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キミに逢いたくて・・・

作者: 皇 瑠奈

前回「あの日に帰りたい」を書いたとき、書きながら凄い疾走感がありました。

PC入力ですが、いわゆる、どんどん筆が進む、という感じでした。

今回もそんな疾走感のあるお話が書けた感じがします。

楽しんでいただけたら、と思います。

「まま、か~い~」

 3歳の息子、悠真(ゆうま)の声だ。

「ん?ゆ~くん何見てるんだい?」

 洗面所で鏡を前にネクタイを結んでいた俺は、リビングに戻る。

 悠真の見ていたのは、ママ、真由華(まゆか)が実家から持ってきたアルバムだった。

 実に分厚い。

 ご両親に愛されたのだろう、これでもかというくらい、たくさんの写真が収まっている。


「ちょっと(かず)くん、時間大丈夫?遅刻しちゃうよ?」

 真由華がエプロンで手を拭きながらリビングに来る。


「あら、ゆ~くん、ママのアルバム出しちゃたの?」

「まま、か~い~ね〜」

「あらそう?ありがと♪」

 ママが悠真を抱き上げ、ほっぺにキスする。

 悠真がママの腕の中でキャッキャキャッキャ笑う。


 どれどれ、と真由華のアルバムを片付けようとした俺は、たまたま開いていたページで一枚のプリクラシールを見つけた。

 それは、高校時代の真由華の写真が収められたページだった。

 その隅に一枚、ぽつんと貼ってあるプリクラシール。

 しかも、真由華自身の手によるものなのか、シールを囲うようにハートマークが描かれている。


 俺の目はそこに釘付けになった。

 若かりし真由華がスーツ姿の男と写っている。

 しかもハートマークまで描かれて。 

 ・・・誰だこれは。

 思わずムっとした。


 目を細めて男の顔を確認しようとする。

 だが、解像度のせいか、経年で色が飛んでしまっているからか、いまいち表情が判別出来ない。


 と、いきなりアルバムが横から奪い取られた。

 真由華だ。

 アルバムを背中側に抱えて、俺から遠ざける。


「・・・誰だよ」

「・・・何が?」

「プリクラの男だよ」

「何の話?」

 そのあからさまな、しらばっくれぶりに、イラっときた。


「なんで隠す必要があるんだよ!!知り合う前のことで怒るとでも思ってるのか!!」

「怒ってるじゃない!!」

「ぱぁぱぁ、まぁまぁ、けんかめー!!」

 悠真(ゆうま)が割って入る。


 「ううん、けんかなんかしてないよ~。パパとママ、仲良しだから~」

 真由華が悠真を抱き締め、ほっぺにいっぱいキスをする。


 俺は黙ってスーツの上着を羽織り、通勤カバンを手に玄関に行った。

 そのまま靴を履く。


「ちょ、(かず)くん、お弁当持ってってよ」

「いらない」

 真由華が悠真を抱っこしたまま、玄関まで追いかけてくる。

「もぅ、何怒ってるのよ。さ、お弁当」

 俺はその場で止まって黙り込む。真由華と悠真に背を向けたままだ。

 その背中に何かを感じたのか、真由華が言う。


「夫婦でも、言えることと言えないことがあるわ」

「これは『言えないこと』なんだな?」

 黙り込む真由華。


「もういい」

 俺は真由華から弁当箱を奪い取り、玄関のドアを開け、そのまま後ろを振り返ることなく、乱暴に閉めた。





 俺は怒っていた。

 俺と知り合う前に親しい男性がいたことに怒っていたのではない。

 ・・・いや、全く怒ってないかと言われると、いまいち自信はないが。

 だって独占欲強いもん。悪いか。

 いやいや、そうじゃない。


 俺が初めての彼氏だと言ってたのは嘘だったのか?そんなことで嘘をついていたのか?

