2月3日(月)
今日は朝から雨が降っていた。出かけるまではまだ時間があったので、家でぼんやりとニュースを見ている。テレビの中の女性アナウンサーは、新型感染症についてのニュースを深刻な顔で伝えていた。
『本日も、BK-86ウイルスの国内感染事例が増加しています。1月中旬に国内初感染事例が確認されて以来、数件ずつですが国内での感染者が増加しております。政府は、これ以上の感染者を増やさないためにも―』
最近のニュースはこの話題で持ちきりだった。案外、バイト先の女の子が言っていたことは大げさではなかったのかもしれない。でも、自分のこととは到底思えなかった。
だらだらと過ごしていたら、あっという間に外出の時間が来てしまっていた。乱雑に部屋に投げ捨てておいたコートを羽織り、約束の店へと向かう。
駅前のファミレスに近づく前に、携帯を確認すると、「先に入ってる」という旨のメッセージが届いていた。相変わらず、約束とかそういうのには厳格なやつだと思いながら、ファミレスのドアを開ける。
店員に待ち合わせです、と伝え、店内を見渡すと、奥のほうの席に、彼女の姿を見つけた。近づいていくと、彼女もこちらに気づき、手を挙げてきたので、僕も手を挙げて答え返す。
「2分遅刻」
開口一番出てきたのは、僕への文句だった。
「ごめんごめん、ちょっと家出るの遅れて」
「相変わらず、いい加減だね君は」
「君がしっかりしすぎてるんだよ」
「私は普通なだけ」
「普通にしっかりするってのが、普通の人には難しいんだよ」
彼女、緋香里は、大学時代からの友人だった。彼女とは、ゼミが一緒だったのだが、出会ったころからいわゆる堅物的性格なのが行動で分かったので、こいつとは仲良くなれないだろうな、と思っていた。しかし、不思議なことに、いい加減な僕と正反対の性格がうまくはまったのか、次第に話したりすることが増え、気づけばゼミの中でもお互い一番話すような仲になっていた。大学時代はよく他のゼミ員に、「お前たち付き合ってるのか」と冷やかされたものだが、緋香里とは一切恋愛的関係になるような雰囲気はなかった。お互いに、そういう相手ではないということはわかっていたように思う。
大学卒業後も、家が近いこともあり、こうやってたまに食事を共にしていた。
「どう、最近の仕事は」
「まあ、普通に大変だよ。やっぱり、責任感、いつも持ってないとなと思うし」
「緋香里でも、警察ってのはやっぱりプレッシャー感じるんだな」
「そりゃ、感じるよ」
緋香里の父親は、警察官だった。きっとその背中を見て育ったから、彼女も過剰な程きっちりとした正確になったのだろう。そして、彼女は父の背中を追い、警察官になった。
「君は、再就職のほうはどうなの」
「まあ、ぼちぼち」
「煮え切らないね」
「なかなか全く違う環境で仕事探すってのも、難しいんだよ」
「それはわかるけどね。碧ちゃんが勤めてる、仙台支社に転属ってわけにはいかないの?」
「うん、会社に聞いてみたけど、難しいって。それに、蒼の実家って、仙台じゃなくて、宮城の中でも岩手寄りのほうでさ。結婚したら、実家の近くに住居構えたいっていうから、そっちのほうで仕事探そうと思って」
「そうなんだ。えらいね」
「えらい?」
「うん、碧ちゃんのこと、ちゃんと考えてて」
「これくらい、当然だよ」
「それを当然と思うのが、普通の人には難しいんだと思うよ」
きれいに緋香里に言い返された。気分がいいのか、ドリンクバーでとってきたアイスティーのストローをくるくると回しながらにこにことしている。普段はしっかりとしているのだが、たまにこういうかわいらしい面を見せるのが、彼女の魅力だなと思う。
それから僕たちは取り留めのない話をして過ごした。最近見て面白かった映画の話、僕のバイト先に来た厄介な客の話、警察の厳しい先輩の話など、違う環境で過ごす僕たちの話題は尽きなかった。恋愛感情を持たないとお互い分かっているからこそ、二人で過ごす時間は純粋に楽しく、心の安らぎになっていた。
その日、僕たちは彼女の終電の時間まで話し続けていた。帰り道、外はすっかり暗くなり冷え込んでいたが、家までの道は苦ではなかった。
STAY HOME週間みたいです。この間に、書き進められればと思います。