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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

TRPG部 パイロット版

作者: シロクマ

「チャンスボール!!」


 敵陣コートに響き渡る少女たちの声、チームは一丸となって滞空するボールを捕らえてくる。

 レシーブが堅実に受け止め、司令塔たるセッターのトスが上がった。


 アタッカーが跳躍する。高く、うんと高く。

 渾身のスパイク。彼女は己の最高到達点の高さで寸分狂わず、バレーボールを弾き飛ばす。


「ごめん」


 ――鷹飼たかがい 六花りっかの鉄壁ブロックは、敵の“最高”の遥か上に届く。

 冷徹な、身長差という天賦の才能によって努力と情熱を踏みにじる。


 ダンッ!と敵コートの床板がボールの衝撃を吸って振動した。あっけない幕切れだ。


 わっと歓声が上がる。

 チームメイトはやった、県大会優勝だと最後の一点を決めた六花に駆け寄ってくる。


「やった! あたし達やったんだよ空!」


 嬉しいには嬉しい。なのに六花は勝利の美酒に酔いしれるなんて気分にはなれなかった。

 失礼だとはわかっている。

 けれど――惨敗した敵チームの悔しそうな様子がどうしても目を離せなかった。


『チートだよね、六花のデカさは!』


 更衣室で、褒めるつもりでチームメイトがそう言葉したことがある。


 15歳にして身長182cm。

 全国区レベルの高身長に育ってしまった六花のブロック最高到達点は、平均身長の女子には断崖絶壁が立ち塞がるに等しいプレッシャーとなる。

 六花よりバレーボールという競技に真剣に打ち込んでいる者がこの県大会には幾人も出場していたであろうに、それを身体的素質の一点が凌駕してしまう。


『……そうだね』


 贅沢な悩みなのだろう。

 他人が願っても得難い能力を持つがゆえに、高身長を活かすということは、あたかも義務だ。

 反則チートだといわれても仕方ない。


『もうさぁ、六花はバレーで無双するために転生してきたんじゃない?』


『ネット小説の読みすぎ、ああいうの憧れるけど、それならいっそ2mは欲しかったかな』


 冗談めかして言ってみる。

 これがいわゆる“フラグ”だったのかな、と後に六花は自嘲することになる。







 県内の交通事故の発生件数は、年間に数千件といわれている。

 県大会の帰り道、チームメイトとの他愛ない会話、夕暮れ時――。


「――っ! 七海!」


 それは高齢ドライバーの運転する軽トラックの、操作ミスによる歩道への突入事故だった。

 鷹飼 六花はその夕方、地方ニュースに報じられることになった。

 友人かばい全治一年の骨折、勇敢な少女として。


「……トラックにはねられても案外しないもんだね、異世界転生」


 病院での退屈しのぎにハマりつつあったネット小説群をもじって冗談を言ってみると、見舞いの花束を放り出して、七海は「ごめん、あたしのせいで……!」と泣きついてきた。

 幸い、誰も死んではいないわけで、不幸中の幸いといえる。


 それより何より、六花はほんの少しだけ安堵してもいた。こうなれば当分、六花は“義務”について考えなくてもいい。穏やかに療養生活を送る、ただの怪我人でいられる。


 やっとバレーボールを辞める決心がついた。

 鷹飼 六花、中学三年生、夏のことだった。



 高校一年生の春、部活動の勧誘シーズン真っ盛り。

 鷹飼 六花、トレードマークは車椅子。療養生活の経過は順調なれど、まだ松葉杖には早い。

 地元の高校ながらクラスに知り合いもなく、友達つくりもままならず、安定のぼっち。――というわけでもなく、車椅子姿を不憫に思ってか、六花にも友達はできた。優等生グループの、まっすぐ素直な感じの子達だ。


「鷹飼さん、部活動はもう決めた? 怪我のこともあるから完治してからにする?」


「脚、治っても運動部はやめとく。……文化系かな」


「そっか、文化系いいね! これって候補ある?」


「まだなんとも」


 この半年間、六花は目標のない空っぽの人生を過ごしたかにみえて、受験勉強と怪我の治療という二本柱があったおかげでこれといって今後どうするか悩む必要に迫られなかった。

