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5.見知らぬ村にて悪魔は

僕とパイモンが駆け付けた時、まだ村は炎に包まれていた。

燃え盛る剛炎は夜空を照らし、また熱風が村人を火元に近づけさせない。


「……アルスちゃん?」


「うん。」


言葉少ないパイモンからの問いかけに短く答える。

パイモンは右手を一番大きな火元である家畜小屋に手を向けた。


「【収束(コンバージェンス)】」


パイモンがそう唱えると巨大な篝火はまるでまるで時間の流れが何百倍にもなったかのように目まぐるしい速度でその勢いを落ち着かせていき、やがて澱火となってその矛を収めた。

村人たちは突然の出来事に目を白黒させていたが、やがて僕たちの存在に気が付き始めたようだった。

突然の来訪者の存在である僕たちに村人たちは怯えている。

……中には他に持った鍬を握りなおしている人まで。


「ま、待ってください!僕は通りがかりの旅び……冒険者、です。」


乾いた唇を舐め、先を続ける。


「遠くから煙が見えたので心配になって。……どうしたんですか?」


村人たちは安心した様子で胸を撫で下ろし、お互いに顔を見合わせる。

すると、その中から白いあごひげをたっぷりと蓄えた老人が、荒い息を落ち着かせながら歩み出てきた。

見たところ村長さんだろうか。

彼は大きく息を吐くと、悲し気な目で語り始めた。


「そうですか、それはご親切に……実は魔物の襲撃がありましてな。」


村人たちも同様に悔しそうな表情を各々浮かべ、村長の方を見つめている。


「魔物たちは男達を殺し、女を攫い、更に火まで……今まで滅多に魔物がこんな人里近くまで降りてくることはありませんでしたから、私たちだけではどうにもならず……」


「そんな……」


村長の口から語られる凄惨な状況に思わずうめき声が出る。

確かに魔物が人間が多く住んでいる場所までやってくるのは珍しい。

充分に備えをしていない村など、何もできずに蹂躙されてしまうだろう。

力無く項垂れている人、地面に座り込んですすり泣いている人、怒りに任せ燃え残った廃屋に向かって拳を叩きつける人。

それらすべての村人たちが自らに降りかかった理不尽に打ちのめされている。

そんな光景を見て、僕は使命感に突き動かされ口を開いた。


「……ここを襲った魔物たちは、どんな姿をしていましたか?」


「姿ですか……?そうですね、暗がりで良くは見えませんでしたが……二本足で立ち上がった豚……と言えばいいのでしょうか。そんな見た目をしていたような気がします。」


村長以外の村人達も、それを肯定するかのように頷いていた。


「オークね。」


黙って事の成り行きを見守っていたパイモンが溜息をつきながら断定する。


「オークは確かに人間の女を攫うことがあるわ。……何というかその、繁殖のために。」


村長を含め、村人たちはその言葉に絶望の表情を浮かべている。

すすり泣いている女性の鳴き声がより一層大きくなった。

パイモンはそちらを一瞥するも、変わらぬ声のトーンで続ける。


「……アルスちゃん、繁殖期に入ったオークの群れって本当に危険なの。普段より凶暴だし、行動範囲も広くなってる。だから……」


「助けに行こう。」


僕はパイモンの言葉を遮ってそう言った。

彼女は困ったように眉を八の字にして小声で言う。


「私も絶対貴方を守り切れるって自信は無いの。だからここはちゃんとした冒険者に依頼とかしてもらったほうが……」


「それだと攫われた女の人達を助けられないかもしれない、だから……。」


「大丈夫よ、繁殖のためって言ったでしょう?だから、すぐに殺されはしな……」


「パイモン!」


少し声が大きくなってしまった僕の反応を見て、パイモンは開きかけた口を噤んだ。

興奮してしまった気持ちを落ち着けるために深呼吸をし、続ける。


「……僕だってこの一週間パイモンに色々と教わってきたんだから。魔法だって少しだけコントロールできるようになってきたし……大丈夫だよ。」


本当なら自信たっぷりにパイモンにそう言ってあげたかったが、僕の声は震えていた。

思い出されるのはこの一年魔物に受けた数多くの傷の事。

パーティーメンバーに盾にされ受けた刺し傷の跡が鈍く痛む。

魔物は怖い、痛いのも怖い。

しかし、それでも。


「僕、変わりたいんだ。だから……お願い。」


パイモンの目をじっと見つめて、僕はそういい放った。

しばらくこちらを見つめ返していたパイモンだったが、やがて降参とばかりに両手を上げると、腕を組んで言った。


「もう、分かったわよ……これが惚れた弱みってやつなのかしらねぇ。」








村人に女性達を助けに行く旨を伝え、僕たちは村から一番近い入り口から森の中へ歩を進めた。

鬱蒼と茂る草木を押し分け、出来るだけ音を立てない様に森の奥を目指していると、やがて遠くの方から野太い啼き声のような音が聞こえ始める。


「止まって。近いかもしれない。」


手を上げてそういうと、パイモンはすぐにピタリと足を止め、目を細めて言った。


「……オークが野営してるのかしら…?一、二……五体。それと人間の女が四人いるわね。」


濃く茂る木々の向こう側の状況をどのようにして把握しているのかは全く分からないが、パイモンがそういうのであればそうなのだろう。

僕は緊張を抑えるように手のひらを擦り合わせながらパイモンに先を促した。


「一番安全な方法は私が人間ごとオークを丸ごと焼き尽くすって方法……やだアルスちゃんそんなに睨まないで、冗談よ……ええと、一番安全なのは……」


「僕が囮になってオークを遠くに引き付けてる間に、パイモンが村の人を助ける。」


パイモンがまたもや何か言いたそうな顔をしていたが、それを僕は手で制した。

問答をしている時間無い。

パイモンは数十分前、村で「確実に僕を守る自信がない」と言った。

それは、彼女のある欠点が原因だった。


パイモンは、細かい魔法のコントロールを得意としていない。

というか、本人曰く「()()()()()()()」、だ。

特に物を消す、燃やす、千切る、切り裂く、粉砕する……そんな攻撃的な魔法を発動する際、勢い余ってやり過ぎてしまうのだそうだ。

そんなパイモンをオークに今すぐ突撃させたらどうなるか。


なのでまずパイモンには攫われた人達の安全を確保してもらい、その後にオークを討伐させる。

僕はそのための時間稼ぎだ。


「まず僕がオークを挑発しながら森の奥に逃げる。もしここでオークが全員ついてきてくれなかったら困っちゃうんだけど……」


早速急造の作戦に穴を見つけてしまった僕の肩を叩きながら、パイモンは安心させるように言う。


「大丈夫、オークって物凄い馬鹿なくせにプライドが高いから。アルスちゃんみたいな可愛い男の子に挑発されたら一目散に追いかけてくるわ。」


可愛さが関係あるのだろうか?

絶対にない気がする。


「……ええと、それでオークが村の人達から離れたら、パイモンが隙をついて皆を安全そうな場所まで運ぶ。その間僕は逃げ続けるから、パイモンはその人たちを逃がし終わったらすぐに僕を助けに来て。」


正直、パイモン頼みの作戦だ。

だけどこれが一番確実な方法だと思う。

パイモンは肩を竦め、僕の鼻を突いて言った。


「まったく……死んだら許さないんだからね、アルスちゃん。」

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