 その辺りの件に関して怒ってないと言えばウソになるかもしれないが、問題はそこじゃない。


 俺が怒っているのは、結婚後何年も経っているのに、男と写っている写真を後生大事に残しておいたことと、それに関してしらばっくれたことだ。

 そんなにその男のことを忘れられないか。

 ならそいつと結婚すれば良かったじゃないか!!


 俺はプリプリしながら最寄りのバス亭に来た。

 バス亭にはまだ誰もいなかった。

 7時10分。いつもなら、もっと人がいるのにな。

 ちょっとだけ気になったが、さっきまでの怒りの方が勝った。


 これから会社だってのに、なんで朝っぱらから怒らなきゃいけないんだ。

 足の裏に異変を感じた。

 足元を見た。 

 ちょうど乗ったレンガタイルが割れていた。


 何でこんなとこ割れてるんだよ。早く直せよ、まったく。 

 普段なら怒らないことが、なぜか無性に癇に障る。

 後ろに人が来始め、俺を先頭に列が出来た。


 ちょうど右からバスが入ってきた。

 もうちょっと前に出ようと足を一歩前に出したとき。

 つまづいた。

 そこもレンガタイルが割れていて、足を取られた。 

 俺はそのまま前に倒れた。

 バスのタイヤが目の前に迫る。

 キキィィィィィィィィィ!!!!!!

 急ブレーキのけたたましい音がする。

 そして俺は・・・・・。





「おい、兄さん、大丈夫か?」

 俺は中年男性に起こされた。

 紺のセダンが前に停まっている。

 俺は轢かれかけて、間一髪助かったらしい。

「す、すみません」

 俺はそう言って頭を下げた。

「朝だから寝惚けちまったかい?無事だったらいいんだ。気をつけてな」

 中年男性はそう言って車に乗って去っていった。


 いけないいけない、バスに乗らなくっちゃ。

 手足の埃を払いつつ立った俺は呆然とした。

 バスが無い、どころではない。

 バス停が無い。

 慌てて周囲を見回す。


 自分の後ろに人がいないどころか、周りに家自体が無かった。

 足元はレンガタイルも敷かれていない、ただの土だ。


 どこだここは。

 遠くの小学校。目の前の道の曲がり具合。公園やポストの位置。

 全部見知ったものだ。

 だが、無くてはならない家々が半分も見受けられない。


 俺は自宅まで走った。

 バス停から歩いて5分。

 いつもの曲がり角を曲がってそこにあったのは・・・ただの造成地だった。

 我が家が消えていた。

 あまりのショックに腰がくだけ、俺はそこにへなへなと座りこんだ。




 一時間は座っていたろうか。

 俺は意を決し、人がいるところに行くことにした。

 とにかく駅に向かおう。


 30分歩いた。

 ヘトヘトだ。足が痛い。体がなまっているにもほどがある。 

 バスのありがたみが身に沁みる。


 ともあれ歩いてくる間に分かったことは、ここが俺の住む街で間違いないということ。

 では、何が起こっているのか。

 疲れた足を休めるため、俺は駅前のベンチに腰を下ろした。

 ちょうど通り掛かった人が、ベンチ併設のゴミ箱に新聞を捨て、歩き去っていった。

 何の気なしにそれを見た。

 不意に焦点が帰ってくる。

 俺は跳ね起き、急いでゴミ箱の新聞を拾った。


 一面は政治面だ。そこに、組閣式の写真がデカデカと載っている。だが、俺の知っている限り、中央、総理のいるべき場所にいるこの人は、何代か前の総理で、数年前に亡くなっているはずだ。


