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12.幸せな日々

 その後、ブライアン様は私をお姫様抱っこしたまま会場に戻った。羞恥で顔を赤く染める私を余所に、ブライアン様は私が庭で足を挫いた事にして、大事を取る為とランドール侯爵に断りを入れると、そのまま馬車まで運んでくださり、家まで送ってくださった。

 沢山の紳士淑女がいらっしゃる中、思わぬ注目を浴びてしまい、真っ赤になってしまった顔を隠す振りをしつつ、どさくさ紛れに頬擦りしたブライアン様の胸筋の硬さと厚みと感触は決して忘れない。


 モラレス公爵家に到着し、名残惜しさを感じつつも、お礼を言う為に私が口を開くよりも早く、ブライアン様が緊張した面持ちで、私の手をそっと両手で包み込まれた。


「アリシア嬢。私は帰ったら父に頼んで、ゴードン伯爵家として正式に貴女に求婚させていただくつもりです。良いお返事が頂ける事を、心から願っております」

「ブライアン様……!!」


 感極まった私は、思わず嬉し涙を流してしまった。ブライアン様は慌てながらも、ハンカチを取り出して優しく拭ってくださった。


「あら、このハンカチは……」

「はい。貴女に頂いた物です」


 刺繍に見覚えがあると思ったら、私が差し上げたハンカチだった。ブライアン様がお守りのように大切に持ち歩いてくださっていると聞いて、天にも昇る心地になった私は、折角止まりかけていた涙を、また溢れさせてしまうのだった。


 ***


 父は現在隣国に出張中の為、半月後の父の帰国に合わせて、ゴードン伯爵家から正式に婚約の打診を頂ける事になった。外交官である父が家を空ける事など日常茶飯事だったが、父の帰りをこれ程待ち望んだ事は無い。


「早く父が戻ると良いのですが」


 休日に我が家を訪れてくださったブライアン様と一緒に紅茶を頂きながら、私は嘆息する。


「確かにそうですね。……ですが、アリシア嬢のお父上に結婚の許可を頂きに行く事を想像すると、俺は今から緊張で胃が痛いです」

 眉間に皺を寄せながら、胃の辺りに手を当てるブライアン様に苦笑する。


 因みに、ブライアン様の一人称は、人前では『私』だが、身内や親しい人の前では『俺』になるそうだ。ブライアン様との距離が縮まった事を実感できて、私は自然とにやけてしまう。


「心配は要りませんわ。ブライアン様のお人柄なら、父もすぐに認めてくれるに違いありません」

「……だと良いのですが」


 ブライアン様は、どうにも落ち着かない様子で、応接間のあちこちに視線を彷徨わせている。帰って来た父に私との結婚を申し込むとなると、やはりここでする事になると容易に予測できるからだろう。見かねた私は、少しでも緊張を解いていただこうと、ブライアン様を応接間から連れ出し、庭を案内する事にした。


 庭に出た私は、エスコートの為に差し出してくださった、ブライアン様の太い腕に自分の両手を絡めて、その硬さと弾力と温かさに幸せを噛み締めた。そんな私を微笑ましく見つめてくださるブライアン様も大好きだ。

 夏から秋に移ろいつつある今の季節は、風が涼しくて気持ち良い。澄んだ青空が広がる中、ダリアの大輪の花やコスモスの可愛らしい花を愛でながら進み、本邸から少し離れた東屋にブライアン様を案内すると、キンモクセイの良い香りをふわりと風が運んできた。


「とても良いお庭ですね」

「ありがとうございます。我が家の庭は、四季折々で色々な花が楽しめるようになっていますの。今は亡き母と、私の自慢の庭なのですわ」


 因みに私の母は、末弟の産後の肥立ちが悪く、間もなくして亡くなっている。それからは私が母に代わって、執事と庭師に協力してもらいつつ管理し、生前の母が愛した庭をそのままの状態に保ってきたのだ。


「そうでしたか。我が家の庭はモラレス公爵家程ではありませんが、今はリンドウとキクが見頃です。近いうちに是非いらしてください」

「まあ、ありがとうございます。楽しみにしておりますわ!」


 ゴードン伯爵家にお邪魔する事を想像して、私は期待に胸を膨らませる。ゴードン伯爵夫妻にご挨拶する事を考えると、やはり少し緊張してしまうが、ルナ様のお話だと、お二人は私の味方になってくださっているとの事なのだから、きっと仲良くできるに違いない。


 父が隣国から帰って来れば、すぐにブライアン様と婚約し、ゴードン伯爵家にご挨拶に伺って、ブライアン様にお庭を案内していただく。

 その時の私は、そんな近い未来の青写真を、信じて疑いもしなかった。


 ***


 半月後、漸く父が帰国した。執事から間もなく帰宅すると聞いた私は、居ても立っても居られなくなって、自ら玄関まで出迎えに行った。帰って来た父に真っ先に手渡したくて預かっていた、ゴードン伯爵からの手紙を手にして。


「ただ今帰った」

「「お帰りなさいませ、旦那様」」

「お父様、お帰りなさいませ!」


 上着を執事に預けた父は、長旅のせいか流石に少々疲れた顔をしていたが、私の姿を目にして相好を崩した。


「喜べ、アリシア! 隣国ゴールディー王国の王子殿下との縁談を持ち帰って来たぞ!!」

「え……!?」


 上機嫌な父の思わぬ発言に、私は手紙を渡そうとした体勢のまま、顔面蒼白になってしまった。

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