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リピーテッドマン  作者: 早川シン
第一章「Hello,world!」
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第一章7話 『声』

 

 勢いよく啖呵を切ったものの、少年は喧嘩の始め方が分からなかった。


 ──パンチかキック、どっちが効き目ある?


 そんなことに悩む少年をよそに、男達は先制攻撃を仕掛けてくる。


「なに、ぼけっとしてんだよっ」


 そう言いながら、渾身の右ストレートを放つのはガタイのいい男。

 握り締められた拳はゴツゴツしていてその男が喧嘩慣れしていることを物語っていた。


 だが、少年もそれをぼけっと見たまま突っ立ているほど馬鹿ではない。


「ひょぇっ」


 寸前のところでギリギリ回避。バランスを崩し転びそうもなるもなんとか持ち直す。

 空を切った男の拳は殴るべき獲物を取り逃がし、シュッと空気を裂く音がした。

 思わず声を上げそうになる。


 ──あっぶね〜ジャスト回避。ナイス俺。


「今度はこっちの番だぜっ!」


 己の反射神経能力に多少の自信を持った少年はガタイのいい男に反撃を入れる。

 今、男は少年に背を向けている状態。

 どうやら彼の攻撃は一発は強いものの、変な癖があるようで、それを見切ることができれば隙が生まれるという弱点を持っていた。

 これはチャンスと思い、少年は右足を大きく回転させ勢いをつけて、そのまま男の脇腹めがけて思いきり蹴りを入れた。


 ──爪先痛ッ?!


