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4.価値観


パイモンと出会ってから七日後。

僕は王都に向かうため、パイモンと一緒に馬車に揺られていた。

本当は村に帰ってきたときのように乗り合いの馬車を使うつもりだったが、それを聞いたパイモンは突如目の前から消え去り、五分ほどで馬と馬車を担いで帰ってきた。

本人曰く「折角のアルスちゃんとの初旅行なんだから、ゆっくり二人っきりで馬車に揺られたかったの……!」とのこと。

どこから馬と馬車を持ってきたのか一時間ほど問いただしたいところだったがパイモンの無言の圧力に屈し、僕は見ての通り出所不明の馬車で旅をすることになったという訳だ。

パイモンは余程馬車での旅が楽しいのか、唄を歌いながら御者席で手綱を握っている。


「か~わい~い~ショタ君と~、二人きり~の~旅をする~、ラッキースケベ~起きないかな~、ドキッ!ポロリもあるよ!」


悪魔に伝わる歌なのだろう、半分以上歌詞の意味が分からない。


「それにしても平和な世界になったわねぇ。知ってるアルスちゃん?昔、この辺りには物凄~く恐ろしいサイクロプスの巣があったのよ?他にもオークの群れやらアンデッドやら……人間が大手を振って旅が出来るだなんて、この目で見ても信じられないわぁ。」


「パイモンは悪魔なんだからオークやサイクロプスなんか怖くないでしょ?」


「あら、私は今か弱い人間の女なのよ?サイクロプスなんか出てきたら、怖くて泣いちゃうかもしれないわぁ。」


そう、王都に向けて出発するにあたり、パイモンには人間に化けて移動してくれるようお願いしている。

当たり前の話だが、頭に角がある悪魔が上機嫌で馬車なんか転がしているところを目撃されでもしたら無用のトラブルを引き起こしてしまうからだ。

長い黒髪を後ろで三つ編みに結い、安価なレザーアーマーに身を包んでいるパイモン。

頭の上の角もまるで最初から存在しなかったかのように消えてしまっている。

荘厳なドレスに身を包んだ姿は美しかったが、今の格好はどちらかというとカッコいいお姉さんといった風体だ。

完璧な化け姿である。


「ドレスも綺麗だったけど、パンツ姿も似合うね。カッコいいし、僕なんかよりずっと頼もしい冒険者に見えるよ。」


「――……っ!?なっ、急に何!?ジゴロ!?天然悪魔たらしショタにジョブチェンジしたのかしら!?お姉さんアルスちゃんの将来が心配になっちゃう!!」


……照れてるのだろうか?

荷台から御者台によじ登り、パイモンの横に腰かける。

話を戻そう。


「でもサイクロプスの巣だなんて信じられないな……ここ何年かは目撃すらされてないから、絶滅したんじゃないかなんて言われてるぐらいだよ。」


「そうなの、人間にとってはありがたい話ね。」


「パイモンがまだ封印されてなかった頃、人間はどんな風に暮らしてたの?」


パイモンは髪を耳に掛けながら何かを思い出すかのように遠くを見つめると、ややあって僕の問いかけに答え始めた。


「魔物や魔族を恐れて壁の内側に引きこもってたわ。ほら、王都って……今も変わってなければだけど、高~い壁に囲まれてるでしょう?昔はどこの街もあんな壁で覆われていて、滅多に人間が外に出ることなんてなかったのよ。」


彼女は手綱を引き締めながら続ける。


「まったく、私もアレには手を焼かされたわね。宥めても脅しても出てこないものだから、最後には頭にきて山を壁の上から放り込んでやったの。……ふふ、あの時の慌てた人間共の顔、今思い出しても笑えるわぁ。」