 俺は新聞上部の日付覧を見た。

 2011年12月10日。

 それは、10年前の日付だった。

 俺は10年前の世界に来てしまったのだった・・・。





 俺は電車で二時間の隣県に来ていた。

 どうしようもなく不安で、淋しくてたまらなかったからだ。

 駅を降りて、農道まで歩いた。

 歩きながら涙が出てきた。 

 会いたい。会いたい。

 ただそれだけでここまで来てしまった。

 腕時計を見る。16時だ。


 俺が聞いた通りなら、この農道は通学路のはず。

 と、正面からJKの乗った自転車が来る。

 紺のブレザーにチェックのスカート。首元には赤いリボン。

 ちょっと低めのポニーテール。

 そして銀色の自転車。

 聞いていた通りの組み合わせだ。

 俺は道を塞ぐ形で立った。

 

 JKが自転車を急停車させる。

 5メートルの距離を取って、俺たちは互いを見た。


 か、可愛い。

 むっちゃ可愛い。

 写真でしか見たことのない、若かりし頃の真由華だ。


 だが、俺の感動をよそに、当のJK真由華が思いっきり警戒しているのが目に見えて分かる。


白石 真由華(しらいしまゆか)さん・・・だね?」

 俺は声を掛けた。

 彼女は何も言わず、その場で自転車を切り返し、全速力でペダルを漕ぎ始めた。


「待った、待った、待った~~~!!」

 俺は痛む足を奮い立たせて走って、彼女の前に回り込んだ。

「怪しい者じゃない、話をしたいだけだ!!」

「十分怪しいです!!そこを通してください!!!!」

「キミの力を借りたいだけだ」

「ただの女子高生に貸せる力なんてありません!!」

「とにかく、話を聞いてくれ」


 俺と真由華は、また対峙した。

 いくら人がいない農道とはいえ、そのうち人が来かねない。


 思い切って話を進めることにした。

「・・・俺は、斎藤 和樹(さいとうかずき)。キミの未来の旦那だ」

 彼女は何も言わず、その場で自転車を切り返し、全速力でペダルを漕ぎ始めた。


「待った、待った、待った~~~!!」

 俺は痛む足を奮い立たせて走って、彼女の前に回り込んだ。

「怪しい者じゃない、話をしたいだけだ!!」

「十分怪しいです!!さては、ヘンタイさんですね?そこを通してください!!!!」

 

 俺はその場でがっくり膝を付いた。

「真由華、やっとキミに会えたってのに・・・」

「人のこと、名前で呼ばないでください、ヘンタイさん。さようなら!!」


 真由華が自転車を漕いで去っていく。

「真由華・・・まいちゃん!!」

 俺は叫んだ。


 真由華が自転車を急停止させる。

 

「なぜその呼び名を知ってるんですか?」


「・・・君は幼いころ、自分のことを『まゆちゃん』と呼べなくて『まいちゃん』と呼んでいた。

 だから家族の間で『まいちゃん』が定着して、キミのことを『まゆちゃん』ではなく、『まいちゃん』と呼ぶようになった」  


「その呼び名は家族しか知らないはず。誰に聞きました?」


「・・・キミだよ。キミが教えてくれたんだ、真由華」

 俺はそこで初めて、写真ではない、JK時代の嫁を間近に見た。





 真由華は俺の財布を漁り、その中から免許証を見つけ出した。免許証の写真と実物の俺を見比べる。

 

 俺たちは、近所の公園の東屋で、二人して向かい合う形で座った。

 行きつけの床屋の会員証も、病院の診察券も、コンビニのレシートも、財布の中に入っていた一切合切がテーブルの上に出された。

 真由華がそれを見ながら、言う。


「わたしについて知っていることを話してください」

 俺は答える。


「キミは白石 真由華(しらいしまゆか)。今は・・・高校二年生だよな。その自転車、聞いていた通り、銀色だ。家と駅の通学用の銀の自転車ってことは、確かそれは『鋼丸(はがねまる)』のはずだ。そして通う学校、城東高校と駅を通う用に用意している自転車が青の『流星丸(りゅうせいまる)』、だったよな」