 脇腹を蹴られた男は地面に倒れこむ。

 そのまま勢いに任せて少年は驚いている別の男にも踊りかかった。

 咄嗟の事態に反応が鈍い二人目の男に対して、躊躇なく右ストレートを顔面に叩き込む。


 ──二人目上がりっ


 思いのほか好調な出だしに、少年の脳内はアドレナリンだばだば状態。そして気性もhighだった。

 こうも奇跡が続くのはチンピラ三人組があまりにも油断していたことが原因であるようで、


「オラオラ来いやっ」


 調子に乗った少年の声。

 瞬く間に仲間二人をノックアウトされた三白眼の男はチッと舌打ちする。まさかの展開に彼は動揺していたが、急に両手をあげ、


「降参だ! 見逃してくれッ! 頼む!」


 声を弱々しくして少年に擦りつくように懇願するポーズをとった。


「えっ?! そんなあっさり……」


 いきなりの低姿勢に戸惑う少年。それが彼の唯一のミスだった。

 三白眼の男はこのようなこすい手口は得意なようで、その少年の一瞬の油断を見逃さなかった。

 屈み込んだ姿勢から一気に少年の首元まで詰め寄り、刃先の鋭いナイフを突きつけた。


「はへっ?」


 思わず間抜けな声を出す少年。先程の高まっていた気分も何処へやら。

 全身から血の気が引く音が聞こえる。


「刃物はまずいって‼︎ 反則だろっ!」


 首を刺されたら終わり。おしまいだ。何もかも。


「おーおーよくわかってんじゃんっ。大人しくしてろよ」


 そんな動きを封じられた少年の鳩尾へ三白眼の男は膝で蹴りを入れた。

 流石チンピラだけあって、力の入れ方も慣れていた。


「ぐうッ」


 少年は呻き声とも言えない声を上げながら、ズルズルと崩れ落ちていく。


 気づけば倒したはずの二人も復活していた。脇腹を抑えたり、鼻血を拭っていたりするが、揃って大したダメージは受けていないようであった。

 そこで少年も気付き始めたのが、じんじんと痛む己の拳。意識を集中すれば、手首から猛烈な痛みを感じる。


 どうやら軽く捻挫していたようだった。

 アドレナリンのお陰でしばらくは気づかなかったのだ。


「あれ!? 思っていたのと違うんですけど」


「あたりめぇだろ。よくもやりやがったな! オラっ!!」


 少年に一発食らわされた男二人は眉間に皺がよるほど怒っていた。彼らは少年の顔面を踏みつけ、腹部を蹴り、背中も蹴りと手当たりしだいに打撃を加える。

 必死に丸まる少年の体には容赦なしに。


 ──やべぇ、すげぇ痛ぇ。死ぬわ。マジで死ね。


 何度も腹を蹴られたため、再び胃の中のものが胃酸と共に込み上げてくる。

 必死に口を手で覆いながら堪える少年。男達は蹴りやパンチを緩める気配はない。このままでは本当に殺される。


 ──どうすればいい? 分かりきっている……どうしようもない。お手上げだ。


 自分が英雄だったらいいと思った。

 もし少年が世界を救えるほどの英雄なら、この状況なんて魔法にようにあっさりと解決して見せるだろう。けど、少年はちっぽけな人間だった。どこにでもいる弱い人間だ。


 ──ならいっそ嬲り殺しになる前に玉砕覚悟で反撃するのも悪くないかもしれ


「動くんじゃねぇぞ、手こずらせやがって」


「痛い! 痛い! 痛い! あががっ、許ひへくだはぃ! すびばしぇん! ちょいしのっへいまひたっ!」


 男は少年の髪を無造作に掴みあげると、顔の前でナイフをちらつかせ、さらに少年を脅した。


「さっさっと渡せガキ」


 そう言いながら、もう一人の長身の男が少年から無理矢理ショルダーバックを引き離す。

 それはグレーを基調とした、シンプルながらも高価そうなバックだった。

 チンピラ三人の目がいくのも仕方がない。


「やっとお宝ゲットだぜ。今日一の掘り出しもんだ」


「おい兄ちゃん、バックの中身はなんだ?」


 ──知らねぇよ。俺だってまだ何も確認してないのに……あっ


 もしかしたらそのバックの中には何か武器になるようなものがあったかもしれない。

 ナイフと渡りあえるような武器とか。少年は己の愚かさに歯噛みする。


 ──なんで真っ先に調べなかった? もしかしたら学生証とか免許証とか、自分の名前だけでもわかる手がかりが入っていたかもしれないのに……


 時既(ときすでに)(おそ)しとはこういうことなのだろう。

 チンピラ共のうち一人。彼がバックの中身を無理やりファスナーを千切りながら、開けた。


「あー? ほぼ空っぽじゃねーか。おっ、コイツはなんだぁ?」


 そう言いながら彼はひょいと、()()()()をバックから取り出した。


 その()()()()の正体が露わになる。


 それを見た時の彼らの反応はこうだった。


「え?」


 ──エロ本か?


 そう自暴自棄になった少年もようやっとそれを視界に入れた。


 そして、それを見た少年の第一声も


「は?」


 だった。チンピラ三人組も少年もフリーズする。

 どこだかわからない路地裏の奥で訪れる束の間の静寂。


「ヒッ、おい! なんだこれはッ!?」


 それを持っていた長身の男は顔面を蒼白させ、口をパクパク開けては閉めを繰り返す。

 同時にそれを手放した。それがそれ程気味が悪かったのは仕方がない。


 なぜならそれは……


()()()()()()()


 だったのだから。


 ──はっ? なにこれ? 本物……?


