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閑話.蠢動する者達


王都を見下ろすように建築された王城、その一室に設置された軍事会議室には激震が走っていた。

無骨な鎧に身を包んだ屈強な戦士達。

彼らは各々の顔に驚愕の表情を浮かべ、羊皮紙を広げた一人の少女に視線を集めている。

少女は羊皮紙に書かれた内容を一息に読み上げると、大きなため息をつきながら最後にこう締めくくった。


「……以上が聖鉄鎖教会からの報告です。王国騎士団の皆様のご協力を教会は望んでいます。どうぞ前向きにご検討いただければと。」


呆気にとられた表情で少女の話を聞いていた男の中の一人が自身のあご髭を弄りながら呟く。

男の名はローガン・ダンケルト。

王都を守護する近衛騎士団副団長にして『鉄塊鬼』の異名を持つ、身長二メートルに及ぼうかというほどの偉丈夫だ。

しかし、そんな豪傑も少女の報告には困惑を隠せない様子であった。


「しかし、俄かには信じられないな……最上位悪魔の復活だと?悪魔というのは、最早伝説か御伽噺にしか出てこない空想上の存在かとばかり思っていたが。」


少女は冷たい目で発言したローガンを見据える。


「悪魔は存在します。そもそも我々聖鉄鎖教会は悪魔の封印のために作られた聖職者の連盟、こればかりは信用して頂くしかありません。」


先ほどとは別の男が律儀に手をあげ、少女に問いかける。


「実際、悪魔が復活すると我々の世界にどのような影響が出るのですか?」


「悪魔の存在の影響は多岐に渡りますが、まず深刻化するのは魔物の活動の活発化でしょうか。本来ならば人里に降りてくることはないダイアウルフが村々を襲う、人々に忘れ去られた最古のゴーレムが再起動する、世界各地のダンジョンがその範囲を広げ、竜が当たり前のように王都の空を飛び回る。……悪魔の存在を許せばそのような出来事が現実に起こりうるのです。」


再度、男たちの間で同様のざわめきが湧き起こる。

少女が手に持った杖の先端で苛立たしげに床を突くと、そのざわめきは潮が引くように収まった。

固唾を呑む騎士団の面々を再度睥睨し、少女は続ける。


「事は騎士団の皆様だけで収拾できる範囲をとうに超越してしまっています。王都、そして各地の冒険者ギルドにも協力の要請を送りたいと教会は考えています。」


ローガンは慌てて意見交換を始める同僚達の様子を見て溜息をついた。

確かに、悪魔の出現は大事なのだろう。

しかしローガンの信条は「何事も落ち着きが肝心」。

有事の時こそ冷静対処が肝心であるべきだと感じていた。

ちらりとローガンは視線をあげる。

そこには椅子に腰かけ一息ついている少女の姿があった。


聖女ベルナデッタ、聖鉄鎖教会に所属する聖職者の一人。

彼女の驚異的な神力について謳った逸話は数多く存在する。


曰く、視線だけで魔物を殺すことが出来るとか。

曰く、目を瞑って聖印を切るだけで死の間際にいるような重病人を救うことが出来るとか。

曰く、運命の女神の生まれ変わりだとか。


勿論その大体が眉唾ものだろうが、そんな話が公然と語り継がれているという事実自体が彼女の実力を表していると言ってもいいだろう。

まだ年端もゆかぬ美少女ということもあり、聖鉄鎖教会の象徴として神格化されている節すらある。

神のため、また神を信じる者のために高い実力を以て神意を示す金色の聖女。

まさに民衆が好かれそうな「アイドル」だ。


ベルナデッタに対し、ローガンは再度質問を投げかけた。


「教会に協力をとのことだが、具体的にどうすればいい?私たちは魔物や人間相手は慣れていても悪魔に関しては門外漢だ。対応方針に関して助言を頂けると大変助かる。」


ベルナデッタは頷くと、懐から丸めた羊皮紙を取り出し、机の上に置いて言った。


「まず前提として、封印された悪魔が自力で復活することはありません。これは封印が強いとか弱いとかそのような次元の話ではなく、封印とは自力で解けないから封印なのです。なので悪魔復活に手を貸した人間がいるのは間違いないでしょう。」


彼女は羊皮紙を示し、続けた。


「この羊皮紙には我々教会が要注意指定をした危険団体がリストになっています。記載されているどの団体もみな悪魔や邪神を信仰している危険なものばかり。まずはこのあたりの調査から始めるのがよろしいでしょう。」


「他には?」


「我々教会側も独自に調査を進めます……なので騎士団の皆様にはまずそのリストの調査に全力を向けて頂きたい。何か分かれば追って報告させて頂きますので。」


きな臭い。

ローガンは素直にそう感じた。

引き寄せ、開いた羊皮紙のリストに目を通してみが、王国の近衛騎士団が直接ガサを入れる必要があるほどの相手は認められなかった。

ほのかに立ち上る策略と謀略の香りに、ローガンは思わず顔を顰める。

立ち上がったベルナデッタに対し、先ほど手をあげて質問をしていた騎士が意外そうな声をあげた。


「おや、もうお帰りですか?騎士団長もお越しになられていませんし、もう少しゆっくりしていかれたら如何でしょう。」


「いえ、もうお暇させて頂きます。」


ベルナデッタは外套を羽織り、身支度を整えている。

そんな彼女の様子を無視し、


「そう言わずに。そうだ、宜しければお茶と茶菓子をご用意いたしましょう。」


そう騎士が声をかけた瞬間。







「失礼ですがサー・ヴェンデルバルト、本当に貴方は事の重大さを認識しておいででしょうか?悪魔がこの世に蘇った今、我々人間は全力を以てその誅伐にあたらなくてはなりません。一分一秒が惜しいという私の気持ち、是非理解していただきものです。」


ガクン、と部屋の温度が数度下がったような感覚。

ローガンはすぐにその原因がベルナデッタであることに気がついた。

温度が失せた、氷のような視線で騎士ヴェンデルバルトを見つめるベルナデッタ。

吹き荒れる魔力の奔流が彼女の美しい黄金色の髪を巻き上げている。

今にも泡を吹いて倒れそうになっているヴェンデルバルトを見かね、思わずローガンは声をあげた。


「……ベルナデッタ殿!」


「……失礼。」


ベルナデッタはハッとしたように目を瞑ると、やがて彼女から発されていた強烈な威圧感はなりを潜めた。

ローガンは溜息をつき、ベルナデッタを見送るために席を立つと、扉を押し開けその先を腕で示す。

彼女は会釈しながらローガンの横をすり抜けるように扉を潜ると、大理石の廊下に足音を響かせながら去っていた。


「ったくもう、勘弁してくれよな……」


ローガンはこれからやってくるであろう混乱と困難の事を考え、再び大きな溜息を吐き出すのであった。


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