「なななんでそれを!!!!!!わたしだけしか知らない、心の中の設定だったのに!!」

「だから、キミが教えてくれたんだ。そう言ったろ?」


「俺は見てなかったけど、確かテレビアニメ、『闘え雷神丸!!』のライバルキャラの乗ってたロボの名前だったよな。普通、主人公ロボの名前を付けるだろうに」

「主人公よりライバルキャラの方がカッコよかったから」


「二つ、教えてください」

「何なりと」

「なぜわたしに会いに来たんですか?」


「喧嘩した直後でこんなことになっちゃって淋しかった、ってのも嘘じゃない。でもそれと同時に思い出したんだ。真由華が書道部とミステリー同好会を掛け持ちしてたこと。何か同じような事例を知ってて、それが解決の一助になるんじゃないかと思ったんだ」

「『部』です」

「は?」

「ミステリー『部』です」

 真由華が上目遣いに俺を睨み付ける。


「でも会員は、幼馴染の梨花ちゃんと二人しかいないんだろ?そういうのを同好会って言うんだぜ。・・・って俺が茶化すと、キミは必ずこう言うんだ」

 俺は真由華の抗議に返した。


「二人しかいなくても、心は『部』です」

「二人しかいなくても、心は『部』です」

 ハモった。 

 どちらともなく笑う。


「もう一つ、いいですか?」

「どうぞ?」

 真由華が財布を指差す。


「なぜ財布を渡したんですか?」

「・・・言ってる意味が分からないんだが」

「だって、財布って大切なモノじゃないですか。赤の他人に渡していいモノじゃないでしょ?」


 あぁそういうことか。


「俺は給料の管理を全て真由華にお願いしていた。何にいくら使おうが自由にしてくれってね。

 で、会社の自販機や帰りのコンビニとかでいくらか使って俺の財布の中身が乏しくなったら補充をお願いしていたんだ。

 真由華はその度に、いくらか俺の財布に補充し、その代わりにレシートを抜いていった。家計簿を付ける為にね。

 うちはそれが当たり前だった。だからだろうな、俺がキミに財布をいじられるのに全く抵抗が無いのは」

「分かりました。まだ納得しきれてない部分もありますが、とりあえず信じましょう」


「で、これからどうします?」

「え?」

「もうすぐ暗くなります。行くアテはあるんですか?」

「あ〜、そっか。そうだよな」


 俺は考え、一つの結論を出した。

「隣の市に大型スーパーがあったよな。そこの隣に素泊まり可能な温泉施設があったはず。そこに泊まるよ」

「・・・大型スーパーは今建設中です。隣もまだ空き地で、どんな店舗が入るかも決まっていません」


 なんてこった。あれ、ここ最近の建物だったのか。

「じゃ、駅前のビジネスホテルに泊まろう。そうしよう」


 真由華が俺の財布から硬貨をつかみ出して言った。

「わたし、銀行のことは詳しくないんですけど、ビジネスホテルから未来の硬貨が出てきたら大騒ぎになりませんか?偽造貨幣だって。

 お札だって、わたしたちの知らない間に透かしの位置とか微妙にバージョンアップされてて、それが機械に引っ掛かる可能性もありますよ?そしたら警察呼ばれてアウトじゃないですか」

「・・・それは気付かなかった」


「ここまでどうやって来ました?」

「え?電車だけど」

「お金は?」

「硬貨が沢山あったから、それを入れて・・・」

「その中に、未来の日付の入ったものが無いことを祈りましょう」

 真由華がため息をつく。


「あ、そうだ。納屋、あったよな。あそこにお義父さんが畑仕事をするときの資材が入ってたはず。あそこにお米入れる袋とかいっぱい積んであって、悠真とそれ被って遊んだんだ。あれを重ねれば、寒さが凌げるかも」

