3.望みと下心
翌日からは、教養にマナーにダンスにと、種々の試験が始まった。私もそれなりに優秀な成績を挙げていたけれども、ルナ様の成績は更にそれを上回るものだった。自信があった国外情勢やダンスまでルナ様が一位だった時には、悔しさを通り越して乾いた笑いしか出てこなかった。反対派だった人々も、試験で悉く一位を独占していくルナ様に、一人また一人と口を噤んでいっているらしい。
「俺はルナを正室にして、生涯側室を持たずにルナだけを愛するつもりだし、万が一、何かの間違いで、ルナ以外の令嬢を正室に迎える事になっても、俺はすぐにルナを側室にして、ルナとだけしか関係を持たない」
相性の観察を目的とした、ルーカス殿下と二人でのお茶会で、ルーカス殿下は私にきっぱりと宣言された。ルーカス殿下のご寵愛も独占されているようで何よりだ。
「はい。どうぞルナ様をご正妃にお迎えくださいませ。ルナ様よりも王太子妃に相応しいご令嬢は、他にはいらっしゃいませんわ」
諸手を挙げて賛成したら、何故か怪訝な顔をされてしまった。
「お前は自分が王太子妃になりたいのではないのか?」
「私はそのような大それた望みなど抱いておりません。父の意向で試験に参加しただけですわ」
私の返事に、ルーカス殿下は拍子抜けしたように肩の力を抜かれた。
「そうだったのか……。それならアリシア嬢、少し相談に乗ってくれないか?」
「ご相談、ですか? 私で力になれる事なら、何なりとお申し付けくださいませ」
ルーカス殿下の申し出に、私は小首を傾げながら答える。
「その……女性に好かれるには、どうすれば良い?」
私は目が点になった。
(この殿下、今一体何て言ったの!?)
「……つい先程、ルナ様だけをご寵愛なさると仰られたばかりでは?」
バサリと扇を広げ、引き攣る口元を隠しながら尋ねると、ルーカス殿下が慌てたように身を乗り出した。
「違う! 正確に言うと、ルナに好かれるにはどうすれば良いかと訊いたんだ!」
(ああ、そう言う事……ん?)
不特定多数の女性に好かれたい訳ではないと分かって納得しかけた私は、ある事に気付いて、まさかと思いつつも恐る恐る口を開く。
「ルーカス殿下は、ルナ様と想い合っておられるのではありませんの?」
私の質問に、ルーカス殿下は気まずそうに目を逸らした。
「……今の所、俺の絶賛片想い中だな」
私は扇の下で、あんぐりと口を開けていた。
(両想いになる前に、公衆の面前で求婚したって事!?)
私は頭を抱えたくなった。王太子殿下ともあろうお方が、そんな真似をしてしまっては、ルナ様はお気持ちにかかわらず、受ける以外の選択肢が無くなってしまうのではなかろうか。
「い、言っておくが、全く脈が無い訳じゃないぞ! 少なくとも、ルナが俺に好感を持ってくれているのは分かっている。それが人として好きなだけなのか、ちゃんと俺を一人の男と見て恋愛感情を持ってくれているのか自信が無いだけで……」
「それでしたら、求婚よりも先に、ルーカス殿下のお気持ちをお伝えするべきだったのでは?」
「この前のパーティーで、初めて美しく着飾ったルナを見て、絶対に他の男に渡したくないって思ったら、つい……」
反省したように俯くルーカス殿下。
(要するに、衝動的に求婚してしまったと言う事なのね。第三者からすれば、とても情熱的でロマンチックだけれども……)
何の前触れもなく、いきなり当事者になってしまわれたルナ様が気の毒になってしまった。
「勿論、ルナにプロポーズした後で、ちゃんと俺の気持ちを伝えたし、ルナが俺を好きになってくれるまで待つつもりではいるけれども、ルナを振り向かせる努力はしたい。同じ女性として、何か良い案があったら助言をくれないか?」
真っ直ぐに私の目を見て尋ねるルーカス殿下。元々お二人の恋を応援するつもりだった私は、ルーカス殿下のお力になれるのなら協力しようと思った。
「そう言う事でしたら、同じ女性と言いましても、好みは千差万別ですので、ルナ様の事を良く知る必要がありますわね。少しお時間をくださいませ。私がルナ様と親しくなって、色々と聞き出してみますわ」
(私は筋骨隆々の殿方が好みだけれども、ルナ様もそうとは限らないものね)
そんな事を考えながら、ルーカス殿下の前を辞する。
私としても、ルナ様には是非ルーカス殿下を好きになってもらいたい。そうすればきっとお二人は結ばれるだろうし、私を王太子妃にしたがっている父も諦めがつくだろう。そうすれば、私も晴れてブライアン様にアプローチする事もできるかも知れない……と考えた所で、私ははたと気付いてしまった。
(もしルナ様に協力してもらえれば、本当にブライアン様とお近付きになれるのでは!?)
何と言っても、ルナ様はブライアン様の妹だ。ルナ様と親しくなる事ができれば、お兄様を紹介して欲しいと頼む事もできるかも知れない。
いやそれ所か、もし上手く行けばブライアン様と結婚できる望みも見えてくるかも知れない。公爵と言う地位に無駄に誇りを持っている父は、私を伯爵家に嫁がせるとなると良い顔をしないだろうが、ルーカス殿下とルナ様がご結婚されれば、ブライアン様はルーカス殿下の義兄になられるのだ。未来の国王陛下の義兄に嫁ぐとなれば、あの頭の固い父でも、認めてくれる可能性がある。
目の前が、急に開けていく気がした。
今まで私は、ブライアン様に憧れていたけれども、きっと父に反対されるだろうからと、一時の淡い想いで終わらせるつもりでいた。だけど、諦めないで良いのかも知れない。もしかしたら、ブライアン様と結ばれるかも知れないのだ!!
(よし、本気で一生懸命頑張ってみよう! ルナ様とお友達になって、ルーカス殿下との仲を取り持つのよ!)
下心満載でルナ様に近付く事にはちょっぴり罪悪感を覚えたけれども、自らの恋を叶える為に、私は大いに気合を入れた。