急に飛んできた衝撃発言に思わず目を見開いてしまった。

()()()()()()()?一体、何をどうすればそんなことが出来るのか。

というか、人間の街に何をしてくれてるんだこの悪魔は……悪魔なんだからしょうがないのかもしれないけど。


「……その、昔の事に何か言うつもりは無いけど、もうそんなことしちゃ駄目だよ……?」


釘を刺すつもりでそう言ったが、パイモンはそんな僕の心配などどこ吹く風と言った様子。


「もっちろん!アルスちゃんの迷惑になるような事なんてぜった……う~ん……しないわ!」


「なに今の逡巡!?」


「あ、でも万が一やるときは私にやらせてね。」


「目が笑ってない!」


冗談よ、と笑うパイモン。

頼むから心臓に悪い冗談はやめてほしいと思った。







「あら?」


それから数時間後。

そろそろ野宿の支度をしようかという時間に、不意にパイモンが馬車を止めた。


「どうしたの?」


しばらく目を細め遠くを見つめていたパイモンはやがてゆっくりと腕を持ち上げた。

その指の先に目を凝らすと、広大な麦畑の向こう側、辛うじて確認出来るほどの距離に黒煙が立ち上っているのが見えた。

恐らく村か何かがあるのだろう、薄暗くなり始めた風景の中にぽつぽつと松明のような光が浮かんでいる。

パイモンは再び馬車を走らせ始めながら言った。


「人間の悲鳴が聞こえたの。だからその方向に目を凝らしてみたんだけど、ただ何処かの村が魔物に襲われてるだけだったわ。急に馬車を止めてごめんなさいね。」


「魔物に!?待って、ちょっと待ってよパイモン!」


何でもないように答えたパイモンの手を、僕は慌てて掴んだ。

強引に手綱を奪い取り、走り始めた馬車をもう一度止める。


「村が襲われてるなら助けに行かなきゃ!パイモン、あそこに向かって!」


「どうして?」


捲し立てる僕に向かって、パイモンは不思議そうに問いかける。


「アルスちゃんとあの村は関係無いでしょう?……それとも、知り合いでもいる村なの?」


「そういう訳じゃないけど……パイモンならあの村を助けられるでしょ!?だったら助けに行かないと!」


ぽつぽつと浮かんでいた松明の光に交じり、更に大きな光が黒煙の元で巻きあがる。

魔物に火をつけられたのかもしれない。

焦っている僕とは対照的にパイモンはゆったりとした動作で僕の方に向きなおる。

そしてこてんと首を傾げながら、彼女は当たり前のように言い放った。




「どうして私がアルスちゃん以外の人間を助けなきゃいけないの?」


余りの事に僕は絶句してしまった。

何故なら、パイモンが本気でそう思っているのだと理解してしまったから。

ここ一週間、常に彼女が浮かべていた女神のように慈悲に溢れた優しい笑顔。

それが本当に僕にしか向けられていないのだと理解してしまった。

驚きに硬直した僕に向かってパイモンは続ける。


「……あぁ、でも確かに村を助ければ冒険者としてのアルスちゃんにも箔が付くかも……?武勇伝の一つでも持っていけば、王都でも舐められずに済むって事ね!流石アルスちゃん、先々の事まで本当によく考えてる……」


「違うっ!!!!」


肉と木がぶつかる、低く鈍い音。

僕は思わず御者台の手すりを殴りつけていた。


「……違う、違うんだよパイモン。僕がなりたい立派な冒険者っていうのは……そういうのじゃなくて……」


僕は今悲しんでいるのだろうか、それとも怒っているのだろうか。

多分両方なのだと思う。

パイモンは僕の夢を理解してくれていると勘違いしている自分に腹が立っていた。

パイモンが僕の理想を理解してくれていないことを悲しんでいた。

どうにもならない感情が溶岩のようにせり上がってくる。

パイモンはそんな僕の様子に口に浮かべていた笑みをゆっくりと引っ込め、どことなく怯えた表情になって僕の方を窺っている。

僕は大きく息を吸い込んだ。

今は、自分の感情を持て余している場合ではない。

震える声を無理矢理押さえつけ、僕はパイモンに向かって呟いた。


「……大きい声出してごめん。上手く言えないけど、僕にとっては大事なことなんだ。だからお願い、あそこに向かって。」


パイモンはそれ以上何も言わなかった。

彼女は僕の手から優しく手綱を引き取りそれを大きく右に引くと、村に向かって馬車を旋回させた。


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