「家が兼業農家やってることまで知ってるんですね」

「?そりゃ知ってるよ。毎年手伝いに来るもん」


「・・・とりあえず、わたしの部屋に来て。凍死するよりはマシでしょ。あ、でも、変なことはしないでね」

「分かった」

 俺は真由華と、真由華の実家に向かった。





「この時間なら、お母さんはユキの散歩に行ってるはず。さ、入って」

 俺は勝手口から真由華の実家に入った。


 と、そのとき。


「おや、和樹くんかい」

 全くの不意打ちで、声が掛けられた。


「おじいちゃん」

「おじいちゃん」

 思わずハモる。

 俺も真由華も緊張する。

 だが。


「何だ、来てたのかい。悠くんは一緒じゃないのかい?」

「悠真はお義母さんと散歩です」

「そっかそっか。ま、ゆっくりしていくといいよ」

 おじいちゃんがリビングの方に戻っていく。


 俺たちはこっそりと二階の真由華の部屋に行った。


「何でおじいちゃんがあなたの名前、知ってるの?」

 ドアが閉まった途端、真由華が慌てて振り向く。

「分からない。俺が真由華の両親に挨拶に来るのはまだ5年は先のはずだ。俺のことが分かるわけがない」

「子供の名前まで知ってた。何でだろう」


「・・・おじいちゃん、去年辺りから軽く痴呆が始まってるのよね。その辺りが関係してるのかも」

 真由華がボソりと言う。


 俺の目から自然と涙がこぼれた。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ」

「もう会えないと思っていた人に思いもかけず会えたから・・・。よく悠真を抱っこしてもらったな〜って思って」

「え?」

 真由華が反応する。


 まずい、しゃべりすぎた。

 真由華はしばらく黙った後、言った。


「・・・ひ孫を抱かしてあげられたのよね。ならそれだけで十分だわ。後は聞かないでおく。この話はここで止めましょう」

「分かった」

 しばし沈黙が訪れる。

 その沈黙を破ったのは真由華だった。


「ね、お腹、空かない?何か台所から持ってこよっか?」

 その言葉で思い出した。

「俺、弁当持ってる。今日のバタバタですっかり忘れてた。傷んでないといいけど」


 そう言って、俺は弁当箱を出した。

 小さくて、花柄の弁当箱だ。


 真由華が息を飲む音が聞こえる。

「ん?これ?あぁ、最近腹が出てきたからダイエットに、って小さな弁当箱に変えられちゃったんだよ。昔、真由華が使ってたやつらしいんだけどね」

 フタを見せる。

 マジックで書いたらしい『白石 真由華(しらいしまゆか)』という字が、消えかけの状態でうっすら残っている。


 俺はどうも、思っていた以上に腹が減っていたらしい。

 箸が止まらない。


「これ・・・」

 真由華が持っていたバッグから弁当箱を出した。

 それは、全く同じものだった。

 フタにくっきり白石 真由華(しらいしまゆか)と名前が書いてある。


 消えかけの字と書いて間もない新しい字。

 だが、どう見てもその字は同じものだ。

 違いは、新しいか、使い古しているか、くらいだ。


「そっか、高校時代に使ってた弁当箱だったんだな、これ」

 俺は気にせず弁当をパクつく。


「結構重大な証拠物件なんだけど・・・」

「ん?何か言った?」

「・・・何でもない」

 推し黙る真由華を横目に、俺は弁当を食べ続けた。





 俺は時計を見た。21時だ。

 真由華は一階のリビングで家族と団欒中だ。

 念の為と思って押し入れに隠れているのだが、当然のことながら、狭いし暗いしで、退屈なことこの上ない。


 トントントントン。

 階段を上がってくる音がする。

 俺は身を固くした。

 何度も来たことのある女房の家にいるのに、気分はまるで間男だ。


「開けるね」

 小声で呼びかけがあった後、スっとふすまが開けられる。


 俺は辺りを警戒しながら押し入れから出た。

 真由華が部屋のカギを掛ける。


「みんな寝たわ。でも、あまり大きな声は出さない方がいいでしょうね」

 思わず安堵のため息が出る。


「ね、写真とか持ってないの?」

「写真?スマホなら」

 俺は真由華にスマホを渡した。

 

