10にゃ
吾輩たちが森の入り口に着いたのは、日没の直前だった。
「レベッカー!いるのかー!」
ダニエルが森に向かってできる限りの大声で叫ぶ。
だが、返事は聞こえてこない。
ダニエルは立ち止まって何も聞こえないのを確認する。
そして覚悟を決めた表情をし、森の中に入っていった。
そのダニエルの後ろを吾輩もついていく。
夜の森は昼よりいっそう恐ろしい雰囲気をまとっていた。
魔物がいつ出てきてもおかしくない。
森の中心に近づくにつれて、暗闇と恐怖が増していく。
ダニエルはその恐ろしさを振り払うかのように、ゆっくりと歩みを進める。
と言っても、吾輩にはこの程度の暗さなど関係ない。
猫である吾輩は夜でもこのかっこいい大きな眼である程度見えるのである。
人間より猫が優れている能力の一つであるな。
まあ、天才の吾輩は人間に劣っている部分など一つもないがな。
日は完全に沈みきり、夜になっていた。
ダニエルは少し歩いては、レベッカの名前を呼ぶという行為を何度も繰り返した。
しかし、変わらず返事は返ってこない。
もしかしたら吾輩たちの勘違いで、森に入っていない可能性もあるな。
と吾輩が思った瞬間に、
「おにーちゃーん!」
と誰かが叫ぶような声がかすかに聞こえた。
レベッカ!!本当に森の中にいたのか!
吾輩はレベッカが本当に森にいたことに驚きを感じたが、その後安堵する。
まあ、なんにせよ見つかってよかったな。
そう思い、ダニエルの方を見る。
しかし、ダニエルの表情には変わらず恐怖と焦りが浮かんでいた。
吾輩はダニエルの様子に変化がないことに首をかしげる。
そして、理解した。ダニエルにレベッカの声が聞こえていないことを。
眼だけでなく、耳も吾輩に劣るとは。人間は本当に無能だな。
そう思い、レベッカのことを教えるためダニエルにニャーと話しかける。
「うわぁ!なんだ!」
ダニエルは大きな声を出して驚いた。
「なんだお前か。いつからそこにいたんだ。黒すぎて気づかなかった」
吾輩は完全に森の暗闇と同化していたらしい。
ずーっとお前の後ろにいたぞ。
「なあ。お前。レベッカを見なかったか」
ダニエルが吾輩に話しかける。
当然吾輩は人間の言葉で答えられないので、代わりにニャーと鳴く。
そして、自信満々な様子でゆったりとレベッカがいであろう方向に歩いていく。
こうすると人間はたいてい吾輩の後についてくる。
以前に迷子になった子どもをこうやって親の元に連れて行ってやった。
吾輩は本当に優秀で天才であるな。
案の定、ダニエルも吾輩の後をついてきた。
「なあ、本当にレベッカはこっちにいるのか?」
ダニエルは吾輩の後ろをついてきながら何度も何度も話しかけてくる。
心配なのは痛いほどわかるが、こいつ少々しつこいな。
そんなことを思い始めたとき、吾輩の耳に小さな泣き声が聞こえてくる。
レベッカだ!吾輩はそちらに全力で駆け寄る。
「なんだ!見つかったのか!!」
ダニエルも吾輩に慌ててついてくる。
「レベッカ!無事か!!」
ダニエルが叫ぶ。
「お兄ちゃん!」
レベッカの返事が聞こえた。
そして、ダニエルはレベッカを見つけると、走り寄りそのまま抱きしめた。
「良かった。本当に良かった」
ダニエルも涙を流していた。
吾輩も涙を流しそうである。感動モノには弱いのだ。
しばらく二人は抱きしめあって涙を流していた。
「お前もありがとな。本当に感謝している」
ダニエルが吾輩に感謝の言葉を述べる。
「あれっ、なんでお兄ちゃんとクロマルが一緒にいるの?」
レベッカが首をかしげる。
「いつの間にか後ろにいた。レベッカを探すのを手伝ってくれたんだ」
「そうなの、クロマル!ありがとう!」
レベッカがダニエルを振りほどき、吾輩を全力で抱きしめる。
痛いのである!吾輩は抗議のためにニャーと鳴く。
それに気づかぬレベッカは吾輩をしばらく抱きしめ続けた。
さて、あとは村に帰るだけであるな。
何も起きなければよいのであるが……