 少年がそう疑うのも致し方なかった。


 それは病的なほど、白く綺麗な右腕だった。


 腕と言っても肘から先はない。

 まるで肘から刀か何かで綺麗に切断されたようで、断面は不思議なことに真っ黒である。

 指は5本ついており、若干、手の平は開いている状態。少し細身のがかっていることから、女性の腕だろうか? 爪は少し伸びているため、その可能性が高い。


 そして何より不可解なのが、その腕全体に描かれているのか彫られているのかは分からない奇妙な線。

 そんなものが色々と腕の表面に書かれていることである。

 曲線であったり直線であったり、数字に近い記号もあれば、筆記体のような字も書かれている。


 とにかく、その腕の不気味さをよりいっそう高めていたことは確かだった。


 そんなものを見れば誰だって、恐怖に駆られる訳で、チンピラ三人組の場合もそうだった。

 彼らはじりじりと後ずさりしながら、横たわる少年から距離を取る。彼らの表情は三人揃って顔面蒼白で恐怖に囚われていた。おまけに冷や汗さえも額に流し始めている。


「おいっ! マジの人の腕だぜ! 生暖かったんだ」


「嘘だろ……おいっ、やべーぞ。コイツ……殺人鬼だっ!」


「俺が殺人鬼って! ふざけん……あっ」


 そこで少年はなぜ彼らが自分を恐れているのか分かった。

 当たり前ではないか。その人の腕は間違いなく少年のショルダーバックに入っていたのだから。そう疑われる理由も仕方がない。


 そして、何より怖いのが、そんな人の腕を刈り取るような狂気じみた行為をしていないと、はっきり断言できる記憶を持ち合わせていないことだった。


 今まで何をしてきたのかは分からない、もしかしたら本当に……


「いや違う! 俺はそんなことするはずがないっ! やってないって!!」


 そんな不安を振り切るように、弁解しようとするも男達三人は少年が何かをしだすのかと勘違いしたようで、


「逃げろおおおおぉぉぉぉっっ!! やべーぞコイツ、殺されるぞっ!」


「ヒイィィィイッ!?」


 と全速力で回れ右をすると、駆け出していった。

 よほど彼らは少年を恐れていた様で、縺れさせながらも足を必死に動かし、瞬く間に少年の前から完全に姿を消していた。


「たす……かった? ……やったァ」


 ようやく少年は、はぁと溜息をつき、地面に仰向けになった。

 奇跡的に助かったとそんな喜びを味わうのも数秒。再び少年にも恐怖心がじわじわと湧き上がってきた。


 ──本当に俺は人殺しなのか?


 しだいに呼吸が速く、荒くなる。

 額には汗がじんわりと浮かび上がり、背中には悪寒が走った。


 ──もしもだ。もしもの話、俺が本当に殺人鬼だとしたら、これからどうなる?


 ここが異世界だということは知っている。

 なら、自分はこの世界の人間を血に染めたのだろうか? 

 それともこの世界に来る前に人を殺していたのか? 

 そして、その屍から腕を切り落としショルダーバックに入れていたのか?


 何も知らないという未知の恐怖が少年の心を蝕む。

 それと同時に今日で四度目となる吐き気が突如、少年を襲った。


「……!? ぉ、えぉっ」


 胃液が混ざった粘っこい唾が吐き出される。

 ついさっき、男達にどつかれた際に口の中を切っていたらしく、それがまた染みた。

 未だ体の節々は痛いし頭もクラクラ、死にはしないが気を失ってしまいそうだ。


 ──あ、腕……


 ふらふらと地面の上でのたうち回っていたら、いつのまにか例の腕の前に偶然にも辿りついていた。

 少年は何を思ったのかそれを手にとってまじまじと見つめる。


 そこに躊躇などはなかった。まるで熟練の木彫り職人が、己の作品の真髄を見るかの様な目でそれを見る少年は狂人に見えた。

 人間ここまでの状況に追いやられると、切断された人の腕なんて怖くなくなるらしい。


 その時だ。


 不意に声が聞こえた。


「おい! お前!」


 それは女の声でいつの時代の女帝かと思わせる様な口ぶりだった。

 高貴じみており、妖艶で大人の女性の声色。

 付け足すとM心がくすぐられるようなSっ気の強い声。


 突如、少年しかいない路地裏に響き渡る声に彼はあたりをくるくると見渡すが、


「誰もいねぇ」


 ──ついに俺も狂い始めたってのか?


