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4.正念場

 試験の合間を縫い、ルナ様とゆっくりお話しする機会を得られたのは、それから暫くしてからの事だった。

 その日は、シャーロット・ノリス侯爵令嬢が、王太子妃候補を辞退すると公表し、王宮を去る前に挨拶をしに来てくださっていた。


「アリシア様、短い間でしたが、ありがとうございました」

 丁寧に礼をし、可愛らしく微笑むシャーロット様に、つい声を掛ける。


「シャーロット様は、辞退しても良かったんですの?」


 もしかして、ルーカス殿下に想いを寄せておられたけれど、諦めてしまわれたのだろうか……と、少し複雑になって思わず訊いてしまうと、シャーロット様は、予想に反して清々しく微笑まれた。


「はい! 私、元々父の強い勧めで王太子妃候補になりましたけれども、そのような責任ある立場を担えるか不安でしたの。ですが、この数週間、皆様と一緒に試験を受けさせていただいて、私よりも王太子妃に相応しいお方がいらっしゃると確信致しました。父も漸く現実を受け入れてくれた事ですし、私は皆様のご健闘を祈りつつ、身を引く事に致しましたの」

「あら、では私と同じだったのですね」

 私が微笑みながら言うと、シャーロット様は大きな目を丸くされた。


「アリシア様と同じ、ですか……?」

「ええ。私も父の意向でこの試験に参加致しましたの。そして、私も誰が王太子妃に相応しいかは、ちゃんと分かっているつもりですわ。私も辞退しても良かったのですが、父は決して認めないでしょうし、もう一人の候補の方の動向も気になるので、未だに残っているだけですわ」

(それにまだ、ルナ様とお近付きになれていないしね)

 私の答えに、シャーロット様は目を瞬かせた。


「そうでしたの……。確かに、ブリアンナ様の事は気になりますわね。王太子妃になられる事に、何か執念を燃やしていらっしゃるような……。ルナ様の事を考えると、私も辞退せずに、残っていた方が良かったのでしょうか……?」

 不安げな表情を浮かべるシャーロット様に、私は微笑んで見せた。


「心配は要りませんわ。ルナ様ならブリアンナ様が何をされようとも、自力で王太子妃の座を掴み取られますわ。それにシャーロット様が辞退された事で、未だにルナ様に反対されている方々も、意気消沈された事でしょう。私も陰ながらルナ様を応援するつもりですし、シャーロット様が気に病む必要は何処にもありませんわ」

 私の言葉に、シャーロット様はほっとしたように微笑まれた。


「ありがとうございます、アリシア様。あの……領地に帰ったら、お手紙を差し上げても構いませんか?」

「勿論ですわ。お待ちしておりますね」


 新しく出来た友人の退室を見送った私は、暫くその余韻に浸っていたが、ふと窓の外に目を遣ると、城門の方からこちらに向かって歩いて来るルナ様の姿を見付けた。お一人で周囲には誰もおらず、もしかしたらルナ様に話し掛けるチャンスかも、と思った私は、部屋を出て階下に向かう。


「王太子妃に固執する理由がそのような不純な動機だなんて、ルーカス殿下にあまりにも失礼です!!」

 突然聞こえたルナ様の大声に、私は思わず足を止めた。


「王太子妃になるという事は、ルーカス殿下の妻になるという事。ヴァイスロイヤル国を治める為に、日夜粉骨砕身の努力を続けている殿下を支え、共に国に尽くし、盛り立てていく覚悟も無いような、欲に目の眩んだ貴女は、ルーカス殿下に相応しくありません!!」


 声のする方を見てみると、ルナ様が凄い剣幕でブリアンナ様に怒鳴っていた。いつも冷静沈着なルナ様があんなに怒っていらっしゃるなんて、きっと余程の事があったのだろう。


(恐らく、ブリアンナ様は私欲で王太子妃になりたがっていらっしゃったのね。それをルナ様が知ってお怒りになられたのだわ。だけど、ルナ様のお言葉から察するに、ルーカス殿下に相当肩入れしていらっしゃるような……)


 ルーカス殿下は自信が無さげでいらっしゃったけれども、ルナ様はちゃんとルーカス殿下の事を好いていらっしゃるのではないだろうか。

 それを確かめる為にも、私はこちらに来られていたルナ様が、手前で角を曲がった後を追って声を掛けた。


「御機嫌よう、ルナ様。少しお話がしたいのですが、宜しいかしら?」


 振り返ったルナ様は、先程まで怒っていたのが嘘のような、完璧な淑女の笑みを浮かべておられた。その事に感心しながら、私は王宮内の割り当てられた部屋にルナ様を案内する。

 隣国ゴールディー王国から輸入した、ヴァイスロイヤル国ではまだ珍しい高級茶葉を使った紅茶をお出しすると、ルナ様は一口飲んだだけで即座に言い当てられていて、流石だと私は舌を巻いた。


「それで、お話というのは、どのような事なのでしょうか?」

 ルナ様の質問に、私は柔らかな笑みを浮かべた。


「ルナ様は、ルーカス殿下をお慕いなさっているのでしょう?」

 目を見開いたルナ様は、返事に困ったように口を開かれた。


「ル……ルーカス殿下の事は、心から尊敬し、忠誠を誓っておりますが、お慕いするなどと大それた事は……」

「あら、違いますの? 先程のブリアンナ様へのお怒りからして、てっきりそうなのかと思ったのですが」


 訊き返して観察していると、少し考え込んでおられたルナ様の顔が、一気に朱に染まっていった。

(あら? これはもしかして、たった今自覚なさったのかしら?)


「……違うと仰るのならば、ルナ様は、私やブリアンナ様がルーカス殿下の正妃になっても平気なんですの?」

「それはっ……!」

 思わず青褪めて声を上げたルナ様の表情が、全てを雄弁に物語っていた。


「安心致しましたわ。ルナ様も、ちゃんとルーカス殿下をお慕いなさっているのですね」

「……っ」


 私が口元を綻ばせながら言うと、ルナ様は耳の先まで真っ赤になられた。普段は表情一つ変えないルナ様のとても可愛らしいお姿に、思わず笑みを零してしまう。

(これはルーカス殿下に良いご報告ができそうだわ。でもできる事なら、この可愛らしいルナ様を是非ともご覧に入れたかったわね)


「……私がルーカス殿下をお慕いしていると、何故アリシア様が安心なさるのですか?」

 赤面しながらも尋ねるルナ様に、私は笑みを浮かべたまま答える。


「その方が私にとって、都合が良いからですわ」

「都合、ですか?」


 怪訝な顔で問い返すルナ様を前に、私は紅茶を一口飲んで喉を潤した。

(さあ、ここからが本番だわ)

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