「何これ、画面大きい!!わたしのなんか、これよ?」

 真由華が自分の携帯を差し出す。

 パカパカ携帯だ。ふっる。

 思わず笑ってしまったが、真由華は俺のスマホに興味深々だ。

「ちょっと待って、写真フォルダを開くから」


「わたしだ・・・」

 まず開いたのは付き合い始めの頃、23歳の真由華の写真の入ったフォルダだった。

 銀座に店がある、有名ブランドの花柄ワンピースを着て、こちらに向かって微笑んでいる。

 俺も一緒に覗き込む。

「これは、最初のデートのときの写真だね」


 真由華がどんどん写真を繰っていく。

 どの真由華も幸せそうに微笑んでいる。


「・・・わたししか写ってないよ?」

「そりゃそうだろ。俺のスマホなんだから」

「なるほど」


「これ、何?」

 真由華が動画マークを指差す。

「押してごらん」


 動画が始まる。

 それは、夜のお台場の風景だった。

 動画は横から撮られていた。

 置かれたスマホで撮っているのだ。

 ちょっと画像が荒めなのは、撮った動画を機種変更で移したからだろう。


「結婚、してくれますか?」

 俺はベンチに座っている真由華を前に片膝をついている。

 そのまま俺は、両手で指輪ケースを開いて、うやうやしく真由華に差し出した。

 すでに俺から渡されている大きな花束を抱えた真由華が左手を俺の方に差し出す。

 俺は真由華の手を取り、そっと、その指に指輪をはめた。


 すぐ返事が貰えると思いきや、真由華は貰ったばかりの指輪をライティングに照らしながらニヤニヤしている。

「どうしよっかな~♪」

「え~?」

「指輪と花束だけ貰うってのは?」

「そんなぁ」

「うそうそ。・・・大切にしてね」

「うん」


 ひとしきり抱き合った後、真由華の顔がアップになる。

 映像を確認しに来たのだ。


「ちゃんと撮れた?」

「多分」

「これ、残しておいてね。後でパソコンに落として、永久保存するんだから」

 真由華が画面に向かって満面の笑みを浮かべ、手を振った。

 そして映像が途切れた。


「・・・恥っず」

 JKの真由華が顔を真っ赤にしながらボソリと言う。

「24歳のキミは、ノリノリだったぞ」

「7年後の話なんか知らないわよ」

 グーで殴られた。


「こっちのフォルダは?」

「どうぞ、見ちゃって」


 そこに映っていたのは、生まれたての赤ちゃんだった。

 おくるみ状態の赤ちゃんのアップから少し画面が引いて、隣で横になっている女性が写る。

 出産直後の真由華だ。


 髪が乱れている上に、激しい疲れでかなり気だるそうだが、その顔にはうっすらと安堵の表情が浮かんでいる。

その顔が、横に寝かされた赤ちゃんを見やる。


「ありがとうね、生まれてきてくれて」

 真由華が声を掛ける。

「ありがとうな、真由華、この子を産んでくれて」

 感極まって涙と鼻水でぐしゃぐしゃな俺の声が画面外から聞こえる。


 隣を見た。

 なぜだか、JKの真由華も泣いている。

 俺の視線に気付いて、慌てて顔を背ける。


 JK真由華が次の動画ボタンを押した。


「ぱぁぱぁ」

 小さな男の子が芝生の庭の上を、こちらに向かって歩いてくる。てけてけ危なっかしそうだ。


「これは、結構最近だな。半年経ってないんじゃないか?」

