11.つい勢いで
「ブライアン様……、どうかなさいましたか?」
私が声を掛けると、ブライアン様は力無い笑みを浮かべた。
「いいえ、何でもありません。私の事は気にせず、アリシア嬢はもっとダンスを楽しんで来てください」
そんな事を言われても、ブライアン様の事が気になって何も楽しめないに決まっている。第一、私はブライアン様の側に居たいのだ。
「私、今日は少々疲れてしまいましたわ。ブライアン様もお疲れのようにお見受けしますし、何処かで一緒に休憩させていただいても構いませんか?」
私が尋ねると、ブライアン様は目を丸くして、優しく微笑んでくださった。
「分かりました。では庭にベンチがあるそうなので、そちらに行きましょうか」
心なしかブライアン様の顔色が戻り、私はほっとして頷いた。
会場から庭に出て少し歩くと、噴水を取り巻くようにベンチが並べられていた。その内の一つに、私達は並んで腰掛ける。
「風が涼しくて、気持ち良いですわね。ブライアン様は、ご気分は如何ですか?」
「私は大丈夫です。ご心配をお掛けしてしまったようで、申し訳ありません」
できるだけ明るい声色で尋ねると、苦笑を浮かべて答えたブライアン様は、地面に視線を落とした。
「……少々、自分の不甲斐なさに落胆していました。私は、アイザック殿や他の方々のように、女性を褒めるのが上手くないですし、会話で楽しませる事もできません。最近はアリシア嬢とご一緒させていただいて楽しい時間を過ごしていたので、うっかりしていましたが、それもアリシア嬢が話題を提供してくださっていたからこそで、本当の私は、つまらない男なのです。それを先程、再認識していました」
「そんな事はありませんわ!」
即答で力一杯否定した私に、ブライアン様が顔を上げる。
「ブライアン様はつまらなくなどありません! 何時だって真面目で、誠実で、ご自分に厳しくて、不器用だけど優しくて……! 私はそんなブライアン様だからこそ、お、お側に居たいと思うのですわ!」
(言ってしまった! 勢いで言ってしまったわ!!)
羞恥のあまりすぐに顔を背けてしまった私は、きっと耳まで真っ赤になっている事だろう。ブライアン様の反応がとても怖かったけれども、意を決して恐る恐る振り返ってみると、ブライアン様は全身を紅潮させたまま、目を点にして放心されていた。
「……あ、あの、ブライアン様……?」
私が声を掛けると、我に返ったブライアン様が慌て始める。
「えっ、あの、何故、……何故、私なのですか? 真面目で優しい男など、他にいくらでもいます。アリシア嬢には、その、アイザック殿のような、洗練された紳士がお似合いになるのではないかと……」
「筋肉ですわ!!」
遂に私はブチ撒けてしまった。と同時に腹を括る。
(こうなったら、洗いざらい全部白状するしかないわ!!)
「私は幼い頃から恋物語が好きで、ヒロインを格好良く守ったり助け出したりする強くて逞しいヒーローに憧れていましたの! そして気付けば私自身も、屈強に鍛え上げた筋肉を鎧のように身に纏っている男性が好みになっていたのですわ! ブライアン様は、私が今まで出会ったどの殿方よりも、逞しくかつ均整の取れた美しい理想的な筋肉をお持ちで、一目見た瞬間に虜になってしまいましたの! 今ではブライアン様以外の殿方など、微塵も考えられませんわ!」
(つ、遂に言ってしまったわ!!)
本人に面と向かって告白するのは途轍も無く恥ずかしかったが、変に誤解されてしまったり、ブライアン様の落ち込んだ姿を見ていたりするよりは余程良い。
(ブライアン様の為ならば、私の恥の一つや二つ……!)
とは言うものの、これ以上ブライアン様に向き合っていられなくて、背を向けて両手で顔を覆ってしまった。正直、穴があったら入りたい。
「……それは、本当ですか?」
暫くして、ブライアン様の静かな声が響いた。
「本当でなければ、こんな恥ずかしい事、嘘でも申し上げませんわ」
背を向けたまま、呟くように答えると、ブライアン様が立ち上がる気配がした。
(もしかして、嫌われてしまったのかしら……!?)
私はサッと青褪めたが、ブライアン様の気配は、そのまま私の正面に回り込んで来た。
「ありがとうございます、アリシア嬢。とても嬉しいです」
とても優しい声色で、ブライアン様は私の両手首をそっと握って顔から外させた。そのまま両手で握り込んだブライアン様は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「私は無骨者で、女心も分からないと、よく母や妹から注意されるのですが、幼い頃から鍛え上げてきた筋肉にだけは自信があります。アリシア嬢が、私の筋肉に惚れ込んでくださったと仰るならば、これ程嬉しい事はありません。今まで鍛え抜いてきて本当に良かったと、今程痛感した事はありませんよ」
「ブライアン様……」
ブライアン様は、私の想いを受け入れてくださるのだろうか、と羞恥で顔を赤く染めながらも期待を膨らませていると。
「失礼します、アリシア嬢」
ブライアン様が言うが早いが、不意に身体が宙に浮いた。
「!?」
「筋肉がお好きだと仰るのなら、アリシア嬢は、こういうのもお好みですか?」
(こっ、これはっ、夢にまで見たお姫様抱っこ!?)
ブライアン様の胸元に縋り付きながら、私は自分の身体に、地面に、そしてブライアン様の笑顔にと忙しなく視線を走らせた。私の身体を軽々と持ち上げながらも、全く動じない体幹、背中と膝裏に感じるしっかりした腕の筋肉、そして顔のすぐ近くにある広い胸板。そっと手を伸ばして首筋にしがみ付くと、がっちりした肩の筋肉の感触が伝わってくる。
「……控えめに言って、最高ですわ!!」
(生きていて良かったあぁぁぁ!!)
全身をブライアン様に委ねながら、私は鼻血を堪えるのがやっとだった。