15.下心と友情
それから数日後、私はルナ様にお礼を言いに、王宮を訪れていた。
「ルナ様、先日はお力をお貸しくださって、本当にありがとうございました」
私が言っているのは、先日頂いた手紙の事だ。父と話し合う為に、ブライアン様達が家にお越しくださる直前に着いた手紙。結局は使わなかった切り札だが、この手紙の存在に、私はどれだけ勇気付けられたか分からない。
「いいえ。アリシア様が無事に兄と婚約できて、本当に良かったですわ」
「それにしても……凄いですわね。あの短時間で、まさか国王陛下のご署名まで頂けるとは思いませんでしたわ」
私が広げてテーブルの上に置いた手紙には、ルナ様とルーカス殿下、そして国王陛下の署名が入っている。
あの夜、私は父が縁談を持って帰って来た事を知らせる手紙を書き、ルナ様に助力を乞うたのだ。王太子妃候補の次は隣国の王子との縁談と、想う相手がいながら父に振り回される私の話も聞くように、と勧める手紙を、可能ならばルーカス殿下と連名で書いて頂けないかと。
私は最悪の場合、その手紙を盾に、父を脅すつもりでいたのだ。ルナ様というお相手がいながらルーカス殿下に望まぬ王太子妃候補を押し付けた挙句、お二人の意見を無視して私を隣国に嫁がせるのであれば、父に対するお二人の心象は間違いなく地に落ちると。王族との縁に執着していた父なら、次代の国王とその王妃となる人物の意見を無視できないだろうと考えたのだ。有り難くも国王陛下の署名まで頂けたのだから、尚更。
まあ、結果としては拍子抜けする程、全く出番が無かった訳なのだが。
「あら、アリシア様の為なら、お安い御用ですわ」
何でもない事のように微笑むルナ様に、私は胸を打たれた。
(王太子妃としてのご公務を学びながらご結婚の準備を進めておられて、毎日目が回る程お忙しい筈なのに……)
早朝に出した私の手紙を、きっと着くなりすぐに確認してくださって、お忙しい中すぐにお返事を書いてくださり、更に輪をかけてご多忙な筈のルーカス殿下と国王陛下の署名まで頂いて送り返してくださったのだ。私はどれだけルナ様に優遇していただいているのだろう。
「ルナ様、この御恩は、一生忘れませんわ」
改めてルナ様に深々と頭を下げてお礼を言うと、ルナ様は手にしていたカップを受け皿の上に戻された。
「気にされる必要はありませんわ、と言いたい所ですが……。それではアリシア様、誠に勝手ながら、私のお願いを一つ、聞いていただけないでしょうか」
「勿論ですわ。ルナ様のお願いでしたら、何なりと」
淑女の微笑みを消したルナ様の改まった態度に、私もカップを戻して真っ直ぐにルナ様を見つめる。
「アリシア様もご存知の通り、私は平民の出身です。私を引き取ってくれて、実の子供と変わらない愛情をかけて育ててくれたゴードン伯爵家には、私は一生かけても返し切れない恩があるのです。……ですが私はもうすぐ王太子妃となる身で、これからは国の事、ルーカス殿下の事を一番に考えるべきで、一貴族の家の事を気に掛けていられる立場ではなくなってしまいました。ですから、これからのゴードン伯爵家の事を、アリシア様にお願いしたいのです」
ルナ様のお言葉に、私は目を見開いた。
「もうアリシア様もお気付きだと思いますが、兄は良くも悪くも真っ直ぐな人間です。それ故言葉の裏側に隠された意味を汲み取ったり、悪意のある搦め手を見破ったりする事が苦手で、そこから足を掬われかねないと私は危惧していました。……ですが、王太子妃選抜試験で共に優秀な成績を残されたアリシア様なら、そんな兄の苦手分野を補って兄を支えてくださり、兄と共にゴードン伯爵家を盛り立ててくださると私は信じています。兄と正式に婚約を結ばれた今、アリシア様に、これからの兄を、ゴードン伯爵家を、勝手ながら私の恩返しと共に託させていただきたいのです」
ルナ様の願いに、私は力強く頷いた。
元々ブライアン様に嫁いだら、ゴードン伯爵家の為に尽くすのが貴族令嬢としての責務だと思っていたのだ。異論などある訳が無い。
「分かりましたわ。ルナ様の分まで、ブライアン様のお力となり、ゴードン伯爵家を支えていくとお約束致しますわ」
私がはっきりと宣言すると、ルナ様は目を見開いた。
「……宜しいのですか? 正直に申し上げますと、私がアリシア様に協力して積極的に兄との仲を取り持っていたのは、私の願望からくる私欲が絡んでいる所もあったのです。それなのに……」
「あら、それを仰るのなら、私の方こそブライアン様目当てで、ルナ様に近付いた部分もありましたわ……」
互いに後ろ暗い事実を打ち明けた私達は、顔を見合わせて、フフッと笑い合った。
「どうやら、ルナ様と私は似た者同士だったようですわね」
「ええ。結局アリシア様と目的が一致していたのですから、お互いに水に流すと言う事でも宜しいでしょうか? 今後も変わらず仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「勿論ですわ。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」
クスクスと笑い合いながら、私達は今まで通り、そして今後も変わらぬ女同士の友情を誓い合ったのだった。