 解説する。


「ゆ~くん、危ないよ~」

 画面に向かって近付いてくる真由華が映った。

 真由華が悠真を抱っこし、そのほっぺにキスをする。

 悠真がくすぐったそうに笑う。

 そこで動画が終わった。


「幸せそうだったね、わたし・・・」

「うん。・・・逢いたいな、俺の真由華に。逢いたいな、俺の悠真に」

 思わず涙がこぼれる。

「・・・何とか探そう、帰る方法を」

「うん」


 ダメだ、涙が止まらない。

 そんな情けない俺を、JK真由華がそっと抱きしめてくれた。


 しばらくそうしていたろうか。

 俺が落ち着いたのを見計らって、JK真由華が言った。


「この動画は何?」

 俺は涙を拭きながら画面を見た。

 カギが掛かった動画フォルダだ。

「あぁそれ。作ったの真由華だよ。俺にはその8桁の暗証番号が分からないんだ。『いつか見れるときが来るから』って言ってた。すっかり忘れてたよ」


 JK真由華は一瞬考え、それからスススっと遅滞なく指を滑らせた。

 その動きは、まるで答えを知っている者の動きだ。

 そして、カギが開いた。


「え?え?どうやって開けたんだ?」

「もしわたしならこうするって思っただけ」

 動画が始まる。

 そこにいたのは、真由華だった。


「初めまして、17歳のわたし」

 そこに映っていたのは、27歳の真由華から、17歳の真由華へのメッセージだった。

 

「あなたがこの動画を見ることは分かっていたわ。だってわたしが体験したことだもの。

 さぞかしびっくりしたことでしょうね。

 でも数々の証拠を見て、あなたはもう確信しているはずよ。

 そこにいるのが自分の旦那になる人だって。

 

 改めてあなたにお願いするわ。

 (かず)くんを助けて。


 あなたが思い浮かべた方法、多分それが正しい。

 いくら考えても、他に可能性を思いつけなかった。

 もしダメだった場合は、わたしが責任を取る。

 一生掛けて十字架を背負う。

 だから、あなたはあなたの思ったことをして。

 そして、わたしとあなたとで、(かず)くんを本来の時間軸に帰しましょう」


 そこで映像が切れた。

 JKの真由華が何か思い詰めた表情をしている。

「あの・・・」

 俺は声を掛ける。


「明日は土曜日。朝から動けるわ。始発の電車に乗って出掛けましょう」

 JK真由華が真っ直ぐ俺の目を見て言った。

 その目には、決意の炎が燃えていた。





 翌朝、俺たちは、まだ家族が寝静まっている間に家を出た。

 昨日はよく眠れなかった。

 眠い。


 駅に来た俺は、電光掲示板を見た。

 あと20分くらいで始発電車が来る。


「ごめん、小遣い少ないだろうに、俺の分まで出させちゃって」

「あなたのお財布、わたしが預かるんでしょ?だったらいいわよ。後で回収するから」

 JK真由華がニッコリ笑う。


「あ、ねぇ、あれ、やらない?」

 売店の隣にプリクラの機械が置いてある。

 見た目は新しいが、俺の記憶では、ずいぶん古い型だ。

 

 俺は機械に押し込まれた。

 JK真由華が俺にピッタリくっつく。

 昨日警戒してた子とは思えない。

 すっかりリラックスしている。

 そうして何枚か撮って、満足したらしい。

 