 少年はただの幻聴かと思ったが、その声は再び聴こえてきた。今度ははっきりと。


「何をしている? ワシはここじゃ!!」


 少年はようやくその声の主が誰なのかに気づいた。

 いや、誰ではない。人ではないのだ。この場合、人の一部といえば最適なのだろう。


「へっ?」


 少年が握るそれは喋っていたのだ。まるで生きているかの様に……


「おい、人間! 流石にしつこいぞ! いつまで黙りを決め込んでいるつもりじゃ!」


 掌を覗き込めば、ど真ん中に口があった。


 そうヒトの口が……


 そこだけが切り取られたような顔の一部としてパクパク開いている。


 歯並びは綺麗で、舌は若干薄いピンク。

 唇はふっくらとしていて、血を塗ったようにに優艶で色っぽく、下品な言い方をすればエロかった。

 そして、極めつけに鋭く尖る八重歯が異彩を放っている。


 そんなホラー全開の誰かの口はニヤリと笑うと、薄ピンクの健康的な舌を伸ばし少年の頰についた血をペロリと舐めた。

 よく味わうようにしてその口は少年の血を取り入れる。



 そして、



「ふむふむ。なるほどな。状況は理解した。ウヌも惨めよなぁ〜」


 ついに少年は何かが壊れたように笑い始めた。


「ウヒっ………アハっ………はははっ……ヒヒっ、はははははははははっ」


 もう限界だった。

 二人の少女の死を目の当たりにし、彼女達の血を浴び、挙句の果てに自分が人を殺めたのではないかという不安にかられ、そして今、意味のわからない人の手に喋りかけられている始末。



 ──これは現実じゃない。きっと夢だ。



「おい、どうした? そんな狂気じみた顔をしおって、()()()()()()()()()()()()()?」



 ──もうなんとでも言え。



「ガハハハハハ!! 面白いぞ、ウヌのその顔。笑わせてくれる。道化の心得を分かっておるなあ」


 だんだん意識が薄まっていく。


「次も楽しませろ。そしてウヌの覚悟を見せろ。ワシに………」


 泡の音が聞こえる。





「ワシ……()()()に」





 ▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽




 コポコポと不規則に浮かび上がる泡の音が少年の意識を鮮明にさせていく。


  水面のシアンブルーが綺麗で思わず見とれてしまう。


 この浮かび上がっているのかわからない奇妙な感覚は嫌いではない。


 まるで無重力にいるような感覚。


 そして、ようやく少年は水面から浮かび上がった。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 意識が覚醒した時、真っ先に目に入ったのは淡い水色の水面ではなく、真っ青で爽快な快晴の大空だった。

 遥か頭上から降りかかる陽の光がミハルの目を痛めつける。

 何度か瞬きして、目を慣らすと、ゆっくりと首を上げた。


 あたりを見渡す。


 少年が立っているのはどこかの通り雑踏の中。

 絶え間ない人声が、ちかちか光る服やせわしない人の動きに入り混じってミハルを包み込む。


 周りを行き交う人々の頭髪は少年のような黒髪ではなく、色鉛筆の12色セットが揃うほどに様々。さらに格好は……



「知ってる。三度目だ。この光景、あの青空」



 耳も目も口もその他諸々、全ては正常、気分は上々。


 大通りの賑やかさは相変わらずうるさいが、あの路地裏の静寂より、こちらの方が落ち着いた。


「やっぱり、何かおかしい。何でまたここに?」


 このなんとも言えない既視感と違和感。

 何か重要なことを見落としている。

 その何かを求めるように彼はまず自分の情報を収集する。


 ──何度目だ? これやるの


 もう慣れた仕草で、身なりを確認する。


 長いとも短いとも言えないアホ毛がピンと目立つ髪型でサラサラな前髪。

 高くもなく低くもない平均的な身長。

 体幹はしっかりとしているため、何か運動でもしていたのだろうか?



 なんの手掛かりにもならないが……



 ──うん、普通。



「と言うんだよな」



 そして服装は青いパーカーに黒のデニムパンツ、白いシューズを身につけ、肩にはショルダーバックをかけている。

 が、この世界にはあっていない装いのため、周りを行き交う人々の注目を集めている。




 わからないことは一つだけ。




「俺は──体誰なんだ? だろ。からの……」





 ドォォオオオオオオオオオオオォォォン!!!





 今日で三度目となる轟音が予想通り少年の鼓膜を激しく揺さぶった。


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[良い点] ・表現力が豊かで光景が浮かぶ ・文章が丁寧で整理されおり、とても読みやすい ・キャラクターも魅力的 [一言] 七部まで読ませていただきました。 なんと言っても筆力の高さが目に留まります。 …
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