと」
まばゆい光の中で、ぐっすりと眠らせたマヤをテレジアは抱きかかえた。