「さ、電車が来たわよ。行きましょ」

 俺はJK真由華に腕を引っ張られ、電車に乗り込んだ。





「ね、わたしたち、いつ出会ったの?」

 電車に乗ってしばらくして、JK真由華に問われた。

「会社だよ。キミが新入社員として入ってきたときに、俺が教育係を担当したんだ」

「わたし、どんなだった?」

「可愛かったよ。DNAが呼んだって感じで一瞬で恋に落ちた。だから知り合ってすぐ交際を申し込んだ」

「へぇ、そうなんだ・・・」

 なぜかJK真由華が照れている。

「未来の話だよ?」

「分かってるわよ、そんなこと」

 グーで殴られた。


 何本か電車を乗り継いで、俺の家の身近な駅にまで来た。

 そこからタクシーに乗って、俺の家・・・の建つであろう場所まで来た。

 まだ朝早い。

 しかも作り掛けの新興住宅街だから、人が全くいない。


「ここがわたしの家になるんだ~」

「うん。今の俺の時代では、悠真を入れて家族3人で暮らしているよ」

「そっか。うん、いいとこだね」

 俺たちはしばらくそこで土地を眺めていた。


「いけない、そろそろ時間だ。例のバス停、連れてってくれる?」

「バス停?いいけど、この時代ではまだ無いよ」

「いいの。さ、連れてって」

 俺たちは歩いて5分のバス停まで行った。


「ここに立っていたのよね?」

 JK真由華が問う。

「そう、ここ」

 俺は記憶にあった場所に立った。

 JK真由華が腕時計を確認している。

「で、それがどうした?」


「7時10分。(かず)くん、また未来で会いましょ!!」

「え?」

「同じ時間、同じシチュエーション。わたしにはこれしか思いつかなかった!!」

 その瞬間、俺はJK真由華に突き飛ばされた。

「でもわたしはわたしを信じる!!わたしはあなたを信じる!!わたしは未来を信じる!!」


 真由華の声を聴きながら。俺はそのまま前に倒れた。

 倒れ込みながら、振り返った。

「わたしがあなたを守るから!!!!!!」

 JK真由華が叫んでいる。

 いや、二人だ。

 俺は幻を見ているんだろうか。

 17歳の真由華と27歳の真由華が並んで叫んでいる。


 ゆっくり路面が近付いてくる。

 周りが限りなくスローに見えた。

 右方向からバスが迫ってくる。

 

 轢かれる!!!!!!

 まさにその瞬間、俺の両手が同時に掴まれた。

 左手を17歳の真由華が。

 右手を27歳の真由華が。

「わたしがあなたを守るから!!!!!!」

 二人の真由華が再度、同時に叫ぶのが聞こえた。

 凄い力でグっと引き戻され・・・気付いたら俺はバス停に尻もちをついていた。


 俺は真由華に抱き締められた。

 なぜだか真由華が、わんわん泣いている。

 その隣で、悠真もわんわん泣いている。


 そんな俺たち家族を避けるように、バス停にいた人たちがバスに乗り込んで行った。

 ・・・今日は会社を休むか。

 俺は、泣きながら俺に抱きつく真由華と悠真の背中を優しくぽんぽんと叩き、立ち上がった。





「俺、夢、見たのかなぁ・・・」

 真由華の出してくれたホットコーヒーを飲みながら、つぶやいた。

 おれの座っているソファの隣で、悠真が親指を口に突っ込んで寝ている。

 泣き疲れたのだろう。

 俺は悠真の髪の毛を優しく撫でてやった。

 

 真由華がアルバムを持って戻ってきた。

 黙ってプリクラ写真の貼ってあるページを開く。

 ちょっとムっとする。

 またケンカをしたいのか?


「それ、あなたよ」

「・・・へ?」

「そのプリクラの背景、覚えてない?」

「・・・あぁ、あれか!!JKだった真由華と一緒に撮ったあれか!!」

 俺は俺に嫉妬していたのか・・・。


 ふふっ。思わず笑みがこぼれる。


「ほんと、バカなんだから」

 真由華も笑う。


 二人してひとしきり笑ったあと、真っ直ぐ俺の目を見て真由華が言った。

「おかえりなさい」


 俺も、真っ直ぐ真由華の目を見て言った。

「ただいま」


      END 

 



自分で言うのも何ですけど、この作品、結構気に入ってます。

家族は『あの日に帰りたい』の方が好きだと言ってます。

ハッピーエンド、バッドエンドの違いでは無くって、テンポの違い

らしいんですけど、ん~~、難しいなぁ。

その辺り、意見などあれば、ぜひぜひお願いします♪


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