 けっこう気楽なものである。


「……どれを選んでもいいんだよ、ね」


 掲示板にはずらりと運動系、文化系どちらも募集の張り紙が並んでいる。

 中学一年生の頃、まだどの部活に入るかを決めかねていた六花を巡って、上級生同士の争奪戦が起きたことを思い返す。柔道部、バスケ部、バレー部の三つ巴だ。その詳細は六花も知らないが、最終的にそれぞれ名作スポーツマンガを持参して読み比べることに。漫画が一番面白かったという理由だけで勧誘合戦を制したのがバレーボール部だったわけだ。


 娯楽作品を通じてきっかけを得る、というのは実際に体験するより時に魅力的にみえるものだ。


「……漫画研究部? 文芸部?」


 六花は想像する。

 人気作を創作する自分。華麗に語られる物語。躍動するキャラクター。

 迫る締切。白紙の原稿。鳴り止まない電話――。


「よそう、夢はまだ夢でいいや」


 そう夢のない空想を消し去った時、車椅子の前を“夢のある空想”が足早に通り過ぎていった。


 ふわり、ひらり。

 しゃんなりと。


 “魔導師の少女”が横切っていったのだ。


 絵に描いたような魔法の杖に、小説の挿絵に載っているそのものな宝玉のハメ込まれた少々古いデザインの蒼い魔導アーマーに紋章つきの赤いマント、金色のティアラ、校則違反もいいところの短いスカートに細やかな脚――。

 特定のコスプレにしては明確な元ネタもわからない。ネット小説の、特に異世界ファンタジーもので見かけそうな少女がそこにいる。


「待って」


 思わず、六花は呼び止めていた。いや、とっさに彼女のスカート裾をつまんでいた。

 無我夢中だった。


 それは不思議の国のアリスが時計うさぎを追いかけてしまう一幕のように。


 この好奇心を止めてはなるまいと、六花は訳もなく突き動かされて手を伸ばしてしまった。


「きみは一体――」


「えっ?」


 振り返った少女の驚く顔を確かめて、六花は一瞬、我が目を疑った。

 魔導師の少女は――同じクラスのとある“男子”に瓜二つ、そっくりだった。否、この少年を普通の男子というと語弊がある。とても小柄で中性的なルックスは、むしろ男子として認識するために男子制服という記号がないと確信が持てない手合だ。


 周囲にかわいいとチヤホヤされる美少年。

 反則チートだ何だとクラスでは噂になっていた少年、川石かわいし 五月いつきくん。


 ――いや、まさか、こんなにかわいい魔導少女が男の子であるわけがない。

 ビリッ!

 スカートの裾を強く掴んだまま振り向いた拍子に、安物の生地が無残にも引き裂かれる――。


「あっ……」

 見てはいけないものを見てしまった。

 車椅子に座って、本来よりもずっと低い目線のせいもあって否応もなく。不可抗力で。


『卓上遊戯部』


 あわてて五月が破れたスカートを手にした張り紙の束で隠す。

 ふるふると涙目で、今にも狐に取って食われそうな哀れな小兎のように五月はたじろいで。


「ご、ご内密に!!」


 そう叫んで、脱兎の如く逃げ去っていった。


(……これはもしや、世にいうラッキースケベ? 私、女子なのに)


 高身長、言葉少な、凛々しい顔つき。六花は男子に見間違えられた経験は枚挙に暇がないが、およそ正反対といえる女装した男子に逃げられたのは流石に初めてだ。


 突然のハプニングにぽかーんと惚ける他ない。


 ひらり、ふわり。

 数枚の、落としていった張り紙が床に散らばっているのに気づく。散りきった桜の花びらが春風に乗って、張り紙をどこかへ誘ってしまいそうだ。

 車椅子ながらなんとか、春風と旅立つ前に張り紙を回収する。


『卓上遊戯部』

『別名TRPG部。部員募集中』


 紙と筆とサイコロ、そして本らしきものの絵図が記された見慣れぬ部活動である。

 片隅に愛嬌のあるタッチで描かれた緑色の小鬼は、そう、ゴブリンだ。小説で見覚えがある。赤いのはドラゴン、黄色い宝箱に金貨、この緑色の草は薬草だろうか。


 ご丁寧に、卓上遊戯部の場所も記してある。図書室の隣、図書準備室だ。

 張り紙をこのまま放置もできない。かといって車椅子の都合上、もう逃げ去ってしまった女装少年を追いかけるわけにもいかない。


「……不思議の国のアリスを名乗るには、ずいぶん育ちすぎではないかなぁ、私」


 不意に訪れた転機の兆し。

 春風に誘われて、鷹飼 六花はちょっとした異世界を冒険してみることにした。

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